追放した者と追放された者 その違い
「なんでよ……どうして!」
マジェルジェは親の仇を見るような目でユウデンとフヨルを見る。
フヨルの周囲の魔物が逃げたり怯えたり、あるいはフヨルの前に出て威嚇しようとしてフヨルに下がらされた。
ユウデンはマジェルジェの自分の喉を引き裂くばかりの叫びを受けて、ある種冷静にため息をついた。
「マジェルジェ。パーティーメンバーへの故意の攻撃は緊急事態を除いて禁則事項だ。パーティーを追放されるのは、このままだとお前の方になる」
マジェルジェは完全に冷静さを欠いていた。それは誰の目にも明らかで、それと対照的に、恐ろしいほどにユウデンは冷めていた。
「戦闘行為をやめてくれ、マジェルジェ。魔法使いは俺たちのパーティーに必須だ」
「必須なら、必須なら私は……! ああ! 私は、事情があったの! 仕方なかったの!! 魔物が、フヨルが、襲おうとしてたのを私が止めたのに何故私が悪者なの!!」
「もうお前を特別扱いはしない。杖を置け、マジェルジェ!!」
マジェルジェが咄嗟に、もはや見抜くまでもない嘘で訴える。なにせ、先ほどの火球はまっすぐにユウデンへ向かってきたのだから。
「残念なことだが……」
どこからか現れた北の賢者が、少し遠くの木に寄りかかり腕を組んで、ユウデンとフヨルの二人に話しかける。まるで、面白い話でもするかのような声色で。
「ああなると、脳というのは自分も騙し始めるんだ。とっとと自分の悪いところを認めた方が早いし楽なはずなのにね。腫瘍を切開して摘出した方が絶対に良い物を、切る際の痛みが嫌で拒否してるようなもんだよ」
北の賢者は食傷だと言わんばかりに大きなため息をついてぼやく。
「本当に、大神は何を考えてこんな苦しみしか生まない機構を作ったんだか」
マジェルジェが何事か叫びながら、地上に影を落とすほど巨大な氷塊や建造物にも匹敵する大きさな火球を次々作り出し、
フヨルは
火球から咄嗟にフヨルを庇おうとしていたユウデンは、この様子に少し胸の奥が傷んだが、その考えを振り切って目の前のことに集中する。
「フヨル、支援用のカードと
「それが、パーティーを追い出された時から増やしてなくて……」
「増やしてない? 勤勉な君が?」
「だ、だって、男一人旅じゃ必要ないじゃないですか!」
ユウデンの脳裏に、フヨルが一人旅をしていた時の料理メニューが過る。そういえば、適当な野草と塩抜きもしてない干し肉を煮込んだだけとかだった気がする。パーティーに居た時はフヨルの料理が楽しみなぐらい、様々なメニューが食べれていたはずだが……そして、自身も一人旅の頃や……マジェルジェとの二人旅であった頃の食事はそんなだったな、などと思い出した。
スライムが気泡を作って何かを訴える。フヨルがスライムに謝りながら、手を当てて回復や補助魔法を順番にかけつつ、ユウデンに願い出る。
「すみませんユウデン様、お願いがあります! スラちゃん……スライムで耐えられるのはいくら何でも限界です! マジェルジェさんの魔力は僕ら二人に、魔力補助のカードとスクロールすべてを合わせても足元にも及びません。彼女を止める必要があります! この規模の攻撃ではいつ誰が巻き込まれてもおかしくない……そんなことになったら」
スライムの壁に右手を当てながら、左手で古びたスクロールをユウデンに押し付ける。ユウデンがそれを検めると、中の魔法は強力な拘束魔法であることが解る。対象の精神を閉じ込めて無力化する、神代の外法であり、パーティーの誰もが使えないほどレアな魔法だ。
「これは、
「まさか。……知り合いが使えたので」
ユウデンの視界の端に、火球も氷塊もそよ風にもならないと地面に横になって欠伸をしている北の賢者が移り込む。
まったくこちらを助ける気も無さそうな北の賢者に不快感を感じたユウデンを、フヨルが急かす。
「急いでください! このままじゃ蘇生魔法も不可能なレベルで殺されます! スラちゃんが砕けたらもう無理です!」
ユウデンは頭を振って邪念を払った。
だが、同時に、妙に冷めた部分が性急な答えを叩きだした。
「解った。マジェルジェを殺そう」
先ほどフヨルが鞄をひっくり返した際に散らばったカード数枚をつかみ取り、自身に複数の補助魔法をかけ、フヨルが何か止めようとしたのより速く、ユウデンはスライムの壁から抜け出てマジェルジェへ直進する。
マジェルジェは火球と氷塊を止めずに、更に地面を隆起させて天を突くほどの壁を作り出した。だが、ユウデンはそれを拳で撃ち抜く。
「来ないで! 私を悪いって言わないで!」
壁に出来た穴へ向けて、マジェルジェが落雷を落とす。空気が爆ぜる音が幾重にも重なり響き合い、地面を隆起させて作った壁が倒壊してもなお矢継ぎ早に、火球、氷塊、落雷、水球、極光、様々な魔法を次々に叩きつけていく。
マジェルジェは、流石にユウデンでも跡形も残らないであろう光景を見て涙する。
「なんでよ。私が悪いっていうの? だって、気に入らない相手と一緒に居たら良くないって、ユウデンが私に出会った頃に言ったことよ。ムウ村の白衣の連中は悪い奴らだって言ったのだってユウデンだったでしょ。それなのに、ユウデンが私を、悪いっていうの……褒めてよ、褒めてよユウデン。私、これだけ多くの魔法が……」
「ああ、俺はお前が努力家なところは、昔から変わらず評価しているよ」
マジェルジェの背後から現れたユウデンが、マジェルジェの肩を掴む。
見れば地面には穴が開いており、ユウデンは魔法で地中に潜り、マジェルジェの背後まで進んで来たことが解る。
そして、マジェルジェの首に手を回して力を込める。
「待ってください!」
それを止めたのはフヨルだった。
崩れた壁を押しのけて、フヨルは足元の悪い中ユウデンとマジェルジェに近寄りながら訴える。
「駄目です! 殺す必要はありません!」
だが、ユウデンのマジェルジェを絞める手は止まらない。そのままユウデンが疑問を呈する。
「何故だ。蘇生の魔法で生き返らせればいいだろう」
「いいえ、生き返らせるにしても、死の苦痛を与える必要はないって言ってるんです。それじゃきっと何も変わりません」
「しかし、クレイドル・ファンタズマよりは蘇生の方がコスト的に……」
「コストの話ではなく、人の心の話をしてます、ユウデン様」
少し語気を強めながら、フヨルはまっすぐにユウデンを見つめる。
「マジェルジェのせいで、俺も君も死にかけた。まして君は、マジェルジェにひどい扱いを受けただろう?」
「ええ……確かに、色々ありましたけど……」
「なら、彼女は罰を受けるべきだ!」
「二つ、理由があります。まずは……」
白目をむいて口元に血の泡を吐き始めたマジェルジェの方を見ながら、フヨルはユウデンに止めるように訴えた。
ユウデンはため息と共にマジェルジェを離し、首を振る。マジェルジェはせき込みながら倒れ伏し、自身の喉に回復の魔法をかけていく。次第にせき込みは嗚咽へと変わっていった。
納得以外かない様子のユウデンにフヨルは淡々と、しかし力強く言う。
「一つ目は、パーティーメンバー殺しなどという不名誉をユウデン様が背負うべきではありません。確かに、マジェルジェさんが混乱していた結果と言えなくも無いですが、周囲がこう地形変化するほどの戦いではすぐに詳細が方々へ知れ渡ることでしょう。それよりは、寛大な措置をする勇者という方が良いかと……僕はユウデン様の名誉も守りたいんです」
うんうん、と話を聞き、少し納得しかけつつもユウデンは「だが」と口を開いた。そこにフヨルが割り込んで続ける。
「二つ目は、死の痛みでは彼女は変われません。『死の痛みを罰として受けたのだからもう良いでしょ』と開き直られるのが目に見えてます。もし僕がパーティーから居なくなっても、次の問題は……半年後か一年後には起こすでしょう。それこそ、ユウデン様が被害に遭うかもしれません。あるいは、新しい被害者はもっと声高に周囲に訴え始め、事態は今回より酷くなるかも。それじゃ彼女は助かりません」
ユウデンはにわかに怒りを感じた。
「駄目だ。ここに来るまで、一番つらい思いをしたのはフヨルだ。そうさせたのは……俺とマジェルジェだ。それを、何が『守りたい』『助かりません』などと言っているんだ! 君は、お前は! 俺たちを責めれる立場なんだよ!」
フヨルは静かに首を振った。そして静かに、達観した様子で、しっかりと言葉にする。
「ユウデン様の立場に立って考え、マジェルジェさんの立場に立って考え、お二人を責めるのは違うって思ったんです。逆の立場なら……」
そして……ユウデンをしっかりと、少し辛そうにしながら見つめる。
「ごめんなさい、できたら許してほしいって。僕も悪いところありましたから」
そうして、困ったような笑みを浮かべる。
遠回しに自分のことも許すのだと告げられ、またフヨルのことも許してほしいと言われ、ユウデンは食い下がるしかなかった。自分の失態を、マジェルジェへの処罰で晴らそうとしていた自分をも見つけ、急に胸が苦しくなる。
では、そうしてこの事態は収束する……
「馬鹿じゃないの?」
はずがなかった。
「何を、なんの得もない、聖人気取りで気持ち悪いこと言ってるのよ!!」
突如ユウデンとフヨルを、魔力の鎖が縛り上げる。
「もう、全部終わりよ……終わりなんだから!! 一緒に、終わりましょう!?」
マジェルジェが、その膨大な魔力を持って周囲一帯を破壊するための魔法の詠唱を始める。
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