付与術師は魔物使いへジョブチェンジしているようです


 知覚を超強化する魔法を使った場合、ユウデンは動くことができない。まして知覚は遠くにあるのだから、今の自信の身体の状態の変化には鈍くなる。そんな状態で良道は危険だ。そこでユウデンは考えた。


「なぜ思いつかなかったんだ」


 彼は馬車を一台勇者名義で代金をツケて借る。セットで借りた馬は返し、馬車そのものに超強化の魔法を何重にもかけていく。

 耐衝撃性は谷から落ちても傷一つ付かないように、赤竜レッドドラゴンに押さえつけられたとしても必ず馬車の向きが正しくなるジャイロ効果も付与し、ついには飛行能力を付与した。


「馬車が揺れて近くの魔法がと途切れることを考慮すれば、こうして空を飛べば移動中の悪路を無視し、しかも安定して知覚魔法を使い続けることができるじゃないか」


 ちなにみ、この世界で飛行魔法は確立されていないので、ユウデンが空を飛ぶために選んだ方法は、長時間にわたる多量の魔力放出であった。常人ではとても不可能な方法であったが、彼にはフヨルが残した魔力強化の巻物スクロールと、日々魔王討伐の時にため込み続けた聖剣の魔力がある。


「フヨルの離脱が魔王に関係があるなら、聖剣の魔力を使っても問題ないだろう」


 問題はあるだろう、誰がどう見ても。

 後に、「空を魔力噴出推進ジェット飛行する馬車」という怪奇伝説として語られるのは言うまでもない。

 しかし、そうすることで、ユウデンの姿勢を保ちつつ、悪路をものともせず、文字通りまっすぐ飛んでいくことがユウデンには可能となった。他の誰にもまねできないが。


 ところが、一つ気になることが発生する。


「なんだ? フヨルは何をしている?」


 神代レベルの知覚をもってして、ユウデンがフヨルの様子を確認するに、フヨルの周囲には動物と言っては過激な外見をした生き物が集っている。

 木狼ウッドウルフ粘性生物スライム踊る幻惑花マンドレイア煤成ホロロキといった、どれも弱小な魔物たちだ。それらにフヨルは囲まれて笑っている。兎を捕らえてきたウッドエルフの頭を撫でて、スライムに餌として食物の非可食部を与え、マンドレイアと会話の末に可食性の植物を共に選び、ホロロウキに火を起こしてもらって代わりに木の実を与える。

 まるでそれは魔物と共生しているかのようなその光景にユウデンは困惑した。

 というのも、魔族というのは人族への強烈な敵愾心があるものである。魔族の中でも知性が少ないとされるものが魔物である。つまり、魔物にも人族への強い敵愾心があるはずだ。だからこそ、人族も魔族を危険視し、両者の間で争いが終わっていないのだから。勇者が、魔王が必要となるのだから。

 だが目の前の光景は……


「いや、あるいは魔物による魅了テンプテーションかもしれない。正気を失っているなら助けねばならない」


 そんな考えが浮かんだことで、ユウデンの心の中にはフヨルを心配する心と共に妙な安心感を覚えるのだった。


 ところが、知覚魔法は更にもう一つの予測していなかった現実を突き付けてくる。

 その知覚魔法の結果に、空飛ぶ馬車は速度を落として地面へ向かって落ちて行く。


 それは、フヨルの他にもう一人、誰かいるという結果だ。


「ま、まさか!? パーティから抜けてまだ数日だぞ!? それなのにもう、もう別のパーティメンバーが居るというのか!?」


 いや、そもそも周囲を取り囲む魔物たちは何なのか、知覚魔法の結果を素直に受け止めるならば明白である。フヨルは魔物たちとパーティを組んでいるのだ。魔物の方が変わり者や溢れ者な可能性もあるが、事実として、彼らは共生している。ならば、そこに誰かが加わってもおかしくはない。


「いや、まだ、まだ、人型の魔族だっている!」


 フヨルの傍に現れたその人物は、ユウデンの知らない人物だった。フヨルと同じぐらいの歳、背格好、絵にかいたように整った顔立ちは性格の悪さを予感させる。

 その人物へ向けられる見たこともない笑顔が、ユウデンの乗る馬車を地上へと落とした。

 ジャイロ効果が付与され、耐衝撃性が超強化された空飛ぶ馬車は地上で何度か向きを変えずにバウンドし、地面に大きな穴をいくつか作って停止した。


 ユウデンは先ほどのフヨルの様子を考える。

 まだパーティを抜けて数日のはずなのに、件のいけ好かない輩との間には信頼関係があるように思えた。ということは、もしや……


「フヨルは、ずっと前からパーティを抜ける用意をしていたんじゃないか?」


 などと考え、馬車は魔力を失った。

 だから、マジェルジェとの間にトラブルが起き、そして何も言わずにパーティを去ったのではないか? ということは、今こうして追っていることは無駄なのではないか? パーティメンバーも、フヨルも、そして自分自身すら望んでいない結果があるのではないか?

 そうして浮かんだ考えに、ユウデンの身体は沈んでいく。泥濘のように。安寧の怠惰に。


「なら、追う必要は、ない……なくなった……?」


 諦めが心地よい毒となって心をむしばみ、現実から目を背けようとする。心の奥底に居る農民のユウデンがまた囁く。


―― 追いかけると面倒だし。追いついてもまた傷つくだけだろ。


 それはそうかもしれない。


―― フヨルも、結局は追い出されたかったんだ。


 そう、だろうか?


「いや、違ったはずだ。なぜなら、彼は泣いていた」


 ユウデンは自身の頬を叩き、馬車から荷物を取り出す。

 ユウデンが馬車を降りると、それは途端にバラバラに崩れてしまった。様々な付与効果が、術者が居なくなったことで解除されたからだ。


「ここからは足で追う。確認しなくてはいけない」


 ユウデンは心に浮かぶくらい考えを振り払う。


「まずは……」


 身体強化して音速で移動できる付与魔法を自身にかけるところから……




 だから、極端なんだって、ユウデン……

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