ようやくストーキングを始める勇者


 ユウデンは夢を見ていた。まどろみの中で、フヨルが野営をして自炊をしているのを、ユウデンはまじまじと見ている。

 ユウデンは、切り株に乗せたまな板の上で野草を切るフヨルを見つめながらぼやく。


「なあ、フヨル、ここから北方に行くと一つ目鬼サイクロプスの集落があるんだ」


 フヨルは干し肉を水を張った鍋に入れ、その鍋を火にかける。どこか上機嫌で歌など口ずさみながら。

 ユウデンはそんなフヨルを目で追いながら、変わらずぼやく。


「サイクロプスは強靭な一族で、手先が器用な土人ドワーフのように様々な道具を造るらしい。単独で連射が可能な弩弓どきゅうをいくつも持っているというんだ」


 フヨルがユウデンの前まで来て、ユウデンを見下ろし、ユウデンの前でしゃがみ、手を伸ばす。

 フヨルが口ずさむのは「秋のつぼみ」という歌で、失恋を力強く振り切るような歌詞の歌だ。誰に聞かせるでもないその歌にユウデンは耳を澄ませる。

 フヨルはそのまま手を伸ばし、ユウデンの身体を通り抜けて、その奥にあるフヨルの鞄から調味料の入った瓶を取り出し、火にかけられた鍋の元へ戻っていく。ユウデンの傍から離れていく。


「なぁ、フヨル。何を作っているんだ? フヨルは今日は何を食べるんだ? 独りで寂しくないか? 独りで危険は無いか?」


 フヨルにユウデンの声は届いていない。ユウデンは実際にそこにいるわけではないからだ。ユウデンは知覚の魔法を何重にも重ねて、自身の両目を閉じることで、ずっと遠くなってしまったフヨルの傍に居るかのような感覚になれるのだ。

 ユウデンは、夢を見ていた。まどろみの中で、自分が居なくとも笑顔で……


「フヨル、独りの時は珈琲は飲まないんだな」








「また、見ているんですか?」


 聖者セイシルの声で、ユウデンは現実に戻った。

 人族の住む領地で最も大きな都市、王都ルトランセの宿屋の二階、その個室のベッドの上。ユウデンは横になったまま動けずに居た。

 フヨルが自身の考えを否定したことが辛かったのか、あるいは今まで一度もなかったフヨルの怒りを目にしたから落ち込んでしまったのか……フヨルを追いかける足が出なかった自身への猛烈な嫌悪感故なのか……ともあれ、ユウデンは動けずに居た。


「ああ、セイシル。いつからそこに?」


 ユウデンは正確には眠ることができなくなっていた。限界を迎えて気絶するように眠りにつく以外は、どんなに疲れていても寝付けない。そして気が付けばフヨルの様子が気になって仕方が無くなる。フヨルが何をしているのか、ひたすら魔力を練って詠唱を続けて、日々離れていくフヨルを知覚の魔法で追いかける。体は王都の宿屋にありながら、心は常にフヨルの傍で幽霊となっている。

 故に、少し前からユウデンの傍で彼を心配して、その半開きの目から流れ落ちる涙をぬぐっていたセイシルの存在にも気付いていなかった。

 セイシルは息を吐きながら、優しく答える。


「ええ、今来たところ」


 ユウデンは何とか体を起こし、頭の中で鳴り響く自身の心臓の音に頭を抑える。

 セイシルはユウデンに温めたタオルを差し出す。


「魔力を使い過ぎでは? それに横になっている時間も長すぎ。待って。魔力切れに効くハーブティーを持ってきたから」


 そう言って、小さなコップにどろりと濁った茶を注ぎ、ユウデンに差し出す。ユウデンはまだ半ばまどろみの中に居たが、貰ったハーブティーの苦みに一気に現実へ引きずり戻された。


「すごい、味だな、これは……」

「ええ、知ってる。私も過去に今のあなたと似たようなことをしていた時があったから」


 セイシルはユウデンの顔を両手で持ち上げ、その目をまじまじと見つめる。セイシルの整った鉄面皮がユウデンの目の下の、とても濃いくまを見てため息をついた。


「フヨルのことを追いかけるのを止めるべきね。このままだと、あなた干からびるわ。比喩じゃなく、本当に」


 ユウデンはセイシルの手を力なく振り払い、その反動でベッドへ倒れ込む。


「解ってる。自分でもどうかしているんだ。でも、気になって仕方が無いんだ。フヨルを追い出す決定をしたのは俺だ。だが、フヨルが居なくなって、俺は同時に何かがうまく行かなくなっていってることに気が付いた。これが何なのか分からないが……」


 そして、ユウデンは何かに気付いたようにセイシルに問う。


「もしかして、俺にはフヨルが必要なのか?」


 その問いにセイシルの鉄面皮に僅かに笑みがこぼれる。


「人はそれを依存と言います。あなたがフヨルに依存しているのは、パーティの全員が気付いていることだったかと」

「依存?」


 いぞん、ってなんだったか? などとユウデンは考え込む。

 そもそも自分はフヨルに依存していたのだろうか? 実際、彼が去るとなった時には無性に不安に駆られ、今も彼のその後が気になって追跡を続けている。姿を確認して……そしてフヨルの何かを確認しては安心感を得ている。これは不健全であることは解っているが……これが依存なのだろうか?

 ユウデンは自身の行動を恥じた。


「だとすれば、俺は……」

「ええ、気色悪いですね」

「直球だな! もう少し包んでくれないか!」


 ユウデンが言い含んだことを、セイシルは顔色一つ変えずに言い切る。


「フヨルは私たちのパーティを去りました。追い出しました。その事は変わりありません。そうでしょう? 壊した関係はまずもって治らないものです」


 セイシルは部屋の隅からユウデンの旅の荷物を持って、ベッドで横になったまま動かない彼の眼前に荷物を落とす様に置く。ベッドの上でユウデンの力ない体が跳ねる。


「なら、?」

「それは……どういう?」


 セイシルの顔をユウデンは見上げる。


「勇者が病気休業することは、国王にも伝えておきましたので、あなたは現在休業中です。療養に勤しんでください」


 ユウデンは、なまりが詰められたかのような体をなんとか起こしていく。蔓が絡まったように、何かが引き倒そうとするのをこらえて、セイシルに向き直る。

 ユウデンは、息を切らしながら体を起こした。


「待て、休業? 国王様が認めたのか? 何時の間にそんな話に……それ以前に、新しく始める? 何を?」

「みなまで言わないと解らないとは……本当にその手のことへの察しが悪いのですね」


 セイシルは軽く詠唱し、ユウデンの心を落ち着ける魔法をかける。それは微々たるものだが、ベッドから立ち上がるのには事足りる。


「フヨルを追いかけたいなら、早くしなさい。マジェルジェに気付かれると何をされるやら」

「話がうまく呑み込めない。なぜマジェルジェが関わって? いや、フヨルを追いかけるって、追いかけた上で何と言えば? また拒絶されるのが落ちでは!?」


 セイシルの鉄面皮の眉間にしわが寄る。


「少しは自分で考えなさい。そして、何より……自分を認めてあげなさい」


 そういって、セイシルはユウデンの肩を軽く叩き、なおも混乱の最中にあるユウデンを置いて、セイシルは部屋を後にした。




 ユウデンは今一度ベッドに座りそうになるのをこらえ、旅の荷物を装備する。

 いつになく重い荷物は、その場に座り込むことを提案しているが、それを振り払ってユウデンは体を前に出す。


「自分を認める……認める?」


 ユウデンは自問し、少しずれた答えに行き着いた。


「そう、だ。心配しているんだ。心配だから……心配は、悪いことじゃ、ない、よな?」


 かくて、勇者は追放したメンバーをストーキングすることとなった。

 




 宿の裏口から出ていくユウデンは、フヨルを最後に近くした方向へ人に見つからぬように進んでいく。常人であれば、彼を追うことはできないだろう。

 しかし例えば、ならば、追うことは可能だ。


 フヨルを追い掛けに行ったユウデンをまた追いかける者がいることには、ユウデンは気付けなかった。

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