第34話 国王の思惑
負傷してから半月が経ち、ディアンは不自由なく動けるようになっていた。その並外れた回復力に、アルベールは『獣並み』とぼそりと零していたが。
自分としては、アルベールをこの手に抱くために。その一念で、身体中の全細胞に『早く治れ!』と言い聞かせた結果なのだが。
「ディアン様、いよいよですね」
明日、国王が帰還すると、今朝方文が届いたのだ。
「ああ。王子三人、揃った中で継承者を決めていただく」
「本当に、よろしいのですか? オーランド様の悪事を伏せたまま、国王陛下の前に参列させても」
セオドアは不服のようだ。
まあ、オーランドの所業を思えば無理もないが。
「構わない。すべては、国王がお決めになること。それより、部屋から出さないよう、しっかり見張っておけ」
「そのことでしたらご心配なく。モーリスが張りついております」
ダリウスは牢に入れているが、オーランドは自室に籠もらせていた。不本意だったが、これはアルベールからの提案で決まったことだった。
それは、怪我を負ったディアンが目を覚ました翌日のこと──。
「なんと言った? オーランド兄上を、罪人として牢に入れていないだと」
「そうだ。二者択一で国王に選ばれても、誇らしくないだろう。それに、国王の人選に興味がある」
どうやらアルベールは、国王の人となりに興味があるようだ。
「だが、兄上が逃亡するかもしれないぞ」
「それはないな。まず、手を貸す者がいない」
ダリウスに踊らされていたにすぎないオーランドは、今や独り身の置き所がないという。
「自業自得だろう。国民を思いやっていなかったのだから」
「まあそう言ってやるな。オレの推測では、劣等感と孤独から、宝石に依存してしまったのだと思うぞ。先導者としての資質はディアンに劣るし、頭脳ではエドモンに敵わない」
「だから宝石で、自身の権力を誇示していたと?」
「多分な。磨けば、それに応えてくれるように光り輝く。人にはそれぞれ、心の
にこりと微笑まれ、
◇◇◇
玉座に座る国王を前に、三人の王子が並んで立つ。右からオーランド、エドモン、ディアンの順だ。その様子を、アルベールは部屋の片隅で見ていた。友好国として、次期国王の任命に立ち会いたいと願い出たのだ。
「長らく留守にして悪かったな」
「────」
自暴自棄なのか、オーランドは国王の投げかけに答えない。表情にも覇気はなく、何もかもどうでもいいといった感じだ。
「療養のほうは、いかがでしたか。顔色はよくなられているようにお見受けいたします」
見かねたエドモンドが答える。
妥当な判断ではあるが、エドモンは笑顔のひとつも見せない。
今日はじめて会ったエドモンは、濃いブラウンの長髪を、後ろで一括りにしていた。優等生のように見えるが、神経質そうでもあった。
やはり自分の知識にある人物像とは、かけ離れている。
(うん? 確かエドモンは、国王と一緒に離宮へ行っていたのではなかったか……)
それなのに、容態を知らない。ということは、一緒に帰国していないということか。
となれば、そもそも離宮で共に過ごしていたのかすら怪しいものだ。
この国王、とんだ食わせ者かもしれない。
「オーランド、顔色が悪いようだが、どうしたのだ」
国王はオーランドを見据えている。
しかしそれは威圧ではなく、願い。心を入れ替えてほしいという慈愛を感じた。
(親の心子知らず、だな)
国王はオーランドのしでかしたことに、気づいていたとみえる。
なのに、泳がせていた──?
はたと気づく。国王は、オーランドの背後に隠れているダリウスを、
(策士め。まあ、オレも人のことは言えないがな)
もうしばらく様子を窺うことにしたアルベールは、静観を決め込む。
「父上、前置きはその辺りでよいのでは」
この場を早く離れたい。オーランドの心の声が聞こえたような気がした。
「──次期国王となる者、ディアン・フォロスター」
ひとつ頷き、高らかとディアンの名が告げられた。
「光栄に存じます」
ディアンは胸に手を当て、深々と腰を折る。
これでディアンは晴れて国王。めでたしめでたし。
などと、終わらせると思ったら大間違いだ。
「国王陛下、質問がございます」
アルベールは玉座の前へと進み出る。
「質問……よかろう、申されよ」
突然割って入ったにも関わらず、国王は
「では遠慮なく。この度の退位劇、目論みは果たされましたか?」
「はて、目論みとは?」
鎌をかけてみたが、国王は易々と口は割らない。互いに澄まし顔で、腹の探り合いといったところか。
(このタヌキ爺め、あくまで惚けるつもりか)
こうなったら、とことん追求してやる。
「隠れて見ていたのでしょう? ディアンがどう国のために立ち回るのかを。陛下のお心は、はじめから決まっていた。国王に相応しいのはディアンだと」
にも関わらず、一年の猶予を与え、競わせようとした真意はどこにあるのか。
「噂に
柔和な笑みを浮かべアルベールを見る国王の目は、聡明なものだった。
ふと思う。この国王なら、ディアンが子どものころオーランドから受けていた仕打ちに気づいていたのではないかと。
アルベールは仮説を立てる。
国王はディアンの力量を測るため、あえて兄弟間の不仲を黙認していたのではないかと。
早くからディアンの中に、上に立つ者としての資質を見抜いていたに違いない。
(やはりタヌキ爺め。でも……なんとなく、ディアンに似ているな)
歳のせいか目尻の皺は深く、幾分垂れ目に見えるが、きりりとした眉と高い鼻梁はディアンと同じ。
「どう違うのか興味はありますが、私は陛下の思惑が知りたい」
片方の口角を上げ、含みのある意地の悪い笑みを浮かべてみる。
「ほう、思惑とな。アルベール殿はどう思われる?」
「そうですね、私が思うに、オーランド殿下への最後の助け船。そして、ディアン殿下への揺るぎない即位、といったところでしょうか」
庶子であるディアンを思えば、貴族連中から反感を持たれかねない。
「ディアン、よき友人を得たな」
穏やかな笑みをディアンへ向ける国王は、アルベールの見解を認めたのだろう。
だが、まだ追求の手を緩めはしない。
「エドモン殿下は、早くから王位継承権を破棄していたのでしょう?」
はなから参戦していなかった。そう問い正す。
「それはどういう意味だ? エドモン兄上、本当なのですか」
黙認していたディアンだったが、たまらず口を挟んでくる。
「私は、国の
「そんな……王族として、無責任ではないのですか」
「ディアンが果たせばいいだろう。私は私のやりたいことをする」
「私もそうさせてもらう。おまえのように、私にはついてきてくれる者などいないからな」
二人の兄の投げやりな態度に、ディアンは手の色が変わるほど、きつく拳を握る。
(兄弟喧嘩勃発か……やれやれ)
国王は口を出さず、ただ兄弟たちのやり取りを見守っている。
「まあ落ち着け、ディアン。おまえが国王になるのだから、この二人をこき使ってやればいい」
「なにっ⁉ 私は公務などしない」
顔色を変え、エドモンが抗議してくる。
「誰も公務とは言っていませんよ」
エドモンが心血を注いでいるもの。誰にも邪魔されたくないと思っていること。
アルベールは隠し球を投げつける。
「大好きな研究を続けるには、資金が必要でしょう? ですが、働かないというならば、国費を使わせるわけにはいきません」
「なんだと──」
言葉を失うエドモンに、ディアンは「研究……?」と呟き視線を向ける。
「殿下の部屋には、数多くの学術書があったかと。中でも、薬草に関するものが大半で……ああ、そういえば、国王が療養されていた離宮近くには、森がありましたね」
そこで薬草を探していたのでは? とにやりと人の悪い笑みを向ける。
エドモンはわなわなと口元をひくつかせた。
「貴様──なぜ知っている」
図星だったようだ。
実は、アルベールはエドモンについて、こっそり調べていた。人となりを知るには持ち物からと、部屋に忍び込んだのだ。そこで見つけたのが、薬学の本というわけだ。
薬草を煎じる際の道具を見つけたのは、マルクスだったけれど。
国民のために、薬の調合を?
などと感動などしない。おおかた、研究が好きなだけで、民のためではなさそうだ。政に興味がないと言ってのけるのだから。
完成した薬はごく限られた者──体調がおもわしくないという国王あたりだろう。あとは、自身が試しているだけといったところか。
しかしそれでは、宝の持ち腐れ。これを活用しないでどうする。
「ここ何年と、王都では薬草が採れていないとか。苦労されたでしょう、調達するのに。そういえば、我が国にはここにはない薬草が多々ありますよ。興味深いでしょう? と言っても、ただでは譲れませんよ。あぁ……公務をしないという殿下に、使えるお金はなかったですね、失礼いたしました」
アルベールは内心で、ペロリと舌を出す。
「口を慎め、よそ者が偉そうに!」
「おや、ディアンは私の従僕なのですよ。それは国王になっても同じこと。知りませんでしたか?」
ディアンに異論はないはずだと、アルベールは不適な笑みを浮かべてみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます