そりゃ、服までは複製されない


 暗雲の中から、現れたもう一人のユウデンの左目の視界が、本来のユウデンの左目から見える。作り出されたユウデンの右目は見えないようだ。逆に本物のユウデンの右目からは作り出されたユウデンが一糸まとわぬ姿で佇んでいる。

 隠者は笑いながら本物のユウデンの肩を叩く。


「分身を作りだしたか! 良いぞ! それなら二か所にお前が居られる! 善は急げ奇をてらうな! 末法は待ってはくれないぞ!」


 そして隠者はその歳を全く感じられない軽やかな歩きで、部屋に置かれた机を荒々しく押しのける。すると床下へ続く扉が現れる。そしてこちらへ来るようにと手招きをした。


「こっちじゃ! 裏から出られる。時は止まらんものだ。まして半分の魂では時間は二倍の速さに等しい」


 勇者ユウデンが右目だけの視界でふらふらと立ち上がり隠者の方向へ歩き出すのを、隠者は怒鳴りつけて首を振る。


「違う! お前じゃない。お前じゃないお前だ」


 そう言って、左目の視界を隠者は指差した。つまり、新しく作り出したユウデンを裏口から出そうというのだ。見れば、作られたユウデンはいつの間にかしりもちをついている。

 当の本物のユウデンは左右の目で見える差に気分を悪くし始めたため、平衡感覚を落ち着けるための魔法や思考を二分割するための魔法など、知りえる様々な魔法を一心不乱に行使し、自己を落ち着けようとする。ちなみに、人形ユウデンも同じように詠唱をする。結果無駄に周囲に魔力を霧散させて隠者の家の物を吹き飛ばした。


「これは、うまく、いってない、のでは……ないか……視界が、左右に分かれて、同時に行動してしまう。吐きそうだ」


 込みあがる今朝の朝食と珈琲を目指して失敗した珈琲未満の液体を今一度飲み下し、深く呼吸をする。

 隠者はユウデンたちのその様子に何かを思い出したように手を叩く。そして床に落ちている(先ほど机を荒々しくどけたので床に転がった)小ぎれいで小さな、手の平サイズの木箱を本物のユウデンに差し出した。

 ユウデンは箱の中からそれを取り出し、右目で確認する。中身はバンダナ、いや、魔力の込められた布のようにユウデンは感じた。


「これは?」

「左目をそれで隠すと良いぞ。慣れたら必要ではないが、慣れるまでは必要じゃろう」


 本物のユウデンは言われた通り、左目をその眼帯で抑える。すると左右の視界で別々の物が見える事が自然のように思えてくる。

 この眼帯を隠者が用意していたことに、ユウデンは感嘆の息を洩らした。やはり、この隠者は……預言者は本物だ。これならいける、とユウデンは確信する。


「あとは、勇者の経験値収集能力次第」


 眼帯の影響か、急に人形の操作に酔わなくなる。

 人形のユウデンは、その場で足踏みをし、飛び跳ね、拳を構えて空を切り、の動きを確かめる。それは本物の生き物と見間違えるほど施工な動きをする。そして本物のユウデンと向き合い、お互いの胸を拳で音がなるほど強く叩く。

 人形のユウデンが、まるで元々そういう人物であったかのように、隠者に話しかける。……ところで大事なことをユウデンは忘れているようだが。


「ありがとう、ご老体。では、この床下から外へ出れるのですね」


 人形のユウデンが床下へ消えた直後、隠者の家の扉が勢いよく開け放たれ、マジェルジェが怒鳴り込んでくる。タイミングとしては、おそらく二人目のユウデンはマジェルジェには見つからなかった……とユウデンは思う。


「ちょっと、何してるのよ。いい加減出発……なにその不気味なアイテム」


 マジェルジェはユウデンの顔の左半分を覆い隠す眼帯に嫌悪感を露わにした。

 キーシェがマジェルジェの後ろから覗き込み、驚きの声を上げる。


「わあ! イメチェンですか? かっこいいですね!!」


 ユウデンは顔を左にそむけながら、顔の左側を隠すようにしながら取り繕う。


「ああ、預言者殿からこのアイテムを装備していくと良いと言われてな」


 嘘は言ってない。







 ユウデンの意識は二つに分割され、右目と左目で別々の人物として行動を開始した。魔法で思考を分割し、二つの身体を同時に制御するのはなかなか難易度が高かったが、そこは勇者、すぐに慣れてくる。最初こそぎこちない動きに眼帯をパーティメンバーから取り上げられそうになったが、そこは「預言者の予言が」と言い張り眼帯を付け続けた。

 勇者ユウデン一行は、一路北方へ歩いて行く。目的は北方に居る強大な魔族の一つ、人族にとって危険な存在である一つ目鬼サイクロプスの集落を目指す。



 では、人形の方はどうか。

 隠者の家の床下から腹ばいになりながら移動すると、そこは山深くの泉の辺であった。まるでウサギの巣穴のような小さな穴から這い出す羽目になり、硬い土を半ば掘り広げて出ると、外は既に宵闇が東から追い上げているのが半分の視界に入る。

 人形を、もう一人の分身を作った段階で、文字通りユウデンは半分になったと言える。力も魔力も知覚も半分。おそらく食事は必要ないだろうが、場合によっては睡眠は二倍必要なのだろうか、などと思いながらも、人形のユウデンは余計な考えを首を振って振り払う。

 そして、去ってしまった、追放してしまった仲間を追うためにまた幾重にも魔法を重ねて詠唱する。木々の間を潜り抜ける風と共に目標の人物を探し、空気中の水分に音を聞き、付与術師フヨルの行方を探る。


「居た。まだ、追いつけるか?」


 ずいぶん遠くに、フヨルの姿をぼんやりと確認する。

 ユウデンの脳裏に預言者の不吉な予言が今一度再生される。


『二人目の魔王が生まれるぞ!』『災いだ! 災いを呼んだな!』


 フヨルが二人目の魔王になるとは思えない。だが、あの予言が自分たちへ向けられた物なら、フヨルは必ず二人目の魔王に関係するに違いない、とユウデンは考える。


 この時のユウデンが知る由もないが、事実、フヨルを追い出したことをきっかけにして二人目の魔王はこの世に現れる。まさに、ユウデンが追放した仲間を追いかけようというのは正しい行動と言えるだろう。


 ユウデンは予言の一節を口にし、フヨルの居る方向へ走り出す。


「『怯えこそが最大の敵と知れ。行動しないことこそ悪を育てるのだ』」



 が、ふと違和感に気付き、人形のユウデンは走り出そうとした足を止める。

 そして、自身の身体をペタペタと触る。人形の皮膚の感覚は本物のユウデンには伝わらない。触感は共有していないようだ。それが故に、致命的な事実に、今ユウデンは思い至った。







「……服を着てない? ……え? 服を着てない!? 待て! なんで全裸なんだ!! これじゃ変態じゃないか!!」


 人形は、全裸だったのだ……

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