追放は突然に
切っ掛けは生返事
「ああ、そうだな」
勇者であるユウデン・フロイデは、月灯りの下、自身の腿当ての上で国王への定期連絡を執筆しながら、パーティメンバーの魔法使いに生返事をした。
その生返事を受けて、魔法使いは他のパーティメンバーに大々的に告げた。
「だってさ! じゃあ、うちのパーティに付与術師は要らないってことで!」
ぞくっとする凶兆を前面に押し出したその一言を聞き、勇者は書類から顔をあげた。
魔族
魔法使いであるマジルジェ・マーキマンが得意げに見下ろす視線の先には少年が一人。付与術師であるフヨルが、ユウデンに助けを求めるように涙目で訴えながらも正座させられていた。
ここでユウデンが「すまない。生返事をした。何故そんなことになった?」と聞けばよかったのだが、この勇者、非常に不器用で見栄っ張りで……少々臆病な男である。
「そういう、話になったのか?」
ユウデンの心の中に何かが、ごろりと居心地を悪くさせたが、彼自身それが何なのか、それを口にしていいのかもわからなかった。だから……
「ええ! 『付与術師がさっきの戦いでミスしてたし、色々最近おかしいし、休暇を与えるべきじゃないか』って聞いたら、あなた『そうだな』って答えたでしょ?」
「ああ、いや、だが……」
ここで「話聞いてなかった」と言ったら、怒られてしまうだろうか。あるいは、マジェルジェも本気ではないかもしれない。そもそも、付与魔法は有った方が戦闘においては便利だから居るのだし……
口ごもったタイミングを見計らうように、マジェルジェが思い出させる。
「でも、さっきの戦い、付与術師の戦術ミスが影響してたと思わない? みんなもそう思うでしょう?」
そう言ってマジェルジェが残りのパーティメンバー、騎士と聖者に問う。
騎士キーシェ・トウノウルは視線を逸らしながら、つぶやくように答えた。
「えっと、まあ、その……勇者さんと私の二人で耐えられはしました」
「でも大変だったでしょ? 付与魔法がもっと適切なタイミングで使われてたら、そうはならなかったじゃない」
視線を逸らしたキーシェの顔をマジェルジェは覗き込む。
「いや、あの、一応被害はなかった、わけですし」
そこに聖者であるセイシル・ジャバーナが思ったことを口にした。
「ああ、それに関しては、障壁の魔法が間に合いましたので……」
キーシェはどこか納得し、マジェルジェは何故か誇らしげになっていく。マジェルジェはセイシルに質問する。
「障壁の魔法って結構大変よね? セイシルはちゃんと戦況が予測できてたわけだ」
「ええ、まぁ……そうなりますが」
「ついでに言うと、セイシルだって付与魔法は使えるわけよね?」
セイシルの言葉を半ば遮ってマジェルジェは言葉をつづけたが、セイシルはため息と共にその言葉を肯定した。
更にマジェルジェは続ける。
「それとね、これは言いたくなかったんだけど……そもそも、勇者パーティに勇者以外の男って……引き立て役にされて可哀想じゃない? あとね、付与術師の言動、私注意したのよ? 何度も何度も。でもその都度、本当は……」
そして突然、マジェルジェは涙を流し始める。
「私意地悪されてたのよ……戦闘中っていう危険な状況でも私にだけ付与魔法が来ないこととか多かったし、空気が読めない言動ばっかりで……私許せないのよ!」
その言葉に黙り続けていたフヨルが否定しようと声を出そうとするが、マジェルジェの嘆き悲しむ声がそれを風に溶かしていく。
その様に流石にユウデンが重い腰を上げようとした時、セイシルがユウデンとマジェルジェの間に入るようにして告げる。
「勇者ユウデン。事態の収束には、付与術師フヨルを一度パーティから追放するのが良いと考えます。その考えに同意……でよろしかったですか?」
それにはユウデンよりマジェルジェが早く答えた。
「本当? もう私、嫌な思いをしなくて済むのね! 良かった!」
そう言いながら涙をぬぐうマジェルジェの肩越しに、ユウデンはフヨルを見る。フヨルは何か言いたそうにしているのが、ユウデンには伝わった。
「フヨル。お前は何か言いたいことは無いのか。言わなくて良いのか?」
マジェルジェが「悪いことした奴が自分が悪いって認めるわけないじゃない!」とユウデンに食って掛かろうとするのをセイシルが止める最中、フヨルはユウデンを見つめる。
そして、その視線はマジェルジェ、セイシルと流れ、視線を逸らし続けるキーシェにも流れて……自身の膝に落ち着いた。
「なにも……」
僅かにか細く、聞き取れないほどの声でフヨルは呟いた。
ユウデンは胸の中に何か違和感を覚えながらも、勇者として、パーティリーダーとして、毅然と振舞った。
「そうか。では、明日の朝の出立に合わせて、このパーティより追放とする。パーティ資金で購入したアイテムは置いて行くように。保存食は一週間分持って行って良い」
マジェルジェはユウデンに、しおらしく感謝を述べ、セイシルはため息交じりにその場を離れ、キーシェもまたばつが悪そうに離れた。
ユウデンは動かないフヨルに何か言うべきか考えたが……基本的にこの男は不器用である。
ユウデンの頭の中では、付与術師と魔法使いの戦術上重要度を天秤にかけるシミュレーションが行われ、魔法使いの替えは効かないのだという結論にたどり着いた。そもそも、本当にフヨルがマジェルジェに嫌がらせなどをしていたのなら、それは対処すべきだろうから、と。ついでに残りの保存食の量などを考えたりしてる。
そうして、碌に言葉もかけずに国王への定期連絡の執筆に戻った。
あっさりとした終わりをその日は迎えたのだった。
朝になると、フヨルはユウデンに珈琲を入れてくれている。何やらその手の嗜好品にフヨルはこだわりがあるらしく、確かにフヨルが入れてくれる珈琲は目が覚めるし美味い。
「付与魔法でもかかっているのか? この飲み物は」
「いえ、魔法で水を綺麗にしたりはしてますが、あとはユウデンさんが買ってくれた豆が良いんですよ」
「そういうものか?」
「はい」
まだ他のメンバーが起きてくるより前、二人で肌寒い朝霧の中、小さな珈琲用のカップに息を吹き込み、香り高く温かい蒸気を鼻にくぐらせる。
ふと、フヨルを見ると、彼は寒さからか頬を僅かに赤くしながらこちらに微笑んだ。
翌日、一人足りない朝を迎える。
勇者は周囲を見渡すが、何も変化は見られない。一人いなくなっていることを除けばだが。
他のパーティメンバーはまだ寝ている。それも仕方がない。まだ朝日は僅かに金糸を空に描く程度で、夜明け直後の朝早くだからだ。既に燃え尽きた薪の炭が音を立てて崩れる。
「今のは……夢。いや、思い出か」
眠気を覚ます珈琲はもちろんない。
僅かにぼんやりした頭で、しかし胸につっかえる感情が勇者の足を踏み出させた。
「駄目だ。やっぱり駄目だ。間違ってる! 待て! 待ってくれ! どこへ行ったんだ!」
勇者は不安にかられ……
手始めに神話級の魔法を使ってフヨルを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます