第17話 行方不明

「アルベール様は、まだ戻られぬのか!」


 アレフは城内を、早足で右往左往していた。


「何を騒いでいるのだ?」


 おっとりした声音で、ジェラルドは声をかける。


「陛下……実は昨夜、アルベール様が城下に行かれたまま、まだ戻っておられないのです」


「例の夜遊びか……アルベールにも困ったものだ」


 アレフは度々、ジェラルドにこの件を相談していた。しかし、ジェラルドは城に閉じ込めることで、さらにアルベールが荒れるのではと危惧きぐし、目をつぶってきた。


「アルベール様だけではございません。ディアン殿下まで、お姿が見えないのです」


「それなら安心だ。それにまだ夕刻前だろう。もう少し様子をみてはどうだ」


「何が安心なものですか! アルベール様がディアン殿下に、よからぬ遊びでも教えていたらどうするのです。悠長ゆうちょうにしていては、取り返しがつかなくなりますぞ」


 国の恥になってしまうと、アレフはいきり立つ。


「そう目くじらを立てるな。ディアンは聡明そうめいな男だ。たとえアルベールがそそのかしても、口車に乗ったりしないだろう」


 ジェラルドが宥めると、渋々ながらもアレフは引き下がる。


 しかし、ふと疑問が湧く。


「ダリウス殿は、何も言ってこないのか? 自国の王子が他国で所在がわからないとなれば、騒いでよさそうなものだが」


「それが、トシャーナ国でも自由に町へ下りていたから問題ないだろう、との返答がありました。側近の者も一緒ということで、特に心配はしていない様子でした」


「そうか、ならばなおさら、我々が騒ぎ立てるべきではないな」


 ──となってから三日。


 さすがに何かあったのではないかと、城内がざわつき始める。


 今までアルベールは、無断で何日も帰ってこなかったことなど、なかったからだ。


「問題ばかり起こす王子だったけれど、いざいなくなると、なんだか寂しいわね」


「本当に。こんなに静かだったかしら、このお城……」


 そう使用人たちが囁き合う中、ジェラルドはどうしたものかと執務室で頭を抱えていた。


 そんなジェラルドの元へ、ダリウスが現れる。

 入室を許可すると、ダリウスは神妙な面持ちで、ジェラルドの前へと進み出る。


「我が国の王子、ディアン様がまだお戻りになりません。聞けば、アルベール殿下が連れ出したとか。ディアン様の身に何かあったとしたら、どう責任を取ってくださるのでしょうか」


 淡々と告げるダリウスの目が、欲深にギラリと光る。


「どうも何もない。まだ何かあったと決まったわけではないだろう」


「もちろんご無事であっていただきたい。しかし、もう三日。万が一ということも視野に入れねばなりませぬ。あぁ……このダリウス、国王陛下になんとご報告すればよいのでしょう──」


 悲嘆ひたんを露わにするも、妙に芝居がかって見えた。


「要求は? 早い話、手土産が欲しいのだろう」


 ジェラルドは目を細め、ダリウスを見据える。


「良質な宝石が採れる鉱山を」


「考えておこう。明朝より、捜索隊を出す。早急に手配を」


 ジェラルドは、傍らに立つ側近に指示を出した。


    ◇◇◇


 大通りに面して建つ孤児院。


 その屋根裏部屋の一室で、退屈な時を過ごしていたアルベールは、城から戻ってきたマルクスに詰め寄る。


「コーヒーなどあとでいい。で、城の様子はどうだった? 何か変わった動きはなかったか?」


 まるでプレゼントを待ち詫びる、子どものような落ち着きのなさだ。


「捜索隊を編制し、明朝より捜索を開始すると陛下がおっしゃったとか」


 捜索隊か……。

 

 それでもアルベールたちが見つからないとなると、ダリウスはモーリスの報告を間違いないと信じるだろう。


(筋書きどおりではあるが、喜んでばかりはいられないか……)


 ジェラルドの心労を思うと、罪悪感で胸が苦しくなる。


 真実を知らせるべきだろうか──。


 思考を巡らせていると、ドアをノックする音に遮られる。


「俺だ、ちょっといいか」


 アルベール同様、隣の屋根裏部屋に潜伏せんぷくしているディアンが訪ねてきた。


「ああ、ちょうどよかった。今、呼びに行かせようと思っていたところだ」


 セオドアと共に入ってきたディアンは、なぜか傍らに立つマルクスを横目でちらりと盗み見る。


(あのマルクスを見る目はなんなのだ……?)


 数日前マルクスを紹介したとき、『あのときの子どもか──』と驚嘆していた。きっと痩せ細ったマルクスの記憶しかなかったからだろう。


 アルベール自身、一月ぶりに会ったマルクスを目にし、思わず『おまえ……こんなに大きかったか?』と身体を撫で回してしまった。

 身長は伸び、肉づきも随分とよくなっていたのだ。出会ったころは、自分の腰より低かったというのに。今では、頭ひとつ分は高くなっているような気がする。


「そうか。マルクスが戻ったのを、窓から見ていた。いい知らせがあるかときてみたが、正解だったようだな」


「マルクス、椅子を」


 円卓にふたつの椅子が足され、テーブルが整う。ふたりにもコーヒーが注がれたところで、アルベールはマルクスに冷たく言い放つ。


「おまえはもういい。──早く下がれ!」


 一瞬、マルクスが寂しそうな顔をした。けれど叱責するかのように、退室を促す。


 子どもに大人の醜い話など、聞かせたくはない。


「さすが悪役王子。子どもにも容赦ないな。まあ、知らないほうがいいこともある」


 哀愁漂うマルクスの背中がドアの向こうに消えると同時に、ディアンが口を開く。彼も気づいたのだろう。マルクスが話に加わりたいと願っていることに。


「なんだか癪に障るな」


「うん? 何がだ」


「オレのことをわかったような口振りに、だ」


 しまった。これでは読みが当たっていると暴露したようなものだ。現にディアンは口角を上げ、相好を崩している。


「いったぃ──!」


 悔しさから足のスネを蹴ると、堪らずディアンが声を上げた。


「どうされました、ディアン様」


「ねずみにでも噛まれたのではないか」


 セオドアはアルベールの暴挙に気づいていないようだ。テーブルで足元が見えなかったのだろう。

 

 これ幸いと白々しい嘘をつくアルベールに、ディアンは涙目で怨みがましい視線を寄こす。


「ぶっ……くくく──」


 アルベールにとって、ディアンとのやり取りは、純粋に楽しかった。

 今世で味わったことのない気安さと安らぎ。


 改めて気づく。自分が思っていた以上に、孤独が心にもたらしたものを。それを感じなくなるほど麻痺していた、淋しいという感情。


「で、話とは?」


 咎めることなく、ディアンが水を向けてくれる。


「兄様に手紙を書いてほしい。優しい兄様に、これ以上心労を与えたくない」


 捜索隊が編制されたことを伝えると、ディアンは納得顔で頷く。


 手紙に何をつづるのかと問われ、ディアンの命が狙われていること、ダリウスを泳がせている旨を書き記すよう告げた。

 なおかつ胸の内に留め、誰にも悟らせないよう念を押すこともつけ加える。


 こうして書き上がった手紙を、夕刻前マルクスに託した。そしてジェラルドからの手紙を手に、マルクスが戻ってきたのは翌日だった。


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