スノーマン
隠者の家の裏口、三の森の奥の泉から、勇者一行を追放された付与術師フヨルまでの距離は、常人の足ではおよそ三日の距離。人形のユウデンは、その距離を詰めるため、脚力強化、体重軽量化などの身体強化系の補助魔法を自身にかけた。
そして走りながら森に自生する植物、
結果、粉塵を上げ地面を掘り返しながら走る葉っぱ仮面の変態が、目にもとまらぬ速度で駆け抜けるその様が、後に「三の森の爆速変態」として人々の間である種の恐怖存在として語られることになるのだが、それはまた別の話である。
定期的に知覚を強化する魔法を使用しながら、フヨルの位置を確認する。どうやら泉で確認した時からさほど移動してない。むしろ、横になっているように思える。思える、というのは、人形として分けた結果、ユウデンの知覚の魔法の質も半減したため、手に取るように把握することは現在できなくなったためである。
と同時に、横になったフヨルの傍に何か、人ではないモノが彼に迫るのも把握する。四足で音を殺して歩く存在がフヨルを狙っているのを知覚した。
「見えた! フヨルが焚いているであろう焚火!」
常人の目では見えないほど小さな灯りが、ユウデンの左目に映り込む。
一方、こちらは本物の勇者一行。
本物のユウデンは、人形の方に意識を集中しすぎるあまり唐突に足を止め、その場で立ち止まり、屈伸運動を始める。その様に勇者一行のパーティメンバーは妙な物を見るような目でユウデンを見た。
本物のユウデン、勇者一行は北方への道なき道を進んでいたが、ユウデンがふらふらとしていることに気付いていた。おそらく左目に起因するのだろうが、頑として耄碌した隠者から渡されたアイテムを外そうとしないため、それぞれ違うことを思いながらも、ユウデンのことを見守る方向で一致していた。
だが、流石に急に立ち止まって屈伸を始めたのはどうしたものか。
魔法使いマジェルジェが最初に我慢できずに口から洩らした。
「え、何してるの? 錯乱してるの? 流石に変よ!?」
その一言にユウデンがパーティメンバーの顔を思わず見る。数奇な物を見る目がユウデンに刺さり、急に恥ずかしさに襲われる。が、人形の方を止めるわけにいかないので、人形の操作を意識しながらも平静を装う。
「ん、あ、いや、何でも、ないんだ」
努めて平静を装いながら、屈伸しながら、本物のユウデンは歩いて行く。いや歩いてるのかこれは。
そして唐突に叫ぶ。
「まずい! 止まらない!」
騎士キーシェが驚愕の表情でユウデンから距離を取り始め、取り繕うような言葉を探す。
「そ、その動き、面白そうで良いですね。あ、ちょっと、隊列変えません?」
「え、あ、いや、本当に何でもないんだ! 何でもないんだ!!」
ユウデンの中で、必死に造って来た勇者像が崩れそうになるのを必死につなぎとめようとする。
思考を分割する魔法を改めて自身へかけ直しながら、なんとか勇者を演じようとする。
その結果、人形のユウデンはフヨルを通り越した。
人形のユウデンはただでさえ制御が効かない速度で走っていたのだが、操作の集中が途切れたことで更に制御を失い、気が付けば人形のユウデンはきりもみ回転しながら宙を蹴っていた。そして、そのままいくつかの岩や木をなぎ倒し、背中から盛大に地面へ叩きつけられる。
ある種のフライングボディプレスの音に、眠りに落ちていたフヨルも目を覚まし、音の原因になったであろう、顔と大事な所だけ隠した変態が地面の上でバタ足をする様を確認してドン引きする。
そして何かに気付いたように止まった変態は、恐る恐る立ち上がり、フヨルと目が合った。
ユウデンが、必死に時間を巻き戻す魔法が無いか脳内で検索を始めたその時、フヨルの背中に迫る四足の獣の姿をユウデンの左目が捉える。
人形のユウデンは弾かれたように地面を踏みきり、その速度を持って現れた、頭に白い花が咲いた、
何より、付与術師の補助があれば鬼に金棒である。
「驚いたな」
ウッドウルフたちを退けた後、ユウデンは思わず零した。
フヨルは咄嗟に仮面の変態に補助魔法をかけて連携を取れるということに、忌憚なく感心していた。
だが、フヨルの視線は変質者を見るそれであった。
その視線に気づいたユウデンは思わず弁明する。
「ち、違う。確かに格好は信用成らないかもしれないが、さっき一緒にウッドウルフを倒しただろう!? 怪しい者では……怪しいかもしれない」
自分で言っていてどう考えても怪しい自分にユウデンは肩を落とした。
フヨルはその仮面の変態から徐々に距離を取りつつも、危険を退けてくれたことに感謝を述べる。
「え、っと、その、ありがとう、ございます……一応、助けてくれたんです、よね? 怪しい……者ではない御方。あの……」
フヨルの手が行き場を失って注意を掻き、二の句を紡げずにいる様に、ユウデンは咄嗟に口を付いて出てきた言葉を垂れ流した。
「そ、そう! 私は、私は決して怪しい者じゃない! 通りすがりの良き者! その名も」
ここでユウデンであることを明かしてはいけない気がした。いや明かしたくない。
ユウデンは周囲を見回し、砕けたウッドウルフの欠片が目に留まる。そこに生えたスノーナイトの白い花を拾い上げ、勢いで自身の仮面に括り付ける。咄嗟の思考も半分なのではないか。
「す、スノーマンと言う者だ!」
「
ユウデンはもう全てを明かしてしまいたい衝動に駆られたが、恥ずかしさから言うに言えなくなってしまった。
「ぎ、偽名だ」
「でしょうね」
苦し紛れの弁明を冷淡に受け止められてしまい、ますますユウデンは居心地が悪くなった。着実に後に引けなくなっていくこの状況をどうしたものか。
フヨルはスノーマンへの警戒心を隠さず、何か怖い物を見るような目で見つめながら自身の荷物をまとめていく。
「僕はこれで。あ、焚火、使いますか?」
「え? 必要な、ああいや、心配無用だ、少年!」
なんだか嘘から出たスノーマンのキャラ像が徐々にユウデンの中で固まってくる。
夜がすっかり世界を暗がりに落としているのに逃げる用意、もとい、出立の用意を進めるフヨルにスノーマンは言う。
「ああ待つのだ少年。夜も遅い。今から出立は危うい。ここはひとつ、共に夜を開けよう!」
少々強引であることは百も承知。だが、せっかく追いついたフヨルから離れるのは得策ではない。どちらにしろ、明かりもない夜間の移動は危険極まりない。己の無策をこれほど嘆いたことは無いとユウデンは半分になってうまく回らない思考回路でそう思った。
スノーマンのその言葉を聞いて、フヨルは困惑に眉間を寄せる。
「む……」
そして、思わず恐怖心から叫ぶ。
「無理ぃ!!」
そりゃそうだ。
ユウデンもそう思った。
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