破裂寸前
王城へ戻ったユウデンを出迎えたのは、見知らぬ中年の男だった。
男は口ひげを蓄え、煌びやかな軍服に身を包み、姿勢を正している。特にそのギョロリとした目が特徴的で、ユウデンの正体に気付いているとでも言いたげな雰囲気を醸し出していた。
勇者一行がある種押し込められている王城の控え室への道すがら、男はユウデンの前へ進み出て道をふさいだ。
その男がユウデンに、朗々とした渋い声でもって自己紹介する。
「ユウデン! 勇者ユウデン・フロイデ! 君を待っていた。吾輩の名はショーガン・グンニバル。この国の軍部を取り仕切らさせてもらっている者だ」
しかし、頭を下げるでも握手を求めるでもなく、口角を僅かに上げてユウデンを見つめるばかりであった。微笑んでいるというには目は笑っておらず、友好的というには態度は横柄なままであった。
次第にそれがユウデンの方から頭を下げるべきだと主張しているのだと気付き、ユウデンは何とか腹の虫を収め乍ら頭を下げた。
「私は勇者と呼ばれている者、名をユウデン・フロイデと申します。して、将軍閣下が、このような粗忽な田舎者に何用でしょうか?」
ショーガンはユウデンをまじまじと見つめ、うんうんと頷いた。そして二度、三度とユウデンの名を呼ぶだけ呼び、困惑するユウデンを前に何かが面白いのか歯を見せて微笑んで見せる。
「いやなに、君はうまく行っていると思ってだな」
「は? 何のことでしょうか?」
「ああ、そうか……そうだったな。ここは、ここでは満足に話せないな……」
疑問を口にしようとしたユウデンの肩を叩き、ショーガンは耳打ちする。
「今夜、城の中庭、紫陽花の茂みの傍で落ち合おう」
ショーガンが何を言おうとしているのかユウデンには解らなかったが、その不気味さはしっかりと耳の奥にこびりついた。
それを振り払おうとしたことで少々冷静さを取り戻したユウデンは、しかして事態が変わっていないことを考えて、足取り重く控室へと向う。
控室には二人のパーティーメンバーが居た。いや、二人しかいなかった。
「キーシェ、何処へ行っていたんだ……それに、セイシル……いや、王女殿下」
どこか気が滅入っている様子のキーシェを脇に、いつもより表情が険しい聖者セイシルにして王女セシリアが居る。服装は王女の物そのものだ。
セシリアが首を振る。
「やめて。確かに私は王女ではあるけれど、パーティーとして話すときはセイシルのままが良い」
「そうは言っても、ここは王城で、あなたは王族だ」
「だからやめてって言ってるでしょ」
セシリアの声に反応するように、周囲から誰かの刺さる様な視線をユウデンは感じた。
即座に、セシリアとして誰かを手を上げて静止させる。
「ええ、悔しいけれど……ここでは私は私で居る事すら難しい……だから、簡潔に話し合いましょう」
三人はため息交じりに椅子を寄せ合い、小声で話し始める。
キーシェは周囲を見渡しながら、誰かを探しながら着席した。
「あの、フヨルさんとマジェルジェさんが見えませんが……」
その疑問にユウデンは淡々と答える。
「マジェルジェは偶然見かけて声をかけた。フヨルに関しては解らない」
ユウデンは、フヨルがパーティーを抜けたがっていたことなどを思い出したが、心配よりも怒りの方が勝っていた。
「きっと、俺の様に外の空気でも吸いに行ったのだろう。それより、何故婚約だなんだと……」
ユウデンが額を抑えてうめいたように、セイシルも頭を抱えて自身の膝に頬杖を突きながらぼやいた。
「お母様、女王陛下は国を取り戻そうとしてるのよ」
それは一体どういうことかと聞くユウデンとキーシェに、セイシルは淡々と他人事のように説明する。
「先王、私の父親が魔族との戦に出たまま行方不明になって以来、この国は女王陛下の治世になった。でもそれは形だけ。実際は、大臣と将軍の二人が国を二分しながら内々に争っている。それを何とか繋ぎとめようとし続けているのが女王陛下」
「大臣というと……謁見の間に居た男か」
セイシルは肯定する。
ユウデンは謁見の間に居た、女王より多くを喋る小太りで不健康そうな男を思い出した。
キーシェがここで疑問を挟んだ。
「でも、勇者と王女の結婚に、大臣と将軍から国を取り戻すのと何の関係が?」
「単純に、勇者の名前と力が欲しいのよ。大臣の財より
セイシルは鼻で実の母親をあざ笑った。
「でもそうはいかないわ。私はもう外の世界を知って、学んだ。私は道具に戻りたくはない」
そうは言いつつも、セイシルはどこか苦しそうにしている。
が、そのことにユウデンは気付けない。それどころではないし、そもそも……と、ユウデンは話の腰を折る。
「それは君の問題だ。俺には、勇者一行にはさして関係ない。今は、旅が存続できるかが問題なんだ」
セイシルの鉄面皮に変化が起きる。眉間にしわが寄っていく。
「関係あるでしょう? まさに婚約だなんだということで……」
「そうじゃない。俺は……」
ユウデンの胸の中でごろりと何かが塊となってうずいた。
「セイシル、君を信用できなくなっている」
セイシルは何か言わんとしたが、落胆した様子で視線を下げた。
「それは、ええ、そうでしょうね」
「何故身分を偽っていたのか、他にも嘘はあるんじゃないか?」
ユウデンの中で誰かが「そんなことを言いたかったのか?」と問いかけたが、ユウデン自身聞こえないふりをした。
セイシルはユウデンを半ば睨みつけながら弁明する。
「いいえ。身分以外に偽っている事なんてなかった。それに、身分を偽っていたって……そこまで重要なこと? 信用をからっきし失うほど?」
「どうだか、嘘つきほど嘘をついていないという物だ」
「嘘つきって……あのね」
セイシルが語気を強めそうになったため、キーシェが割って入った。
「ああ、待って待って。確かに、王女様で驚きましたけど……いったん、一旦冷静に成りましょう? あ、自分、お茶貰ってきます!」
キーシェはサッと立ち上がり、二人に軽く目配せしてその場を去った。
セイシルがため息をつきながら立ち上がり、近くの窓から外を眺め始める。
ユウデンの頭の中では、農民のユウデンがひたすら、イライラの答えを探して誰かに罪状を擦り付けていた。
―― フヨルが辞めるって言うからだ。セイシルが身分を偽ったからだ。マジェルジェが町で遊んでいるからだ。キーシェが真剣に取り合わないからだ。だから……
歪な考えを振り払おうとしては、ユウデンはその考えに囚われていた。
そこに突然キーシェが走り込みながら戻って来る。手にはお茶ではなく、一枚の紙切れが握られていた。
「た、大変です! フヨルさんが、置手紙置いて……居なくなってます!!」
キーシェが半ば押し付けるように差し出したその紙切れにはただ一言、フヨルの筆跡で……
『これ以上は無理です。どうかお元気で』
そうして、この章の冒頭へと物語は戻る。
フヨルを探し出したユウデンは一方的に追放を叩きつけ、セイシルとキーシェの両名に責められ、抱えこんだ不満や不安を打ち明けられないばかりに捻じれてしまった。
その後……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます