第21話 加速する求愛
朝陽が昇り、野菜畑一面が朝露で光って見える。
空は澄み渡り、旅立ちに相応しい
「それで最後か」
「ああ、オリーブの苗木を忘れては、トシャーナ国の明るい未来は開けないからな」
苗木を積み終えたディアンは、少し肌寒い朝だというのに、額に汗を浮かべていた。
積み荷をセオドアと手分けして荷馬車に運んだのだが、重量があり一苦労だったのだ。
「芋も全部積んだのか」
「もちろんだ。抜かりはないぞ」
荷馬車には、種芋が植えられた麻袋が所狭しと並んでいる。中には土の表面から、緑の葉が覗き随分育ったものもある。
(早く食べさせてやりたい。腹いっぱいに)
ディアンは喜ぶ貧民街の子どもたちを思い浮かべる。
「おい、ぼやっとするな、出発するぞ」
祖国に思いを馳せるディアンを尻目に、何一つ手伝わなかったアルベールは涼しい顔だ。おまけに一人でさっさと、馬車に乗り込んでしまう。
「冷たいな、愛する者を置いていくつもりか?」
「真に受けるな。あれは兄様を説き伏せるための方便だ」
急ぎ馬車に乗り込むディアンに、アルベールは可愛くないことを言う。
「照れるな。俺のことが好きなくせに」
隣に座ったディアンは、アルベールの肩に体重をかけ寄りかかる。が、すかさずアルベールは尻をずらし、逃げを打つ。
「重いだろう。あっちへ移れよ」
抵抗されるが、ディアンは構うことなくアルベールを追い込む。
(それ以上は、動けないだろう?)
馬車の窓に手をつき、アルベールを腕の中に閉じ込める。すると、何かを察知したのだろう。アルベールは首を
「アルベール、俺はおまえが愛おしい。応えてくれるまで、求愛の手を緩める気はないからな。覚悟しておけよ」
こめかみにキスを落とすと、アルベールは首まで真っ赤に染めた。普段のぞんざいな態度が嘘のようだ。
(やはりアルベールは、恋に不慣れなのか?)
ディアンの頬はだらしなく緩む。
いつもはやり込められてばかりだが、色事なら自分のほうが上かもしれない。
ベッドの上でアルベールを翻弄する己の姿を想像し、つい興奮してしまった。
「この変態! 鼻息を荒くするなっ」
ディアンを見上げてくるアルベールの視線は冷ややかだ。
確かに馬車の中で盛るのは、変態じみている。
「すまない。まあ……それだけアルベールが魅力的だということだ」
アルベールから身体を離し、向かい側へと移動する。このままでは、下肢が熱を持ち育ってしまう。
ふと思う。馬車の中でなければ、アルベールは応じてくれただろうかと。
ちょっとした期待に、道中胸を膨らませていたのだが──。
「なぜアルベールとマルクスが同室なのだ。王子は王子同士。側近は側近同士だろう」
宿屋に着き、部屋割りを聞かされたディアンは不満を漏らす。
「ふん! おまえのような獣と同室などごめんだ。おちおち寝ていられない」
「マルクスだってわからないだろう。アルベールの美しさに血迷うかもしれないではないか」
ひどい言い草だ。自分でもわかっている。だが我慢ならなかった。アルベールの眠る部屋に、自分以外の男がいることに。
「マルクスがそんなことするか! 信用ならないというなら、オレとセオドアが同室というのはどうだ?」
「それはご遠慮申し上げます。私も命は惜しいので」
淡々と告げるセオドアは、ディアンの心中を読み取っているようだ。
「いい加減諦めろ。オレは疲れている。さあ行くぞ、マルクス」
無情にも、アルベールはマルクスを連れ、ドアの向こうへ消えていく。しかも、鍵をきっちりかけられてしまった。
◇◇◇
「あのディアンの焦った顔……ククッ、面白すぎる……」
部屋に入るなり、アルベールは堪えきれず腹を抱え笑い出す。
その様子を、マルクスは不思議そうに見ていたが、声はかけてこなかった。
「はぁ~、笑った笑った」
一頻り笑ったあと、どさりとベッドに身体を投げ出す。長時間座り続け、凝り固まった身体を伸ばした。
大きく息を吐くと身体が弛緩し、ぼんやりと木の天井を眺める。
些細なことで、嫉妬を露わにするディアン。狭量なことだ。
(まあ、それほどオレを好きってことだな)
ジェラルドの前でディアンを愛していると告げたとき、彼は心の底から歓喜していた。その姿は、アルベールに安堵をもたらした。ディアンが自分に向ける恋情は本物で、気の迷いでもなく偽りでもないのだと。
卑怯にも、アルベールはディアンを試したのだ。
そうはいっても、告げられた愛を疑ったわけではない。ただ、はじめての恋に、臆病になっているだけ。
「いい男だよな、ディアンは」
知らず口から零れる。
「アルベール様は、ディアン殿下をお好きなのですか?」
ドアの前に立つマルクスが、遠慮がちに問うてくる。
「うーん。本人にはまだ言ってやらないが、そうだろうな。あの男といると、楽なのだ。息がしやすい」
気を張って警戒しなくてもいいから、心を無防備にしていられる。
「そうですか……。でしたら、同室はディアン殿下のほうがよかったのでは」
今にも呼びに行こうとするマルクスを、慌てて呼び止める。
「待て! 今はまだ、時期ではない。ディアンとのことは、問題が解決してからだ」
だから余計な気を回すなと、言って聞かせる。
「そんなことより、マルクスも休め。ずっと馬車を走らせていたのだ。疲れているだろう」
戸口で立ったままでいるマルクスに、労いの言葉をかける。
アルベールとディアンが乗っている馬車はセオドアが走らせ、荷馬車はマルクスが操っていた。交代ができないのだ。体力的にマルクスの負担は大きい。
「いえ、私は大丈夫です」
「まだ先は長い。身体を休めることも務めの内だ」
躊躇うマルクスだったが、今度は素直に頷いた。
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