第25話 悪役王子魂、炸裂する(性描写あり)
トシャーナ国の民が、第三王子への不満を囁き合う中、ディアンはやるせない思いにひたすら耐えていた。後方に立つセオドアも、怒りを抑えようと握った拳がブルブルと震えている。
アルベールは何を考えているのだろう。突然飽きたなどと。
「
「私たちのこと……わかってくれてると思っていたのに──見捨てるなんて、ひどいわ」
庶子であるディアンだからこそ、平民の味方。そして希望の光。
そう信じていただけに、裏切られたという思いは、怒りや憎しみとなって心を
そして民から吐き捨てられる言葉の数々は、鎖となって絡みつき、ディアンの心と身体を締めつける。
もう自分は、民に必要とされていないのかもしれない。
今さら姿を現したところで、民の心を掻き乱すだけ。
自分の身体が、真っ暗で分厚い雲の中に飲み込まれていくようだ。光を求め、抜け出そうと足掻く気力すら湧いてこない。心が冷え、闇に圧迫され呼吸が止まりそうになったそのとき──。
「あっはっはっはぁ……。なんだ、まだ気づいていないのか? おまえたち。そこのでくの坊は、トシャーナ国第三王子のディアンだぞ」
アルベールは高笑いを上げ、秘密を暴露する。その予期せぬ爆弾発言は、ディアンの身に纏わりついていた暗雲をも消し去った。
ここで身分を明かされるとは、思いも寄らなかったのだ。
「そんなはずはない! あの裏切り者は、他国で悠々自適に暮らしているはずだ」
「そうだ! この国の金塊を、すべて持ち去ったんだからな。お陰で税の取り立ては厳しくなる一方で──」
暮らしが立ちゆかないと、憤り歯を食い縛る民たちを前に、アルベールは蔑むように鼻を鳴らす。
「ふんっ。ディアン、おまえは哀れなやつだな。こんなバカ共のために、このフランターナ国第二王子、アルベール様の従僕になったとは。なんとも報われないことだ」
アルベールも自ら身分を明かした。
なんらかの思惑があるのだろうが、知らされていないディアンはひやひやものだ。一言でも不用意なことを口にすれば、アルベールの筋書きを台無しにしてしまう。
「ディアン、覆っている布を取って、顔を見せてやれ」
どうやら自分には、アルベールから指示が出るようだ。言われたとおり布を取ると、場が騒然となる。
「ディアン様だ。本当に……本物の──」
「では、あのお方が言ったことは──従僕などと、嘘ですよね?」
民衆が和になり、ディアンを囲む。
「嘘なものか。このオレ様に頼み事をするのに、手土産ひとつ持ってこないなどバカにもほどがある。タダで力を貸すわけないだろう。オレはお人好しではない。だから言ってやったのだ。オレ様の従僕になるなら、国を立て直すための力を貸してやるとな」
「あの噂は、そういうことだったのか……」
年嵩の男は、辿り着いたようだ。我が儘な王子の相手を、嫌な顔ひとつせずにしていた寛容な第三王子の噂の真相に。
自国を捨て、自分の保身のために献上金を納め、他国の王子に取り入るための機嫌取りに勤しんでいる。
これが、オーランドの流した噂だった。
真実を知り、驚愕の表情で互いの顔を見合わせている民たちを、アルベールはさらに煽る。
「王子がバカだと、国民もバカとみえる。残念だったな、ディアン。自らの誇りを捨ててまで、『民のためなら』とオレ様の従僕になったというのに。民にはまったく伝わっていないようだ。笑える……愉快すぎる、ククッ」
アルベールはディアンを蔑むような態度で笑う。
「ひどい、ディアン様になんてことをさせるの」
「ディアン様を悪く言うな」
擁護するように、不満の矛先がアルベールに向けられる。
「はっ。今さら何をほざく。おまえたちこそ、散々ディアンの悪口を言っていたではないか。噂に踊らされ、本来のディアンを見失った愚か者どもめ」
アルベールの言葉は、罪悪感の矢となって民の心に刺さったようだ。
「ごめんなさい」
小さな男の子が、目を潤ませ口にした。
すると堰を切ったように、皆が一斉に謝罪を述べ始める。
信じていられず、申し訳ありませんと。
ちらりとアルベールに視線をやると、小さく頷いてくれた。思うままに話していいということだろう。
「もう謝罪はよい。私はトシャーナ国を救いたいと、アルベール殿下に相談にいっていたのだ。長く国を空け、すまなかった」
「では、あの噂はどこから……?」
年嵩の男がぽつりと呟く。
「おそらく、ディアン様を陥れようとした者の陰謀であり、噂はまったくのでたらめです」
セオドアが誇らしげに、きっぱりと言い切る。
「アルベール殿下、恐れ入りますが、どうかディアン様の従僕を解いてはいただけませんか」
この場で一番年老いた男が、アルベールの前に
「バカなことを言うな。せっかく得た従僕を、易々と手放すはずないだろう」
「ではどうすれば、ディアン様を解放していただけますか」
「うーん、そうだな──町に流れるディアンの悪評を払拭してみせろ。上手くいったら解放の件、考えてやってもいい。まあ無理だろうけどな。おまえたちに、そのような知恵はないだろう」
案の定、アルベールに煽られた民は、闘志を奮い立たせている。
やってやる! やってみせる!
という意志が、強い眼差しに宿っていた。
◇◇◇
宿に戻ったディアンは、一足先に帰っていったアルベールの元へ直行した。
「アルベール!」
マルクスがドアを開けてくれると同時に、ベッドに横になり寛いでいるアルベールのそばに駆け寄る。
「なんだ、騒がしいな」
起き上がったアルベールは、
「やりすぎだ。あれでは、おまえ一人が悪者ではないか」
自分は信用を取り戻せたうえ、尊敬と崇拝、中には同情の籠もる眼差しを浴びたが、アルベールは嫌悪の対象になってしまった。
「別に気にしていない」
「嘘だ。辛くないはずがない」
「いや、本当だ。オレはこの国の人間と親しいわけではない。だからどう思われようと、さして気にならない。それに……ディアンさえ知ってくれていれば十分だ」
「アルベール……」
ああ……愛おしい。
それはまるで、『ディアンさえそばにいてくれれば、他は何もいらない』と、熱烈な愛の告白のように聞こえた。
気がつけば、ベッドに腰かけているアルベールを、抱きしめていた。
「お、おい、急に何をす……ん」
文句を言おうとする唇を、やや強引に自身の唇で塞ぐ。角度を変えながら、深いキスへとアルベールを誘う。
「う……ん──」
鼻から抜けるような声を漏らすアルベールは、壮絶に色っぽい。もうこの
「あっ──!」
パタンと遠慮がちに戸が閉まるような音が呼び水となり、アルベールを強引にベッドに押し倒す。
「触るな!」
硬くなり始めたアルベールの下肢に手を這わせると、彼は頬を朱に染め、過剰な反応をみせる。
「なぜ? 感じてくれたのだろう?」
ほんのりと朱に染まっていた頬が、羞恥で赤みを増す。真っ赤に熟れた、苺のようだ。
「性急すぎる。オレにも心の準備というものが必要だ」
涙目のアルベールが、睨み訴えてくる。
「準備ができたら、俺に抱かれてもいいと思ってくれているのだな」
嬉しい。アルベールも、自分と睦み合いたいと思ってくれている。
「い、いや……それはその……なくはないが……」
もじもじと恥じらうアルベールは、魅惑的で暴走しそうになる。
「わかった。今日のところは、キスだけで我慢する」
理性を総動員させ、代替案を提示してみる。無言でコクンと頷かれ、ディアンは再び唇を寄せた。
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