第4話 異国の男再び
「ついに来たか──」
自室の窓辺に立つアルベールの目に、一台の馬車と三頭の馬が駆ける姿が映る。
(一人、二人、三人、四人……あとは馬車に何人乗っているのか、だな)
出迎える気のないアルベールは、とりあえず目に見える人数を把握する。
「まあ、その内アレフ辺りが呼びにくるだろう」
それまでは、いつもの定位置に身を横たえ、
しばらくすると、城内が俄に慌ただしくなる。アルベールの自室も、だが。
「トシャーナ国第三王子、ディアン殿下が到着されました。早くお支度を」
眉間に皺を寄せ、険しい顔のアレフに急き立てられる。
「オレが出迎える必要があるのか?」
「何をおっしゃっているのです! アルベール様は接待を任されているのですよ。それにもうお出迎えは済んでおりますぞ。応接室で、陛下とディアン殿下がお待ちになっているのです」
そんなことは言われなくともわかっている。ただ、気が重いのだ。
ここ数日、アルベールはトシャーナ国についての情報を集めた。そして知った。国王が退位し、隠居したいと言い出したことを。
それに当たり、国王は三人の息子を集め『一年後、最も国民を幸せに導ける者に王位を譲る』と宣言したという。
問題なのは、兄弟仲。お世辞にも良好とはいえないようだ。
(あの日、酒場で見た男……ディアンだったような気がするんだけど。今回のことと、何か繋がっているのか?)
もう嫌な予感しかしない。どんな王位争いが勃発しているのか知らないが、この国を巻き込まないでもらいたい。
(何が起こっても、オレは兄様の愛するこの国を、守ってみせる)
まずはディアンだ。あの男が何を考えているのか、観察させてもらおうではないか。
気合いを入れ、アルベールは勢いよく身を起こした。
◇◇◇
「ななな……兄様に何をしている‼」
声をかけ入室したアルベールは、抱き合う二人の姿に絶叫する。
「来たのだね、アルベール。待っていたよ」
ディアンの肩越しから、ひょっこり顔を出したジェラルドに慌てる素振りはない。振り返ったディアンのほうが、目を見開きアルベールを凝視している。
(まずいところを見られたと思っているな。やはりこいつ、兄様に邪な気持ちを⁉ ディアン──許してなるものか‼)
ズカズカと足を踏み鳴らし、二人の間に割って入る。
「いつまでくっついているのですか! 離れてください。おい、おまえ! 我が国の王に、気安く触れるな」
睨みつけると、ディアンは「ふっ」と鼻を鳴らす。まるで小バカにされたようで、アルベールは面白くない。
「アルベール、『おまえ』などと言っているほうが失礼だよ。彼はふらついた私を支えてくれただけだ。ありがとう、ディアン。アルベールの無礼、許してやってくれ。さあ、座って話そう」
詫びを入れさせてしまった。申し訳なく思う。しかしアルベールは、「ふん」と鼻を鳴らしそっぽを向くと、そのままどさりとジェラルドの隣に座った。
その様子を見ていたディアンは、「
(トシャーナ国まで、オレの悪評が届いているのか?)
それは都合がいい。何か事態が起こったとき、動きやすいだろう。
「改めて紹介するよ。私の弟、アルベール・モンシャールだ。こちらはトシャーナ国第三王子、ディアン・フォロスター。私の友人でもある」
アルベールは横目でディアンの顔を盗み見る。
(やはり、こいつだったな)
酒場で会った男は、ディアンで間違いない。十歳のときに会ったきりで、確信が持てなかったが、自分の勘は正しかった。
数年の間に、ディアンの精悍な顔立ちは凄みを増していた。切れ長の目は鋭く、高い鼻梁に大きな口。生命力に満ち溢れた、大人の男だ。認めたくはないが、ディアンは相当な色男に成長している。
「はじめまして」
そっぽを向いたまま、素っ気なく言う。
「このとおり、弟の反抗期は収まっていないのだが、ディアンの滞在中はこのアルベールに、君のことを任せようと思っている。いいだろうか」
ジェラルドはアルベールの態度を咎めることなく、話しを進めていく。
「──私は使用人と違って、納得いかないことには容赦なく叱り飛ばすが、いいのか?」
アルベールの横顔を見つめ思案していたディアンは、その視線をジェラルドに戻し、窺うように問うた。
なるほど、そういうことか。
ジェラルドはこの男に、アルベールの更生を頼むつもりのようだ。
「アルベールには、それが必要だったのだと思う」
「わかった。ではそのように」
真剣な面持ちで、ディアンは頷く。
(そのように、だと? 身のほど知らずめ。おまえごときに、このオレをどうこうできると思うなよ。まあいい、好きにさせておくか)
アルベールは内心でほくそ笑む。精々、無駄な足掻きをするがいいと。
そもそもアルベールは、叱ってくれる者など求めていない。反抗期でもなければ、根っからのぐうたらでもないのだから。
国の安寧のために、暗に爪を隠しているだけ。
まあ、この国に来た真の目的を探るのにちょうどいい。ディアンも油断するだろう。国政に興味のない第二王子の世話を焼く体で、城内を自由に動けるのだから。
とはいえ、従者に動かれては目が届かない。
「ディアン殿下、従者は何人連れておいでか?」
ずっと黙っていたアルベールの、意図が掴めないであろう質問に、二人は同時に困惑顔を浮かべた。
「私は接待を任されたのですよ。殿下の周囲を把握するのは当然でしょう。できれば一人ずつ紹介願いたいのですが」
意欲をみせると、ジェラルドは感極まったように目を潤ませた。
「嬉しいよ、アルベール。やる気になってくれたのだね」
「ええ、兄様のご友人ですから。心ゆくまで、滞在を満喫していただかなければ」
にこりと微笑み、ディアンに顔を向ける。
「では後ほど部屋へ伺います。お連れの者を『皆』、集めておいてくださいね」
一人も漏れることなく、と念を押す。陰で動く輩がいないとも限らない。
そう思うものの、ディアンはジェラルドの言うように、誠実そうな印象を受けた。我が国を陥れようなどと画策しているようには見えない。
本当に、学びに来ただけなのだろうか。だが数ヶ月前、酒場で情報収集していたのが気にかかる。何か裏があるのではないかと。
「承知した。三人の護衛兵は明日、国へ返す。残るのは私の側近と、政務に携わっている一人のみだから、紹介もすぐ終わるだろう」
渋る様子もないディアンは、夕食の前には集めておくという。
「では、私はもう下がっても?」
「ああ。ディアンの要望は、明日から聞いてやってくれ」
機嫌のいいジェラルドに、「お任せください」と愛想よく答え、アルベールが応接室のドアを開くと、ひとりの男が立っていた。
(ちょっと試してみるか)
ドアを閉じたアルベールの口元が、怪しく歪む。
「おい、おまえ。ディアンの側近か?」
横柄な態度で問うと、その男はそうだと力強い視線を向けてくる。
その目には、『自分の命は殿下と共に』というディアンへの忠誠心が宿っていた。
側近に慕われる。それはディアンが、信用に足る人物の証のように、アルベールには思えた。
(いい側近だ。だが……他の者はどうかな。ここはひとつ、先に下調べしておくか)
他国の王子に紹介すると言われれば、本音を隠し体裁を繕うだろう。しかしそれでは、真の姿を見極められない。不意を突き、動揺から嘘を見抜かなければ。
(楽しみだな、ふふふ……)
突然押し入ってきた他国の王子が、自国の王子の悪口を言ったらどんな反応をするだろう。
人の悪い笑みを浮かべ、アルベールはディアン一行が休んでいる西塔の広間に突撃することを決めるのだった。
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