第5話 ディアンの心情
「ディアン様、あの第二王子、かなりの曲者のようです」
ジェラルドへの挨拶も済み、与えられた賓客室に戻ったディアンは、部屋に入るなり口を開いたセオドアの言葉に眉をひそめる。
「曲者? 悪ガキの間違いではないのか」
「いいえ、あれはわざと人を怒らせ、反応を窺っているような節がございました」
なぜセオドアは、そのようなことを言うのか。
不思議に思い尋ねると、応接室から先に出てきたアルベールが話しかけてきたという。それも『おまえの主人は男色の気があるのか』と下卑た笑みつきだったそうだ。
我が主を愚弄する気かと憤るセオドアに、『冗談だろ、本気にして怒るな』と子どものような笑顔を見せたという。
「絵に描いたような悪戯っ子だな」
「そのような可愛いものではありません。あの一瞬見せた鋭い眼光は、私を値踏みするようでした」
ただ者ではないと、セオドアは警戒心を露わにする。
「そうか……ますます興味が湧いてきた」
白の軍服を着たジェラルドとは対照的に、黒の軍服を纏ったアルベール。
何年かぶりに会った彼は、目の覚めるような美貌の持ち主へと成長していた。あまりの麗しさに、思わず見惚れてしまったほどだ。声も大人の男の低音ではなく、透明感のある涼やかなもので、ずっと聞いていたいほど綺麗だった。
それなのに何を誤解したのか、アルベールは血相を変えて自分とジェラルドの間に割って入ってきた。その姿に、相変わらず兄離れができてないようで、つい笑ってしまったが。
ふと、まだ幼き日のアルベールの姿が頭に浮かぶ。
(随分と長い反抗期だな)
滞在中、ディアンは何度か騒動を起こすアルベールに出くわした。だが不思議とその悪戯は、使用人に無理難題を吹っかけるものではなく、痛めつけるものでもなかった。
ジェラルドが言うように、ただ構ってほしいだけなのだろうか。
そう思うものの、それだけではないような気もした。けれどそう長くフランターナ国に滞在できるわけもなく、悪戯の真相は謎のまま帰国したのだが──。
「今度こそ、真相がわかるかもしれないな」
口元が知らず綻ぶ。
謎めいたアルベール。
自分は彼と過ごす日々を、楽しみにしているようだ。しかし浮かれてもいられない。自分には成さねばならないことがある。この国の政を学び、自国に活かすという。
緑豊かで水も豊富なフランターナ国は、農業が盛んだ。さらには金鉱、銀鉱、銅鉱が採れる鉱山も複数ある。そのため、加工の技術も高く、職に困る民は少ないと聞く。
トシャーナ国とは土地柄が違いすぎて、取り入れられる事業はいくばくもないだろう。しかし、だからといって、何もしなければ民の苦しみは増すだけだ。何かひとつでも得るものがあれば。その一心で、大事な時期に国を離れた。
(俺がいない間、兄上たちが好き勝手にしていなければいいが)
国王は、一年の間は口を出さず見守ると言った。代わりに、後継者を決めた際、一切の反論を許さないと。
(まさか、ダリウスがついて来るとは思わなかったな)
当初は側近のセオドアだけ連れ、フランターナー国に来るつもりだった。しかし宰相のダリウスに、護衛は必要だと押し切られたのだ。
(俺の行動を見張らせ、報告させるつもりか……)
ダリウスは、長兄オーランドの息のかかった要注意人物。何か指示を受けているのは間違いないだろうが。
(俺には後ろめたいことなど、一切ないんだがな)
ディアンがフランターナー国に来た目的。
それは自国との政策の是非を明確にして、足りないものを取り入れるためだった。
(持ちこたえていてくれよ)
農作物の不作が続き、力のない平民は疲弊しきっていた。まるで生きていくことに、諦めの境地でいるかのように。
元凶は、わずかな食料を、王侯貴族が吸い上げ消費してしまうからだ。
(早く助けたい。なんとかしなければ)
そのためには、自身に知識と教養が必要だった。しかし自国では、自分にそれを教えてくれる家臣も、力を貸してくれる貴族もいなかった。
文献や資料を読もうにも、ダリウスが故意にディアンの目に触れさせないよう、すべてを管理していた。
(ジェラルドには、感謝しないとな)
彼が王位を継いだことで、ディアンはフランターナー国での長期滞在が叶った。できれば国同士の同盟を結び、貿易が盛んになればと考えている。
とはいえ、トシャーナ国が売れるものは、海産物と絹糸くらいなものだが。
「ディアン様、そろそろ皆を呼び集める時間かと」
故郷に思いを馳せるディアンに、気遣わしげな声がかけられる。
「あぁ……そうだったな。呼んできてくれ」
アルベールは何を思い、紹介しろと言ったのか。ふと、セオドアの言葉を思い返す。
曲者──とまでは言わないが、考えなしの行動とも思えない。アルベールが供の者を皆紹介しろと言うのなら、『皆』に意味があるのだろう。
その中には、自分への敵意を抱く者もいる。
それらのことで、この国に迷惑をかけるようなことがあってはならない。
そう強く、自分に言い聞かせた。
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