認めざるを得なくとも


 かくて、嫌々ながらも一度追放した付与術師を追いかけることになった勇者は、重い足取りで今一度、王都から追放を言い渡した平原へと出る。

 無論ながら既にあれから時間が立っているのだからフヨルの姿は目視出来ない。ここで「探したが既にいなかった」と言ってしまっても良いのではないかとユウデンは思ったが、それではセイシルもキーシェも納得しないだろうということは想像に難しくない。


「とっとと連れ戻せば解決だろう」


 と、ユウデンは知覚を広げる魔法を行使する。視覚の真ん中がレンズの様に歪み、遠くを望遠できる初歩的な魔法だ。

 しかしフヨルを見つけられない。

 思ったより遠くに行ったのかと、今度はまた別の知覚を広げる魔法を行使する。が、これまた見つけられない。更に強力な魔法、もっと強力な魔法、と使っていくが、一向にフヨルが見つけられない。

 ユウデンの聴覚は遥か遠くの植物の呼吸音すら聞き分けるほどに高められ、視覚は遥か上空から、人族の住む領地の最奥であるこの場所から魔族の住む領地の傍まで塵一つ見逃さぬほどに強化されていたが……


「流石におかしいだろう」


 フヨルの姿は確認できない。

 ユウデンが思わずぼやいたその言葉の波が、近くの草木に反射する様すら知覚しながらも、人族一人を見つけられずにいる。

 ユウデンはひとまず知覚を広げる魔法を解除し、王都へ戻ろうとしたが……

 何故か自分一人で何とかしなくてはいけない気がしてならなかった。ユウデン自身、どうしてそう思うのかとも思ったが、ここは譲ってはいけないような、そんな気がしてしまったのだ。

 ユウデンのその思考は非常に危険なのだが……彼自身それに気付いてはいない。


「くそ……このままじゃ帰れないぞ。もっと魔力が必要か」


 独りごちるユウデンは、いつも魔力が足りない時はどうしていたかを思い出した。

 普段は、付与術師であるフヨルが用意したカード巻物スクロールによる魔力強化を受けていたはずだ。何も、知覚を強化する魔法だけではない。戦闘面でも重要な補助効果だ。補助魔法自体はフヨル以外も使用できるが、一手の違いが命を分ける場面に置いて、補助魔法に専念する者が居ると居ないとでは雲泥の差が出る。その事はユウデン自身良く知っていたはずだ。

 ユウデンは自身の身体をまさぐり、フヨルのカードの一つでもないかと探し、ポケットの中にくしゃくしゃになってちぎれたカードを見つける。これでは何の効力も無いだろう、手の平の納まるそれには細やかでどこか丸みを帯びた文字がびっしりと書き込まれている。毎夜、フヨルが夜遅くまで書き記していた物の一つだ。いついかなる時も、いつもフヨルはそうしてパーティーを下支えしていた。

 ユウデンはそんなカードであった物を見て、強く握り込む。


「だからこそだ。どうしてなんだ……俺は、お前に好意を伝えられてもどうしていいか解らないんだ。そうだとお前も解っていただろう? なのに何故、あんなことを……」


 ユウデンは、自分のイラつきの正体に、その片鱗に気付いた。

 だが同時に、それでもフヨルを必要とする自分にも気付き、それは何故なのかと自問自答した。だが、その答えは解らないままであった。あるいは、既に出ている答えを否定し続けた。

 ため息一つ。ユウデンは誰も居ない平原を見渡し、パーティメンバーに如何に言い訳をするかを考えて気が重くなり、行きより更に重い足取りで帰る事になる。


 そんなユウデンの元へ近づく者が居る。


「あら、やっぱりユウデンじゃない。王城へ集合じゃなかったのかしら?」


 妖艶な笑みを浮かべて、マジェルジェはユウデンに嫌味を言う。

 ユウデンは鼻を鳴らしてその脇をすり抜けるが、マジェルジェはユウデンの後ろから揶揄うように声をかけ乍ら追いかける。


「大方、セイシルあたりにフヨルを探して来るように言われたんでしょう? まあ、フィアンセの言うことだもの。優先したいのは解るわ」

「ええい、お前に何が解る!」


 ユウデンは立ち止まり、マジェルジェの方に向き直らずに怒鳴った。

 マジェルジェは突然笑い出し、その上であっけらかんと答える。


「全然。ちっともわからないわ。あなたは私と別人なんだもの」

「ふん。それはそうだ。あるいはフヨルのことならわかるのか?」


 ユウデンはまた歩き始める。マジェルジェはその後について行く。


「そっちも全然。フヨルって、ユウデンが好きだったんでしょう? 好きな人を困らせるようなことをするのって何故なのかしら? 本当に好きなら好きな人のことを困らせたくないって考えるものだと私は思うけど」


 ユウデンは振り返ってマジェルジェを睨みながら口を開いた。


「好きな人好きな人言うな。俺は……フヨルだって気の迷いか何かだ。俺たちは……そうだ、男同士だぞ?」


 射抜かんばかりに感情をぶつけてきたユウデンに、マジェルジェは一瞬きょとんとし、そして笑みを浮かべて応える。


「あら、私のダーリンも生物学的には女よ。ただ心は、男でも女でもない、それ以上に誇り高いものなだけ」


 そんな予想していなかった回答にユウデンが何も言えずにいるのを他所に、マジェルジェはユウデンを追い越して、そして振り返る。


「性別なんて、動物として繁殖に用いる時に有効なだけの記号じゃない。私たちの愛はそういうものじゃないのよ。ま、股間で考える男には難しい話よね。いつまでたっても繁殖のことから離れられないなんて、心底可哀想よ。せっかく人族に生まれたのに」


 そして、自信に満ちた表情で付け加える。


「きっと、私の方があなたよりフヨルの考えが解るみたいだし、協力してあげるわ。私たちのパーティーの付与術師捜索」

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