(本編はこちら)↓
いつか誇れるあなたへ ~ 追放した相手が心配なので勇者は休業して回避不可能レベルで追いかけることにしました ~
https://kakuyomu.jp/works/16817330669276806673◆◆◆
騎士キーシェにとって、聖者セイシルはとっつきにくい人だと思っていた。
セイシルは鉄面皮で何を考えているか解らず、如何にも育ちが良いのは王都で学んだキーシェにはすぐに見て取れた。あまり関わりたくはなかったが、同じパーティーである以上そうは言ってられない。言っていられないのだが……
「マジで無理……」
勇者一行がある夜野営のため、夕食の準備を行っている最中、キーシェは独り言ちた。他のメンバーはそれぞれ薪集めやテントの設営などをしており、キーシェ一人で鍋に張った水の沸騰を待っている。
魔法使いマジェルジェは「関わってはいけない系メンヘラ女子」であることもあり、勇者一行でキーシェは自身の居場所を見失っていた。
唯一の自身の居場所は本の中だけ。王都で何とか買った大人な小説、男性同士の恋愛ネタが書かれたお気に入りの作家の新作「いつか誇れるあなたへ……」を呼んでいる時だけは上手く現実逃避が出来ていた。
この秘めたる崇高なる趣味の時間だけが、乾いた心に潤いをくれるような気がしていたのだった。
だったのだが……
「あら、面白そうな話」
背後から急に話しかけられ、キーシェは驚きの余りお気に入りの本を鍋の中に落とし、急いでそれを拾い上げては熱がり、濡れたお気に入りの小説に魂の慟哭を洩らしたり、この世の全てを呪いながら話しかけてきた人を見る。
そこには、キーシェの周章狼狽する姿に申し訳なさそうにするセイシルが居た。
キーシェは急に声をかけてきた、愛する小説の憎き仇であるセイシルに何か言いたがったが、隠している趣味である以上強く言えずに唇を噛んだ。
セイシルは流石に申し訳なく思ったのか、謝りながら地面に落ちた小説を拾い上げる。
「ごめんなさい。そこまで驚くとは思わなかった」
拾い上げた小説の表紙を見るセイシルから、キーシェは声にならない声をあげながら小説をふんだくって抱え込んだ。
「み、見た? 見た!?」
「え、ええ、まあ」
キーシェの脳裏に王都で“同族ではない者たち”から言われた言葉や態度がリフレインされ、悲しみがこみあげてくる。
終わった。この手の趣味が嫌な人はとことん嫌なものだ。自分のパーティー内での扱いはもう決まった。ああ、我が出世街道、潰えたり……などと考えているキーシェにセイシルは予想外の言葉をかけた。
「それとは別の本があるの。その……ジャンルの」
「へ?」
セイシルの鉄面皮が、少し恥ずかしそうに崩れ、彼女は周囲に他の勇者一行が居ないことを確認し、キーシェにだけ聞こえるように告げる。
「その作家さんの、その本ではないのだけど、私も鞄に隠し持ってる本があって……その」
キーシェは、まさかの展開に、心の中に光が差し込む予感を覚えた。そして、セイシルからその予感通りの言葉が飛び出した。
「男性同士の恋愛の小説、なのだけど……その、いえ、明確には好きなジャンルが違うかもしれない。でもその……旅で読める本の数って決まってるでしょ? キーシェが良ければなのだけど……か、貸しあったりとか……」
キーシェの中で、鉄面皮で何を考えているか解らないお嬢様、というイメージから、実は“同族”でしかも恥じらう様がギャップ萌えを誘う趣味に関しては早口とかいう属性強い仲間、というイメージに上書きされた瞬間であった。
後日、キーシェは新しい同じ小説をセイシルから送られたが、キーシェは渇いてしわしわになった小説と共に両方を大事に旅に持ち歩いた。
そうかそうか、セイシルもまた同好の士であったか、と思ってキーシェは思わぬところからできた友人に心底気を許したのであった。
あったのだが……
セイシルは、パーティーに付与術師として入ってきた少年に何かを言わんとしては堪えている。そうキーシェには見えた。また、そうして彼女は鉄面皮に戻ってしまった。それが何故なのかキーシェには解らない。解らないが故に、どこか悔しさを覚えた。