どうして


「今、なんと?」


 ユウデンは笑顔をこぼすマジェルジェに問いただす。マジェルジェは何かを感じ取った様で、必死に笑顔を押さえつける。だが、その目は未だに狂気を、邪悪な快楽に耽る者の目をしている。

 普通であれば、マジェルジェの言動に引くことだろうが、既に何度もマジェルジェの言動をユウデンは許してきている。だからこそ、マジェルジェのほんの少しの油断からの言動であった。バレないように少し過ぎた言動を抑えるものだが、マジェルジェは「暴力が許される快楽」に溺れているが故に、フヨルの情けない顔への勝ち誇った感情により高揚し、我慢が利かなくなっていた。


「え? だって、ユウデンも嫌いだったでしょう? フヨルのこと」


 マジェルジェは確認した。

 一抹の不安が彼女を襲い、だからこそその不安をかき消すためにも彼女は確認せざるを得なかった。

 ユウデンは首を振る。


「いや、嫌いというわけではないが……」

「でもでも、この間私と一緒にフヨルの悪いところで盛り上がったじゃない!」

「この間……?」


 それはユウデンが、マジェルジェがフヨルへの不満を漏らすのをガス抜きとして聞いて、耳を傾けていただけのことだったが……


「フヨルの悪いところを私が言った際に、ユウデンは言ったわ! 『そうだな』って!」


 ユウデンには覚えがあまりなかったが、何はともあれ相手の意見に賛同する癖がユウデンにはあった。だから、生返事でフヨルの追放を決定してしまったのだから。

 煮え切らない様子のユウデンに、マジェルジェは焦りを感じ始め、本性が漏れ始める。マジェルジェには止められない。なぜなら「それでも許してくれる」ということが起きて欲しいからだ。


「フヨルが嫌いじゃなくても、私のことは好きでしょう?」

「まあ、パーティーメンバーだからな」

「そうじゃなくて! 私は特別でしょ!? 特別なはずよ!! だってフヨルに不満をぶつけてもユウデンは今まで許して来たじゃない!!」

「それは、お前とフヨルの間でトラブルがあったから……」

「そうよ! トラブルがあったの! でもそれはどうでもよくて、ユウデンは私を愛しているから許してくれてたんでしょう!?」

「愛、し……え? なんだって?」


 ユウデンはマジェルジェをそういう目で見てはいなかった。マジェルジェのことは娘か妹のようだと、ムウ村の泥の中から拾い上げた頃からずっと思っていた。家族愛と言うならばそうだろう。だが……


「だから二人で一緒に楽しめてたんでしょ!? 追い出された後のフヨルの情けない泣き顔がざまあなかったじゃない!! フヨルのさっきの情けなく泣きそうになってる顔とか笑えてきたじゃないの!!」


 彼女は、その後ろ暗い優越感をユウデンと共有できているという確証が欲しかった。確認するのを我慢できるはずもなかった。二人の夫婦の営みの共同作業として、愛あるしとねでのプレイの一環として、ユウデンは許してくれるのだと。私タチは愛し合ッテ居るノだト。私ハ特別ダカラ許サレルノダト。


「私がどんなに酷いことしても、ユウデンが許してくれるでしょ……?」


 だが、そんなことは無かった。


「マジェルジェ……やめろ。それは、違う」


 ユウデンは、マジェルジェの肩を軽く叩きその場に置いて、フヨルを呼び戻そうと駆け足でフヨルに呼び掛けながら追いかけに行く。

 残されたマジェルジェは……



 ユウデンは去り行くフヨルを呼び止めようとする。しかしフヨルは振り返らない。ユウデンが追い付き、その手を取って引き留める。フヨルの傍に居た魔物たちがユウデンに攻撃するが、ユウデンにはあまり効果がない。フヨルはその手を振り払おうとし、一向にユウデンに向き直らなかったが、ユウデンは構わずにフヨルに言う。


「フヨル、その……俺は誤解していたのかもしれない。マジェルジェは……色々事情がある子なんだ。だから……その……」


 フヨルがユウデンの手を力強く振り払おうとする。

 焦りをユウデンは感じ始める。脳内で、農民のユウデンがボヤいた。


―― フヨルにも悪いところはあったじゃないか。マジェルジェが酷いことをしていたなら、フヨルは逃げるべきだったんだ。そうだ、パーティーを、俺を捨てていけばよかったじゃないか。そうしなかったんだ。フヨルにも、悪いところはある。


 ユウデンはその考えを振り払おうとする。


―― 別に俺は、マジェルジェの話を聞いていただけだ。フヨルが俺にそういうことを言っていれば、両方から話を聞いて精査できたはずだ。そうだ。フヨルは俺を頼ってくれなかった。フヨルにも、悪いところはある。


 必死に、それでも必死に、フヨルの手を握る。


―― フヨルなら解ってもらえると思った。俺も大変だったんだ。旅の日々。勇者を演じ続ける毎日。本当は怖い。辛い。逃げ出したい。そんな中でフヨルとの一時が俺の支えだったんだから、フヨルなら……フヨルにだけは……


「俺は、フヨルに甘えてしまったんだ」


 フヨルは振り返らなかったが、振り払おうとはしなくなった。

 ユウデンは、自分の心と話し合いながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「だから、『たかがトラブルぐらい』と言ったのも、決して軽んじる意味で言ったんじゃないんだ。そうだよ、なんで、どうしてそんなになってでも俺を頼ってくれなかったんだ! 俺が……俺じゃ頼りないからか?」


 ユウデンの、フヨルの手を握る力が緩まり、するりと抜ける。しかしフヨルは逃げることはせず、ユウデンに向き直る。

 既に泣き止んではいたが目は赤く張れていた。もうフヨルの魔物たちもおとなしく見守っている。

 フヨルは、喉に詰まっていた言葉を絞り出し始める。


「ユウデン様が、情けなくて……だって、あんな、見え透いた悪意を振るう人を信じて、どうして……」


 そしてもう一度涙し始める。


「どうして、僕を信じてくれなかったんですか?」


 ユウデンは、預言者の言葉と、北の賢者の言葉を思い出していた。

 フヨルはまっすぐに、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながらも、数日ぶりにユウデンの目を見てくれている。だから、勇者ではないユウデンとして、大事な一言を言おうと思った。普段は作り上げた勇者が言うことを許さない、あの言葉を。人間関係ですれ違った時に必要な、あの言葉を……


「危ない!!」


 だが、ユウデンが口を開くより先に、フヨルがユウデンを突き飛ばした。直後、二人の居た場所めがけて火球が飛び込んでくる。二人が火球の来た方向を確認すると、そこには既に次の火球を放とうとするマジェルジェの姿があった。

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