嘘つきは誰か


 ユウデンとフヨルとキーシェが王都ルトランセの町中をある程度探索していると、王城からの使いを名乗る者が玉のような汗を掻いて、王城へ召集を伝えに来る。

 ユウデンたちが知る由もないが、家出していた王女が勇者一行として帰還したのだから、勇者の出迎えと合わせて、王城は天を地にと大騒ぎであったのだ。


 煌びやかな謁見の間にて、豪華絢爛ごうかけんらんな衣装に身を包んだ女王へ、勇者一行は膝をついて首を垂れる。勇者一行と言ったが、勇者ユウデンと騎士キーシェの二名しか謁見していない。

 マジェルジェはそもそも王城へ同行しなかったが、マジェルジェとフヨルは家柄が低いということで謁見を許されなかった。その点ではユウデンもそうだが、当事者なので通されたのだった。

 では、聖者セイシルはと言えば……

 謁見の間にて、女王の隣にセイシルが居り、しかも大臣から「御目通りはだろう」と、王女セシリアとして紹介される。ユウデンとキーシェは突然のことに驚きながらも、それを極力表に出さないように気を付けた。

 そんなところに、女王から更に驚きの言葉を追加される。


「勇者ユウデンよ、お前に我が娘、セシリアとの結婚を許そう」


 この場合の許そう、とは、強制的にするように、である。

 ユウデンは混乱続きの頭で、ひとまず頭を垂れ続け、臣下の礼をもってその場を乗り切った。

 女王はその間、いっさいセシリアのことを見ることは無かった。セシリアもまた、目線一つ動かさなかった。


 さて、問題はこの持ち上がった二つのことを、どう共有するかである。

 一つは聖者セイシルは王女セシリアであったこと。

 もう一つは王女セシリアと勇者ユウデンの婚約である。


 王城の控室には、フヨルとマジェルジェが居り、マジェルジェは少々不機嫌そうに、ユウデンとキーシェを出迎える。


「ちょっと! 私とダーリンの時間を割くなんて、王城の人たちってよっぽど偉いのね! ……何かあったの? 小金人ノームが金貨で殴られたみたいな顔してるわよ」


 事態を説明し終わるころには、マジェルジェは興味をなくし、フヨルの表情は何かをこらえるように口が真一文字に結ばれていた。


「あっそ。セイシルが王女様でも魔将でも、どうでもいいわ。話は終わった? 私ダーリンの元へ帰るわね」


 そっけなく去っていくマジェルジェとは対照的なのがフヨルだ。まるで余命を宣告されたかのように押し黙り、言葉を発しなくなっていた。

 キーシェが見かねて声をかける。


「あの、フヨル、さん? 大丈夫ですか?」


 無論ながら大丈夫ではない。のだが、フヨルは何とか笑顔にも満たない何かを顔に浮かべて、消え入るように「大丈夫」とつぶやいたような、あるいは別の言葉を口にしたような……


 そんな二人を他所に、ユウデンはセイシルに、いや、セシリアに話がしたかった。

 そもそも、婚約云々のことがあるからセイシルは一足先に一行を離れたのではないか、そうならそうと何故言ってくれなかったのか、それ以前に何故王女が旅に加わっていたのか……いつから騙されていたのか。

 次第にユウデンは胸の中に何やら居心地の悪さを感じ、それが何故なのかを探し始めた。

 そんなユウデンをキーシェが小突く。キーシェを見れば、落ちこみ切って今にも吐きそうな様子のフヨルを顎で指して示して来る。

 何か声をかけろということなのかとユウデンはフヨルに声をかける。


「大丈夫か? ショックだったろうが……」

「はい。流石に、この形は予測してませんでした」


 フヨルはか細い声で応答する。


「今後どうなるのか、話し合わねばならないが、セイシルが居ないのではな」

「今後、ですか……ユウデン様は、どうされたいのですか?」

「俺か?」


 ユウデンは何故そう聞かれたのかまだ気づいていない。

 なぜならユウデンが「ショックだっただろう?」と聞いたのは、フヨルが振られた傷口に塩を塗りこまれたことではなく、聖者セイシルの“ある種の裏切り”に関してという意味だったからだ。

 もちろん、フヨルはユウデンが気をもんでくれたのだと思っているが……

 すれ違いに気付かぬまま、ユウデンは続ける。


「俺は、勇者の役割は、魔王を討伐することだ。そのためにはセイシルは必要だ。女王陛下もそれは解っておいでのはず。とはいえ、今後は王女セシリアとしても扱うべきなのか……」

「それはつまり……旅を続けたい、ということですか?」

「無論だ」


 ユウデンの胸の中の居心地の悪さに“セイシルの裏切り”が原因なのではないかという仮説が持ち上がった。するとユウデンはどこか納まりが良い気がしてくる。

 ふっと、心の中で農民であった頃のユウデンがぼやき始める。


―― セイシルは嘘をついた。最低だ。嘘をつき続けてきた。


 次第にそれはユウデンのイラつきへと変わっていく。

 同時にその文言は、自分にも当てはまる気がして、イラつきは強まっていく。偽物の勇者であるという自覚が、偽物の聖者であったということと重なり、農民のユウデンの苦言が自分にも刺さる。セイシルを責めずに居られないが、責めれば責めるほどそれはイラつきへと転化していく。

 そんなところに、フヨルが苦しそうにユウデンへ提案する。


「すみません、ユウデン様。僕は……パーティを抜けてもいいでしょうか?」


 フヨルからの突然の提案は、ムカムカイライラに心を占領されつつあるユウデンには許容しかねる内容だった。コップ一杯にため込んだ何かゴチャゴチャした訳の分からない物、更にそこ議題を入れれば零れるのは当たり前ともいえる。

 ユウデンはその言葉を聞いて……


「は? 何を言ってるんだ、お前は」


 鬱憤が噴出することになる……

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