追放どころじゃなくなってきた


「今それどころじゃないのが解らないのか!」


 ユウデンは、得体のしれない何かに追われているような感覚の中、口を付いて出てきた言葉に身を任せつつ、何処か冷えた頭でこれからのことを考えようとしていた。


―― 王都に囚われては困る。冒険を、魔王討伐を成さねばならない。


「今やめるなんて無責任もいいところだ! だいたいお前はいつもいつも空気が読めないことばかり言って!」


 パーティメンバーにこれからのことを相談したいとユウデンは思っていた。

 だが、魔法使いは町に、騎士はいつの間にかおらず、聖者は王女で婚約とか訳の分からないことで問題になり、付与術師は今目の前で何かに怯えて何も言わない。

 パーティーリーダーとして、勇者ユウデンは皆をまとめ上げねばならない。方向を決めねばならない。何とかしなくてはいけない。


「話を聞いてなかったのか!? 俺たちの目的はなんだ? 旅はまだ道半ばなんだぞ! どうしてパーティーを瓦解させるようなことをするんだ!」


 うなだれるフヨルの胸ぐらをつかんで無理やり引き上げたところで、ユウデンのその腕をキーシェが掴んでいることに気付いた。

 掴まれたフヨルの恐怖とも怒りとも悲しみとも言い難い表情が、キーシェの鬼気迫る視線が、ユウデンの頭に上った血を下ろし始める。

 フヨルを離し、ふらふらとユウデンは後ずさり椅子につまづきながら座り込んだ。

 そして、まだ興奮冷めやらぬ自身を抑えながら、ユウデンはぽつりとつぶやいた。


「すまない。すこし、風に当たって来る……」


 王女セシリアが、セイシルが来たら話したい旨をキーシェに伝え、ユウデンは王都に足を向けた。




 高く白い強固な城壁に囲まれた王都は、人族の住まう土地の奥深くにある。魔族が王都まで侵攻した記録は存在せず、だからこそそびえ立つ白壁がある種檻のように見え、ユウデンはまたふつふつと悩みと怒りに巻かれ始めていた。


「あら、ユウデン。セイシルとの話は終わった?」


 などと暢気にマジェルジェの声がユウデンの背中へ飛んでくる。声の方向を見れば、マジェルジェは下着姿で煙草を片手にある民家の戸口に立っていた。おそらく、その家がマジェルジェの恋人の家なのだろう。

 ユウデンはそのマジェルジェの平穏な様子に勝手に腹を立て始めた。自分があれだけ大変な思いをしたと、そのことを伝えたにもかかわらずどこ吹く風である様が気に食わなかった。


「マジェルジェ、今の状況は伝えたはずだぞ……」

「でも私にできる事ないじゃない。難しい話とか私には無理よ。だからさっさと王城を離れたんだし」


 あっけらかんと人の気も知らずにそう告げるマジェルジェに、ユウデンはいら立ちを覚えた。


「相談しようにもどこに行ったのか解らないのでは困る」

「ん? 別に魔族の侵攻があったわけでも、出発の時でもないのよね? どういうこと? 私なら魔術でいつでも状況が知れるわ」

「こっちからは解らないじゃないか」


 思わずユウデンは語気を強めてしまうも、なんとかイラつきを抑え込もうと躍起だ。

 逆にマジェルジェはユウデンほど事態を深刻に捉えていないこともあり、何故ユウデンが怒っているのかよく解らない。

 そもそも、ユウデンが怒っている理由とユウデンが理由として挙げた物の乖離が起きているのだが……

 ユウデンは自分に言い聞かせるように、またも何かに追われるように、怒りを抑えつつ発言する。


「パーティーが瓦解しそうなんだよ! 一大事だ! なのに何故自分勝手な行動をしているんだ! 恋人だか何だか知らないが、関係ないことに時間を割いて本業をおろそかにするんじゃない!!」

「待って。私はパーティーの役割をこなしているはずよ。ダーリンのことは関係ないでしょ?」

「うるさい! どうして自分の行動を注意された時に反省できないんだ!!」


 またしてもユウデンの口からは、ユウデンが考えている事とは別のことが飛び出して来る。

 マジェルジェに言葉の真意など探ることなどできるはずもない。だから彼女は答える。


「何よ! 私が悪いって言うの!? なんでよ!! 私悪くないでしょ!!」


 この言葉が、ユウデンの中の何かを掻きむしり、踏みにじり、ねじり切るような不快感を煽り立てた。


「いいや! お前は悪い! とっとと城に、他のメンバーと合流しろ!!」


 マジェルジェは何か言いたげに口を二度ほど開け閉めし、どこか諦めたようにユウデンに背を向けて恋人の家の中へ消えていく。

 ユウデンの口はまた思っても居ないことを怒鳴りつける。


「待て! まだ終わってない!」


 民家の扉は勢いよく、叩きつけるように閉められ、マジェルジェが扉の向こうから「私にも支度ぐらいあるのよ!」と怒鳴る声が聞こえた。


 ユウデンは街中の、名前も姿も知らない人々の視線から妙な居心地の悪さを感じ、その場を足早に去る。

 ユウデン自身、自分が妙にイラついていることは理解できていた。だからこそ、彼が思うその原因を解決するために、今一度王城へと戻ることにした。

 風に当たっても冷静には成れず、却って頭蓋の中で問題がこだまする。


「俺は……悪いのは……」


 誰も居ないはずの路地で誰かに追われるように、ユウデンは急いだ。


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