追放した相手が強者化するのは様式美

「何事ですか!? 敵襲!? 敵襲なんですか!!」


 騎士キーシェは飛び起きて咄嗟に槍を手に取るが、もちろん周囲に魔族などは居ない。聖者セイシルは眠い目をこすりながら周囲を細目で一瞥して今一度横になる。


「いいえ、ユウデンと私の二人で対処できたわ」


 魔法使いマジェルジェは勇者ユウデンを責めるような視線で射抜きながらも、まるで仔細を知っているかのように事態を収めた。

 キーシェが安堵の息を吐きながら笑顔を浮かべる。


「良かったぁ、じゃあ、もう何事も無いんですね……じゃない。すみません! 寝てました!」


 キーシェは即座に自分の頬を叩いてユウデンとマジェルジェの二人に頭を下げる。

 その様にマジェルジェはため息をついた後、明後日の方向を見ながらぼやいた。


「別に良いわ。


 気を付けるのはキーシェではなくお前だ、とはユウデンにしっかりと刺さっていた。

 ユウデンは、フヨルが居るであろう方向を眺めて唇を噛み、しかして野営から出立の用意を始める。追いかけなくて良いのかと自問自答しつつ、仕方がないのだと自分に言い聞かせて。





 しばらくして、勇者一行は森の奥の小さな家の前にたどり着いた。木造の壁は苔むし、煙突からは濛々と白い煙が上がっている。物静かな森に溶け込むようにひっそりと建つその家は、まさにその家の住人らしいと言える雰囲気を持っている。そんな家へ勇者一行は入っていく。

 野営を行った場所より約四半日、けもの道をたどり、三の森の奥へ勇者一行は進んでいく。魔族討伐を目的とする一行が、決して強力な魔族も居ない森の奥へ来た理由は、ここに預言者と言われる隠者が居るからである。

 単純に、隠者の生活用品、食品の類の輸送という仕事で立ち寄っただのが、隠者は斜視の目で勇者一行を一目見て、暖炉前の安楽椅子から飛び起きる。

 そして半ば怒鳴るように、あるいはうめくように預言者は口を開く。


「二人目の魔王が生まれるぞ! 何をしたんだお前たち!」


 とはいえ、預言者と呼ばれていたのは今から少し前の事。最近ではもっぱら「不穏で適当なことを言うだけ言う、偏屈で業突く張りで扱いにくい老人」という印象を周囲は持っており、それが故に誰も会いに来ない森の奥に一人住んでいる。それはもちろん、勇者一行も例外ではなく、隠者に対して同じような印象を持っていた。


「災いだ! 災いを呼んだな! め! 失敗したんだ!」


 ただ一人、ユウデンを除いて……


「ご老体、また何か予言が浮かんだのですか?」


 他のメンバーが相手をせずに仕事を進める最中、ユウデンだけは隠者の話に耳を傾ける。

 隠者は飛び起きた雄鶏のように言葉を投げつける。


「光の内より闇が絞り出された。今はまだ芽吹き、いずれ邪悪。絶望の淵にあって自己を見失い、花が咲き誇るが故に己を焼き、焦がれるが故に身を割いた。そもそも因習が縛りとなってお前たちを襲うことだろうその道の上で、どうして光を追い出したのか! 怯えこそが最大の敵と知れ! 行動しないことこそ悪を育てるのだ!」


 とはいえ、言っている言葉はまるで詩のようで要領を得ない。

 そもして内容を推測するならば……とユウデンはこちらに視線を合わせずに周囲をきょろきょろしている隠者に聞く。


「それは……何か行動を間違ったので、今からでも修正しろ、という事でしょうか?」

「知らん! だが近い将来は破滅だ! そう儂の予言は告げておる!」


 隠者の力一杯の「自分の予言に関して詳細は解らないのだ」という宣言にマジェルジェはため息をつき、キーシェは苦笑いをする。

 しかし、セイシルだけはユウデンと同じく予言を紐問うことする。


「わたしたちに向けた予言であるならば、最近私たちが排斥した相手が邪悪になる、という事でしょうか?」


 その言葉を聞いてユウデンは即座にフヨルのことが浮かんだが、マジェルジェの大きなため息を聞いて飲み込んだ。

 セイシルはそんなユウデンのことに気付かずに外れた推測を平静な様子で口にする。それに合わせてキーシェやマジェルジェも好き勝手に口をはさむ。


「ああ、もしや、先のイツツ村に居た妖術使いでしょうか? 殺さずに村から追放したのが失敗だったのかもしれません」

「あ、キーシェもそれ思いました。何だか悲しい事情がありましたし、命までは取らなかったの、正解と思いたいですが」

「馬鹿馬鹿しい。耄碌したおじいちゃんの予言だなんて碌なもんじゃないわ。あーあ、私も予言の魔法とか収めれば良かった」


 などとパーティメンバーが話す中、ユウデンだけは胸の奥にまたごろりとした何かがのしかかる感覚に襲われた。その感情が何なのか、ユウデン自身にもよく解らなかったが、やはりフヨルを追うべきだと自分の勘が告げている。とはいえ……ユウデンはパーティの面々を見る。

 マジェルジェがユウデンの胸中に気づいてか気づかずか、隠者の家からさっさと出て行こうとする。それにキーシェが続き、少しして物思いから帰って来たセイシルがユウデンを見て何かに気付く。


「どうしました? ずいぶんと思い詰めた表情をしてますが……先の予言に何か思い当たる節が?」


 ない、と言えば嘘になる。しかし、あると言えばどうなるか……

 例えば「フヨルが追放されたばかりに魔王になるってことじゃないか」などと言おうものなら、最悪フヨルがどうなるか分からない。実際、マジェルジェはフヨルに悪印象を抱いている。流石に殺すまでは行かないと思いたいが、魔族を殺すのが勇者一行の役目である。危ない橋は渡りたくない。

 では「フヨルのことが心配なので呼び戻したい」とか「ちょっと様子を見に行きたい」なども危ういのではないかとユウデンは考える。勇者一行のリーダーであり要である勇者が、一度決めたことを覆すのは如何なものなのか、などと余計な考えに縛られ、これも素直に言い出せない。

 色々を考えた結果、ユウデンは一つの結論を出した。


「いや、なんでもない。不吉な予言だったから気を揉んだだけだ」


 セイシルはただ一言「そうですか」と言いながら、二人を追いかけて隠者の家を後にする。ユウデンもそれに続こうというそぶりを見せるが……隠者の家の中でバックパックを下ろす。


 ここでユウデンは秘蔵の魔道具マジックアイテムを引っ張り出す。

 それは百年前の魔王の遺骸から回収した骨の人形である。過去の魔王の、ある種の聖遺物ともいえるそれに自身の髪の毛を一本括り付ける。隠者がそれをまじまじと見つめる中、勇者は聖剣で自身の指先に切り込みを入れ、血を人形の口から飲ませて魔法の詠唱を始める。本来であれば数日を要する詠唱を、三段階の詠唱破棄を重ねて、多くの手順を魔力で誤魔化して結果を破格の速度で生み出す。

 濛々と人形は赤黒い煙を吐き出して膨れ上がり伸び上がり、稲光を放つ。その様を隠者は笑い声をして祝し、ユウデンはかけてく自分の左半分の視界を手で押さえながら、その人形の姿を右目で見る。




 そこには、もう一人ユウデンが居た。

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