第13話 アルベールの心根
「すまない、ディアン」
アルベールが食堂を出たあと、ジェラルドは苦悶に満ちた顔で、ディアンに頭を下げた。
「何をしている、頭を上げてくれ」
ゆっくりと身を起こすものの、ジェラルドは伏し目がちだ。
「情けないが、私にはアルベールがわからない。なぜ、あのようになってしまったのか……」
ジェラルドの悲愴感が耐えがたく、ディアンは決心する。
「そのことについて、話がしたい。だが、ここではできない。後ほど、ジェラルドの私室に伺ってもいいだろうか」
「構わないよ。それは……悪い話だろうか」
不安げに揺れる眼差しは、アルベールへの罵倒を予想しているのだろう。
「いや……誤解が解けると思う」
いい話とは言えなかった。アルベールが自らを犠牲にして、争いが起こらないよう努めていると知れば、ジェラルドはさらに心を痛めるだろう。
だが、彼は知らねばならない。
ディアンは一時間後に訪ねる旨を告げ、部屋に戻った。
◇◇◇
「何かあったのですか、ディアン様。城中がアルベール殿下の話で持ちきりです。遂に陛下にも見限られたと」
部屋に戻るなり、セオドアに詰め寄られる。
「俺のコーヒーに、毒を仕込まれた」
「なっ! 誰がそのようなことを。取り押さえたのですか」
「いや、アルベールが気づいて、うまく誤魔化した。あの場で騒ぎになれば、フランターナ国が俺を手にかけようとしたと噂になるからな」
どこまでもジェラルドを守ろうとするアルベールだが、ディアンは見逃さなかった。一瞬目に浮かんだ翳りを。
敬愛するジェラルドに、あのような目を向けられては、アルベールとて辛いだろう。
「誤魔化したとは、どのように?」
何をどうすれば、あれほどの悪評になるのかと、セオドアの顔に書いてあった。
ディアンは事の次第を話して聞かせる。
「毒入りと伝えるだけなら、わざわざディアン様のカップまで倒す必要はないのでは?」
「万が一、誰かが口にしないとも限らない。それに、俺が飲まずにいれば、ジェラルドが気にする」
すべて計算して、アルベールは行動を起こしたのだ。
「悪役ばかり……俺はアルベールが心配だ」
ひとつ一つは些細な悪戯だ。熱いとコーヒーを零しても、アルベールの悪戯として使用人が咎められることはない。後始末をする使用人は気の毒だが、仕事の範疇内だ。
「私は、アルベール殿下に対する心を改めます。ディアン様の命の恩人。これからは、表面に惑わされません」
「そうだな。理解者が増えれば、アルベールの心を少しは軽くしてやれるだろう」
自分だけは何があろうとも、最後の最後までアルベールの味方でいたい。
「セオドア、アルベールの様子を見ていてくれないか。俺はジェラルドに話しがあるから部屋を空けるが、何か動きがあればすぐに知らせてくれ」
犯人を突き止めようと、一人で動かれては危険だ。
意をくんだセオドアは、静かにドアの向こうへ消えた。
◇◇◇
「待っていたよ、さあ入って」
ジェラルドの私室に赴いたディアンは、促されるままソファーに腰を下ろす。
向かいに座るジェラルドは、夕食のときの正装のままだ。
「話とは何かな。実は、気になってそわそわしていた」
気を揉んでいたようだ。ディアンを見る目が、早くと急かしている。
「まだ俺の推測で、本人に確かめたわけではないのだが、アルベールはわざと悪ぶっているのだと思う」
「わざと──? あぁ……私を困らせて、喜んでいるのだろう? 私が嫌いだから」
顔を俯け、今にも涙が溢れそうだ。ディアンは慌て、つい大きな声を出してしまう。
「違う! ジェラルドのことが大好きに決まっている‼ っ、すまない大きな声を出して。アルベールが私に言ったのだ。尊敬していると」
「ではなぜ──」
ジェラルドは言葉を失う。
「アルベールは、要らぬ争いで国政を乱さないように、自分が悪ぶることで押さえ込んでいるのだと思う」
「悪ぶることで?」
「ああ。アルベールは、ジェラルドが国王に相応しいと思っている。自分が成果を上げることで、王位争いが起こることを避けたかったのではないだろうか」
自分たちのような醜い争いなど、ないほうがいい。
「そこまで想ってくれていたアルベールに、私は蔑むような冷ややかな目を向けてしまった」
自責の念に駆られるジェラルドに、アルベールは誤解を解かれることを望んでいないと告げる。今のままが、アルベールの理想なのだと。
「私も勝手に話してしまった。知られれば、ただではすまない気がする」
だから今聞いた話は、胸の内に留めておいてほしいと念を押す。
「承知した。──なあディアン、一杯やらないか? 気持ちが晴れて、飲みたい気分なのだ」
頷き、アルベールの想いを噛み締めるジェラルドは、よほど嬉しかったようで、ディアンを引き留める。
「ああ、付き合うよ」
兄弟の心の溝が埋まったようで、ディアンも嬉しくなる。
そんなときだった。ドアをノックする音が部屋に響いたのは。
「セオドアです。ディアン様はおいででしょうか」
焦っているのか、セオドアは少し早口だった。
アルベールに何かあったのかと胸が騒ぐ。
「すまない、付き合うと言ったばかりだが、私はこれで失礼させていただくよ」
暇を告げ、ディアンは足早に部屋を出た。
◇◇◇
「なんだと! 門番は何をしているのだ」
自室に戻り、何かあったのかとセオドアに尋ねると、驚嘆の答えが返ってきた。
アルベールが城を抜け出し、町へ降りたというのだ。
夜に王子を一人で外に出すとは、どうなっているのか。
「それが……金で見逃してもらっているようです。しかも今日がはじめてではないようで」
酒の匂いをさせ、真夜中に帰ってくることも度々あるという。
(まさか、女のところか!)
溜まった鬱憤を、女を抱くことで発散しているのだとしたら。
考えただけで、頭にカッと血が上る。
「我々も行くぞ。平民の服を用意しろ、今すぐにだ!」
彼がどこにいるともわからないというのに、早く捕まえなければと、気ばかりが逸るのだった。
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