第27話 別人すぎるアルベール

 王都の中央通りを、朝陽に向かって馬車が走っている。

 行き着く先に立っているのは、両端に二本の塔が立つ乳白色の王宮だ。

 門の前には、二人の門番が手に槍を持ち左右に立っていた。


(やっとだ。やっと帰ってきた)


 自分を待ち構える試練に、ディアンは闘志をみなぎらせる。


「ディアン様のお帰りだ。門を開けよ」


 御者を務めるセオドアが馬車を止め、門番に告げる。


 一瞬、躊躇ためらいを見せた門番だったが、側近のセオドアを知らないはずはなく、速やかに門は開かれた。


「ディアンが戻ってきているといううわさは、王宮にも届いていたな」


「ああ。兄上がどんな顔をするか、見物だ」


 王宮の玄関へと続く石畳の道を、四人を乗せた馬車が軽快に走る。


 馬車が王宮の玄関戸に着くと、中から数人の使用人が姿を現した。一列に並び一礼され、「お帰りなさいませ」と迎えられる。


「しばらくぶりだな。国王はどちらにおいでだ?」


 ディアンは帰国の挨拶をと所在を訪ねる。


「王妃様と、南方の離宮に行かれております」


 聞けば、腰を痛めた国王は、療養のため薬湯の湧く離宮へ赴いているという。


「では、オーランド兄上は?」


「執務室においでかと」


「後ほど、挨拶に伺うと伝えておいてくれ。紹介したい人がいるとも」


 背後につつましやかに立つアルベールへ視線を流す。


「私はアルベールという。この子は側近のマルクスだ。しばらくの間、滞在させていただくよ」


 ふわりと口元を綻ばせ微笑むアルベールは、まるで可憐なお姫様のようだった。


(あぁ……なんと眩しい笑顔──)


 思わず見惚れてしまった。これ以上ないほどに、うっとりと。


 アルベールの言ったとおり、演技など必要なかった。自然と引き出されていく。


「ディアンったら。ふふ、そんなに見つめないで。皆が、熱に当てられてしまうよ」


 上目遣いで、頬をぽっと朱色に染め恥じらうアルベールに、目眩がしそうになる。使用人の中には、ごくりと生唾を飲み込む者までいた。


 皆が、アルベールの美しさに釘づけになっている。


「私以外に、そのような顔を見せないでくれ」


 自身の胸に抱き込み、使用人たちの視界に映さないようにする。


「なんだ、本気で焼きもちか」


 内緒話をするように、アルベールが顔を寄せ囁いてくる。


「わ、私としたことが──さあ、中に入ろう」


 なんともばつが悪い。


 素早く腕を解いたディアンは、咳払いをひとつ落とし玄関を潜る。


「アルベールは私の部屋に泊まる。マルクスの部屋の用意だけ頼む」


 使用人にマルクスのことを頼み、ディアンはアルベールを連れ足早に自室へ向った。


        ◇◇◇


「別人すぎやしないか。本物のお姫様かと思ったぞ」


 自室のソファーで向かい合って座るアルベールは、いつもの姿に戻っていた。


「第一印象は大事だ。あとは使用人が尾ひれをつけて、王宮中に噂を広めてくれる」


「俺がアルベールに骨抜きにされたって?」


「ああ。モーリスがオレの言ったとおり弁解してくれていたら、おまえの兄も少しは油断してくれるのだがな」


 アルベールはモーリスの嘘が露見されたときのことも、ちゃんと考えていた。何せ自分たちが遅れてトシャーナ国に向うことは、決めていたのだ。


 命を奪ったとダリウスに報告したことが、嘘だとわかるのは時間の問題。


 となれば、災いを避けたいアルベールが逃げ口上を用意するのは必須。

 となるのだが……それを口にしなければならないモーリスを思うと不憫ふびんになる。


「モーリスは嘘が下手そうだしな。それに、恋愛事に不慣れに思える」


「確かに。どんな顔で報告したのだろうな……ククッ」


「笑い事ではないぞ、アルベール」


 気の毒としか、言いようがないディアンだった。

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