第11話 芽吹いた心
早朝から、ディアンはセオドアと共に、王城の管理する畑へ赴いていた。
「ディアン様がそのようなことをなさらなくても……」
農作業用の衣服を身に纏い、手には軍手、足下は長靴という王子らしからぬ出で立ちに、額からは汗が噴き出している。
「いいのだ。土いじりも楽しいぞ」
民の喜ぶ顔を見られると思えば、なんの苦も感じない。
「見ろ、セオドア。芽がこんなに出ているぞ」
種芋の一つを手にし、肥沃土を詰めた麻袋に植え込む。
「ディアン様、もうその辺りで十分ではないかと」
苦笑を漏らすセオドアの視線を辿ると、ずらりと並ぶ麻袋が目に入った。二十はありそうだ。
「そうだな……もう切り上げるとしよう」
夢中になりすぎ、荷馬車に積める容量を失念していた。
二人で黙々と、麻袋を畑の隅に運ぶ。
あとは帰国まで放置していても問題ないらしい。
「お疲れ様でした、ディアン様」
「セオドアもご苦労だったな。しかし……天は俺に味方していると思わないか?」
澄み渡る空を見上げ、ディアンはしみじみと言う。
「いつだって、天はディアン様の味方です!」
「ありがとう。だが、俺の言う天とはアルベールのことだ。彼と出会えたことは、幸運以外の何ものでもない。セオドアもそう思うだろう?」
困惑顔のセオドアをよそに、ディアンは愉快げに声を上げ笑った。
◇◇◇
その日の夕刻。
隣国に赴いていたジェラルドが帰国し、ディアンは執務室に呼ばれた。
「すまない、ディアン。まさかアルベールが、君に畑仕事をさせるとは思わなかった」
他にもいろいろと城の者に聞いたと顔を曇らせる。
(ジェラルドにすら、気づかせていないとは……)
孤独の中で生きてきたアルベールを思うと、ディアンの胸は切なく軋む。それでアルベールは幸せなのだろうかと。
ここで自分が、誤解を解くこともできる。しかしそれは、アルベールの望むところではないだろう。
「畑仕事は私が望んだことだ。知っているだろう? トシャーナ国で不作が続いていることを」
「だからといって、ディアンが自らせずともよかったのでは?」
「やりたかったのだ。民のためにできることがあるなら、私はなんにでも挑戦する」
ディアンの柔和な笑みを目にし、ジェラルドは安堵したようだ。ほっと息を吐き、肩の力を抜いたのが見て取れた。
「──アルベールは、更生できそうか?」
しばしの沈黙のあと、重い口調で問われる。
「更生か……私は必要ないと感じた。彼は暴力を振るうわけでもなければ、贅沢三昧をしてもいない」
言葉を選びながら、アルベールについて語る。表立って国政に関わりたくないのではと。
「困ったな、アルベールには私の右腕として、共に国を盛り立ててほしいのだが」
眉尻を下げ、悲しそうに微笑みを浮かべるジェラルドに伝えたい。アルベールは、陰でジェラルドを支えていると。
告げることができない歯がゆさに、やるせなさが募る。
「ディアン、君の負担になるだろうから、もうアルベールを任から下ろそう」
「負担ではない! このままでいい」
ジェラルドからの申し出に、間髪入れず待ったをかけた。アルベールとの接点を、取り上げられては困る。
「気を遣ってくれているのなら、不要だ」
「そうではない。案外アルベールとは気が合う。嫁にしたいくらいだ」
「ふふっ、アルベールが女ならば、ディアンに嫁がせるのもいいな」
冗談だと思い、話に乗ってくれるジェラルドには悪いが、存外本心かもしれない。考えて出た言葉ではなかったからだ。
自然と心に湧いた感情が、口をついて出たように思う。
(俺はアルベールのことを……)
男なのに?
自身に投げかけてみる。
(関係ないな、性別など)
ディアンはアルベールと共に生涯を歩む未来を、本気で考え始めるのだった。
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