大事な一言を言うことの難しさ
この世界は、
四人の賢者、四方を冠する賢者は、人族の絶対的な危機に瀕してのみこの世に戻って来るという。
いわば、この世界における神話の類。絵空事の存在。
「そのはずだ……」
ユウデンは、幼いころに聞かされた神話を思い出し、目の前の北の賢者を名乗るナニカに警戒感を強める。
北の賢者を名乗る少年は、自身のその白い髪を指先でいじりながらユウデンに落ち着くように促した。
「そう警戒しなくていい。ボクは今は実体のない存在だ。なにせ、過去に死んだ身なのだから」
ユウデンが聖剣に手をかける。だが、北の賢者を名乗る者は動じず、微笑みを崩さない。
「ちなみに、たとえそれであっても、ボクを斬ることはできないよ。居ない者を斬ることは本物の勇者でなければできない」
その一言に、ユウデンの手元から一瞬だけ力が抜ける。
ほんの一瞬の隙をついて、北の賢者はユウデンの隣に立っていた。移動した、というよりは「元からそこに居た」かのような不気味さをユウデンは感じた。
「それに君と敵対するつもりは無いんだ。ボクとしては、フヨルが気にしている人物がどういう輩か見ておきたかった」
そして、いつの間にか用意した簡素な長椅子に腰を掛け、隣に座ることを勧めてくる。
ユウデンはこの得体のしれない存在の提案を無視しても良かったが、彼はいたって冷静だった。
ユウデンは北の賢者を名乗る存在の隣に腰を下ろした。
「ふーん、なるほど? フヨルはこういうのが良いんだなぁ」
何かを値踏みするような視線と微笑みを向けられ、ユウデンは気分の悪さを感じ、自身から質問をする。
「それで、お前は……いつからフヨルと共に?」
「お前はなんだ? とか、ベタな質問はしないのかい?」
「それは『北の賢者』を名乗って煙に巻くだろうことは想像できる」
「実際ボクは北の賢者だし、後にも先にもボク以外の北の賢者を名乗る者が現れればそれは偽物だよ」
「それで?」
「それで、ああ、何時からボクらが、ボクとフヨルの馴れ初め?」
険しい表情のまま眉一つ動かさないユウデンに、余裕の笑みを浮かべたままの北の賢者を名乗るナニカは、まるで友人に話す様に笑いかける。
「そんな怖い顔をしないでくれ。ボクらはとても付き合いは長いんだ。フヨルが生まれるよりも前から、ボクはフヨルと共にあった。だけど、こうして表面に出てこれるようになったのは、フヨルが君たちから……いや、君から絶望を与えられたからだよ」
「絶望? パーティを追放されたことか」
「いやいや、追放は結果じゃないか。君は表面的なことしか見れないのかい?」
挑発的な言動や、今まさに悩んでいることを逆なでされ、ユウデンはイラつきを覚えた。
「あれはフヨルも賛同していた。言い分はあるかと聞いた際に何も答えなかった」
「そうだね、あれはフヨルのミスだよね。『察してほしい』って自分の意見を言わないでいるのは、古今東西どこでも悲劇の元だ」
そして、北の賢者を名乗る者は笑い話をするように語る。まるで、面白い小話でもするように、事件の核心を不用心に、雑に暴いていく。
「でもそれは要するに、君に『気付いてほしかった』んだよ。君を信じてたが故の行動だった。『きっと、ユウデン様なら気付いてくれる』って。『真実を見て誰が悪いのか気付いてくれる』あるいは『僕を少しは特別扱いしてほしい』とか」
「それは……期待に沿えなくて悪いが……」
「『俺は悪くなかった』と、そう言えそうで安心したかい?」
北の賢者の笑顔は変わらない。だが、ユウデンに感じさせる印象は着々と悪くなる。
「『フヨルにも悪いところはあったんだから、ユウデンは悪くない』と誰かから言ってほしいんだろう? だからこうしてボクが言ってあげてるじゃないか」
「やめろ……そういうことが聞きたいんじゃない」
「君は頭のどこかで理解していたんだ。フヨルが君に“面倒な感情”を向けていることに。『フヨルは俺が思ってるより面倒な奴だ』と思い始めていた。だから、フヨルを追放して君は思ったはずだ」
「やめろ!」
「『ああ、良かった』」
ユウデンは聖剣を引き抜きざまに振り抜き、北の賢者を叩き切ろうとした。
その一撃は森をなぎ倒し、山を切り崩し、大地を抉り、空気を切り詰める。絶対的な破壊の一撃は周囲に圧倒的な被害をもたらした。だが、北の賢者を名乗る、不気味な笑みを浮かべた者にはまるで当たっていないかのようだった。
「言ったろ? たとえそれでも、今のボクは実態が無い。だから斬れないんだって……それとも、図星過ぎて怒ったのかい?」
ユウデンは無作法に自身の心を踏み荒らした者を力の限り睨みつけた。冷静に、努めて冷静足らんとする彼の理性は、その怒りを抑えようにも抑えがたくなってきていた。
「お前に何が解る! 知ったような口を利くな!」
北の賢者は肩をすくめてため息をついた。にやけた笑顔はそのままに。
「あのさあ、ユウデン。君は何を意固地になってるんだい? フヨルが君には大事なんだろ? なら大切な一言があるはずだ。君はそれを今まで一度として口にしたかい?」
「うるさい! 貴様の言葉など聞くものか! 去れ! 実態が無い亡霊だというならば、この世に関わるな! 俺に関わるな!!」
北の賢者は声をあげて笑い始める。
その様子に、もはやユウデンは冷静さを欠いていた。
「何がおかしい!! 笑うな!!」
「いやだって、これではっきりと解ったからだよ。ああ、解った。『フヨルはボクが貰えそうだ』ってことが。君が想像より凡夫で、本当、狙い通り過ぎて笑いが止まらない。これが笑わずに居られるかい?」
ユウデンが今一度聖剣を振りかぶり、怒りに任せて叩き下ろそうとしたその時、ユウデンを呼び止める声がし、即座に自身を拘束魔法の鎖が縛り上げていく。
「止まってください! ユウデン様!」
声の主は、フヨルだった。
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