常識とは偏見である


 マジェルジェが息を吐くと、それに合わせて草木が躍る。遠くの果ての果てまで細く長く薄く小さくした彼女の魔力が、世界のありさまを彼女に伝え聞かせていく。

 ユウデンはマジェルジェの言葉を反芻し、目の前の女性がいつの間にか自分の知らない存在になっていたことに気付かされた。


 ユウデンにとって、マジェルジェは妹か娘のようなものであった。

 腐肉と腐敗の中で這いまわる言葉も話せぬ衰弱した女性。何か得体のしれない出来事があったムウ村の生き残り。世話するうちにみるみる言葉を学びオシャレを学んだ、勤勉で急成長を遂げた最初の旅の仲間。それがマジェルジェだった。

 決してユウデン自身、彼女を異性として見ていたわけではなかったし、急に明るくなった理由が王都に出来た恋人と遠距離恋愛を始めたからだとは聞いていた。しかし、それがまさかの同性の女性だとは予想していなかった。

 ユウデンの中で「こうに違いない」「こうあるべきだ」という“常識”から外れたその概念は、フヨルが芽生えさせ、マジェルジェに突き付けられ、ユウデンの“常識”を強く揺さぶった。

 とはいえ、だからといって……自身がフヨルの気持ちに応える様は想像できなかったし、フヨルの気持ちも理解できなかった。いや、理解するにはまだ“常識”を超えられなかった。


 などと考え込んでいるユウデンに、マジェルジェが問いかける。


「変ね。流石にこれだけ探しても居ないのはおかしいわ。フヨルが私の知らない隠密の魔法を使えるとも思えないし、何か知らない?」


 ユウデンは「何故俺に聞くんだ」と言いたくなったが、少し考えてある発想へ至る。


「フヨルがパーティーの共有財産に手を付けた可能性は? 例えば、古の地下迷宮ダンジョンから持ち出した神話級の魔道具マジックアイテムだとか」

「ああ、それなら確かに。こうなるんじゃないかしら」


 共有財産をどうしてフヨルが持ち出したのかと少しムッとしたユウデンとは裏腹に、マジェルジェは楽しそうだった。


「じゃあ、探し方を変えましょう。直接姿を探すんじゃなくて、痕跡を探す形に」

「痕跡?」

「そう。姿形、呼吸や脈拍の音でフヨルを探していたのを、足跡とか残り香で探すことにするのよ」

「足跡か……だが、フヨルの靴など解らないぞ」


 マジェルジェはクスクスと笑う。


「でしょうね。ユウデン、あなた本当にフヨルのことが好きではないのね」

「それがなんだ」


 何だか妙な部分を妙に刺激されて、ユウデンは少し居心地が悪くなる。


「いいえ、フヨルがどんなにファッションに気を使って、憧れの勇者様のために靴を買い替えてても気づかないのね、ってことよ」

「は? 靴と俺と何の関係がある」

「ユウデン、あなた何のために王都へ来たの? その察しの悪さは、あなたが女性にモテない理由じゃないかしら」


 なんでそんなことを言われなきゃならないんだ、と不機嫌になりつつあるユウデンが口を開くより先に、マジェルジェが続けて大きな声を上げる。


「居たわ! ああ、もしかしなくとも、フヨルが古のダンジョン探索の際に探し当てた死神逃れの兜ディキャンセル・ヘルメットね。確かに、死神からも逃れられる兜だもの。対知覚、対追跡用のマジックアイテムとしては特級品じゃない」

「勝手に持ち出して良い物ではなかったはずだ。フヨルには言って聞かせないと……」

「ユウデン、今それどころじゃないわ。それに、パーティーを抜けるつもりは無かったかもしれないじゃない。あなたが追放を言い渡すまでは」


 ユウデンが反論を挟もうとしたので、マジェルジェの後半の言葉の語気は強まった。それに対してもユウデンは反論したかったが、マジェルジェが何かに驚いたような表情になる。


「待って」


 広げに広げた彼女の広大な知覚が、有る事象を捕らえる。


「ユウデン! 王都へ戻って! 王城へ!」


 そしてユウデンに組みかかって事態の急を知らせる。


「あの男、女王を……セイシルもキーシェも危ない! これって……」

「待て、落ち着け。何を見た? 何があった?」


 ユウデンは焦った様子のマジェルジェの手を振りほどきながら彼女を問いただした。


「あの男、ええ、確か、将軍だったはず……ショーガン・グンニバルが女王様を刺したの! 将軍による反乱が、今城で起きてるのよ!」

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いつか誇れるあなたへ ~ 追放した相手が心配なので勇者は休業して回避不可能レベルで追いかけることにしました ~ 九十九 千尋 @tsukuhi

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