フヨル、パーテイーに戻らないってさ
「フヨルをパーティに戻すの?」
マジェルジェは、ユウデンを見つめて微笑み、フヨルを見てより微笑んだ。
フヨルがマジェルジェから半歩下がったことで、フヨルが連れていた魔物たちがどこからともなく現れて彼を守るように周囲を取り囲む。
だからだと言わんばかりにマジェルジェは張りつけたような笑顔で言う。
「私は構わないわよ」
もちろん、嘘である。
問題があるとすれば、ユウデンが事態の全容に気付けていないことだ。
ユウデンはフヨルの警戒とは真逆に、何の疑いもなくマジェルジェへ近づき、マジェルジェの“寛大な言葉”に気を良くする。
「そうか! マジェルジェがそう言うなら問題ないだろう」
ユウデンの中では所詮「マジェルジェとフヨルが揉めた」ぐらいでしかないのだ。
ならばと、マジェルジェの隣でフヨルに手招きする。マジェルジェはユウデンに抱き着きながら、フヨルをなおも笑顔で見る。あるいは、勝ち誇ったような顔でほくそ笑む。
フヨルはその様に嫌悪感と警戒心を強める。だが、その善性故に、あるいは惰性から、懲りもせずにマジェルジェを許そうとした。
フヨルからすれば、マジェルジェは理解ができない人だった。己の悪意を恥じて受け入れ、他者にとって良き人であろうとする者からすると、マジェルジェの心は理解できない。だから勝手にその心を予測する。「きっと、疲れて一時の気の迷いだったのだ」などと……まったく的外れな予想で自分を納得させる。この世に、そんな悪人は居ないのだと。
フヨルが近づいたことで、ウッドウルフたち魔物も二人に近づくことになる。マジェルジェはウッドウルフを見てユウデンに泣きついてみせる。
「まあ、魔物を連れてるわ! 私嫌よ! 魔物は危険だもの! 魔族は気持ちが悪くて野蛮で邪悪で皆殺しにすべきよ!」
フヨルは眉間にしわを寄せ、飛び掛かりそうになる魔物たちを撫でつけて落ち着かせる。フヨルの後ろに隠れるようにしてマジェルジェを睨みつける
途端、マジェルジェは勝ち誇った笑みをし、それを抑え込みながら泣き顔をつくりユウデンに訴える。
「見て! こんな魔物を連れてるだなんて、フヨルはおかしいのよ!!」
その一言にフヨルは魔物たちを落ちつけながら、マジェルジェから離れる。そして、ユウデンに何か訴えかけるような視線を向けるが、すぐに目を伏せてしまった。
フヨルがぽつりぽつりと口を開いた。
「この子たちは、僕が躾けているので、さっきも飛び掛かったりせずに……」
「ああ、フヨルが何を言ってるか、私には解らないわ」
マジェルジェはフヨルの言葉を遮る。フヨルは顔を上げない。
ユウデンはマジェルジェが発する悪意を、その肩に手を回して摩ることでなだめようとする。マジェルジェが落ち着けば、フヨルの性格からして事態が悪化することは無いだろうという判断の上なのだが、フヨルの心を逆なでする以外の何物でもない行動であった。
どうみても、ユウデンはマジェルジェの味方なのだとしか見えないからだ。「フヨルが苦しんでいれば事態が解決できる」という意味以外の何物でもないのだが、ユウデンにはそんな発想はなかった。あるいは、マジェルジェが言うことが事実でありユウデンの知らないところでフヨルによってマジェルジェが苦しめられているなら、マジェルジェの“言動にすこしトゲがある程度のこと”は許していいと、当事者ですらないのに勝手に決めつけていた。あるいは、フヨルのどこか悪いところを探し始めてすら居たのだった。
そして、そのように取った二人は予想に難しくない言動を取る。
マジェルジェは更にユウデンに泣きついて見せる。
「仕方がないわ。魔物に魅入られるような人だっただなんて。だからそうして不機嫌を現わす態度を取ってるんでんしょう?」
フヨルはマジェルジェを見ない。マジェルジェの悪意を浴びて、己を強く恥じていた。そして、フヨルはユウデンも見ない。ユウデンには怒りより別の感情を抱いていた。信じた人が自分を信じてくれないということ。自分の大切な人がこんなにも……こんなものを……
ただ一言、押し殺すように我慢の堰を越えた言葉が小さく、その苦痛の一部が漏れた。
「もういい……」
その一言をして、マジェルジェは声高にユウデンに訴える。
「聞いた今の!? 『もういい』ですって! またまるで私が悪いみたいに言うのよ!? 言った通りでしょう!?」
ユウデンは、マジェルジェがフヨルに対して棘のある言動を取るのは、フヨルに怒りを表しているからだと思っていた。マジェルジェからフヨルへの不満は聞いていたので、フヨルが洩らした「もういい」という一言はマジェルジェから聞いていた嘘が本当であったとユウデンに感じさせるには十分だった。
だが実際は違う。そもそも、マジェルジェが欲しかったのは「フヨルを殴っても許される場面」である。だからフヨルを呷り、罵り、フヨルからの罵倒を誘った。そしてまんまとフヨルは一言とはいえ不満を漏らした。
フヨルの人格を否定してもユウデンが許してくれているという優越感がマジェルジェを満たしていた。二人で誰か一人を悪者として叩くという快楽が、一人の人間の心を踏みにじっても許されているという邪悪な喜びが、肌を重ねているより強烈な快感となって彼女を抱いていた。
ユウデンは、マジェルジェの言動を信じていた。彼女と出会った当初のことを思えば、彼女が多少おてんばであろうと仕方がないのだと。あるいは、フヨルの心根の広さならばマジェルジェの難ある性格や言動を許してもらえるだろうと惰性に走った。
その結果、ユウデン自身すらどうかと思う言動がユウデンの口から出てきた。
「フヨル、そんな言葉を口にしてはいけない。それじゃあ、パーティー再加入はやめてもらうしかない」
この一言で、マジェルジェは笑い出した。
ユウデンは自分の口から出た言葉に自問する。そんなことを言いたかったのか? しかし、マジェルジェは、魔法使いはパーティーに必要で……彼女の身の上を思えば多少は……フヨルなら解ってくれる…… そんなことをユウデンは思った。あるいは、パーティーから追放しても、何だかんだ理由を付けてフヨルと、友人にでも成れれば良いのではないか、などと。
フヨルなら寛大な心で我慢してくれる。これはおおむね正しい。だからこそ、ユウデンは彼のそんなところに心を許していたのだから。フヨルもまたユウデンの多くを許しただろう。しかしだからこそ、フヨルの視点からは「マジェルジェの言動を許すユウデン」というのは、二人の関係を邪推し、彼の心に後ろ暗い感情を掻き立てるのに十分なものだった。
そしてなにより、ユウデンは気付いていなかった。あるいは気付いていて気づかぬふりをした。フヨルにとって自分がどういう存在であるかを。そんな者が、目の前でこんな言動を取る、その意味を。避けがたい誤解を。残酷な仕打ちを。
だから、フヨルは……
「解りました。もう……もう、十分です。お体に気を付けて……」
フヨルは赤くした目でユウデンを見る。そして嗚咽を飲み込んで、踵を反した。
その様子に、ユウデンは動揺した。思っていたような反応ではない。単純に、フヨルが少ししおらしくしながらも戻ってくるとばかり、簡単な謝罪で良いのだと、二人の間を取り持って話が終わるものと……これではまるで別れの言葉じゃないかとユウデンの心は揺れた。
いえ、まるで、ではなく、別れの言葉ですよ、ユウデン……
ユウデンが思わず呼び止めようとするが、それより早くマジェルジェが動いた。
「駄目よ! 去ったら! あんたにもパーティーで役目があるじゃない!」
ユウデンは、マジェルジェが呼び止めるのかと、ある種安堵を覚えた。あんなに言っていてもやはり情があるのだろうと。
マジェルジェの息を弾ませた次の一言までは。
「あんたが注意されることでみんな仲良くできるんだから!」
生じた違和感を、マジェルジェの堪え切れなくなった笑顔が助長させる。
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