第19話 大人げない嫉妬

 敬愛か、はたまた恋慕か。


 眼光鋭くディアンを威嚇するマルクスの中に、アルベールへの恋心がないか探る。


 しかしながら、子ども相手に恋敵だとムキになるほど、自分は愚かではない。ここは大人の余裕を見せつける……はずだったのだが。


 アルベールに頭を撫でられ、頬を朱に染めるマルクスを目にし、ディアンは我慢ならなくなった。


 嫌がる素振りを見せながらも、楽しくじゃれ合っているようで無性に腹が立つ。


 気がつけば、アルベールの手首を掴んでいた。


 幼気いたいけな少年を揶揄うなと、誤魔化してはみたものの、アルベールの目は愉快げに細められていた。


 嫉妬に胸を焦がす自分を見透かされたのだ。

 所詮ディアンでは、心情の機微に聡いアルベールを煙に巻くなど無理な話──。


「参った。アルベールの想像どおりだ」


 両手を肩まで上げ降参の意思表示をすると、アルベールは嬉しげにくすくすと笑い出す。


「アルベール様、お願いがございます」


 和やかな空気になってきたところに、またもマルクスに邪魔をされる。


「なんだ?」


「私も、トシャーナ国へお供させてください!」


 身体を前のめりにして、マルクスが勢い込んで叫ぶ。


「はぁ?」


「なんだと⁉」


 二人は同時に素っ頓狂な声を上げ、マルクスを凝視してしまう。


「他国にお一人で行くなど、危険です」


「一人ではないぞ。俺とセオドアも一緒だ」


「いいえ、あなたがたは他国の人間です。アルベール様をお守りするのは、フランターナ国の民の務め」


 一歩も譲る気はないという、マルクスの強い意志を感じる。


「ダメだ。連れていかない。おまえには、この孤児院を任せてあるだろう。職務を途中で投げ出すつもりか!」


 アルベールも諦めさせようと、強めな口調で咎めた。


「それでしたら、すでに後任の者を育てておりますので、ご心配には及びません」


 胸を張り、マルクスは宣言する。

 聞けばアルベールの側近を目指し、早くから後任者の教育をしていたという。


 用意周到なことだ。常にアルベールのそばにいたい、そういうことだろう。


 ますます油断できないと、嫉妬の炎が再燃しそうになる。


「フランターナ国に、戻ってこられない可能性もあるのだぞ」


 アルベールの言葉は、ディアンに冷静さを取り戻させる。それほどに、重い言葉だった。


 何を思い、戻ってこられないと口にしたのか。


 自分と添い遂げる覚悟なら、嬉しい。だが、死をも覚悟しているのだとしたら、アルベールの計画はなかったことにしたい。


 アルベールの命と引き換えに得られた王位など、いらない。


「構いません。私の命は、アルベール様と共に」


 マルクスは床に片膝をつき、胸に手を当てる。それはまるで、騎士が主に忠誠を誓う儀式のようだった。


「はぁー? そんなもの、オレの迷惑にしかならない。あー、鬱陶しい」


 ふんと鼻を鳴らし、アルベールは椅子にふんぞり返る。


 危険が伴うトシャーナ国には連れていきたくないと、マルクスを引かせるための悪態だ。


「端的に言えば、足手まといということだ。察したらどうだ」


 ディアンも悪役を買って出る。


「足手まといになどなりません。馬車も操れますし、食事の支度もできます。薬草の勉強だってしました。剣術の鍛錬も、欠かしていません。お役に立てると断言できます」


 自信に満ちた目から、マルクスがいかに勤勉で努力家だったかが窺える。


(アルベールは、どうする気だ)


 ディアンは思案顔のアルベールへ視線を向ける。


「オレなんかのどこに、慕う要素があるのだ?」


 理解できないと、アルベールは首を左右に振る。


 ディアンとしては、マルクスの気持ちを十分理解できる。ディアンも同じだからだ。

 マルクスも気づいているのだろう。アルベールの内に秘められた優しさに。


(俺だけでよかったのに──)


 不意に湧き上がる独占欲に、ディアンは苦笑を漏らす。


 一人でも多く、アルベールを理解する者がいたほうが、彼は生きやすい。なのに、自分はそれを嫌だと思ってしまった。


(すまない、アルベール)


 どうやら自分は、心が狭いらしい。アルベールにとって、自分が唯一絶対の存在でありたいと願っているのだから。

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