第6話 悪役魂
城門の前で大手を振るアルベールを、門番が奇異の眼差しで見ている。一国の王子が、トシャーナ国へと帰国する護衛兵を見送っているのだから、それも当然か。
(とりあえず、三人出発したな)
アルベールの視線の先には、森林の入り口へ向って疾駆する三頭の馬の姿があった。
(旅立つ間際、ごねるかと思ったが……)
というのも昨日、供の面々を紹介された際、一悶着あったからだ。
それはディアンが、『副隊長のモーリスに、一等兵のベルナーとルドルフだ。この者たちは明日、国に返す』と告げたときだった──。
◇◇◇
「ディアン様、私だけでもここに残らせていただけないでしょうか」
モーリスが一歩前へ出る。
「いや、無用だ。この国にも親衛隊がいるし、平和な国だ。なんら心配ないと思っている」
「ですが、万が一ディアン様の身に何かあっては、国王陛下に顔向けできません」
お願いしますと、モーリスは頭を下げ懇願する。
しかしこのとき、アルベールは見逃さなかった。宰相のダリウスと視線を交したモーリスを。
怪しい。何かを企んでいるに違いない。
なぜならこの男──ダリウスはディアン派ではないからだ。
というのも先刻、西塔の広間でディアンの悪口を言うアルベールを、ダリウスは諫めなかったのだ。
表向きはディアンを庇いはするものの、その目はまったく彼を敬っていなかった。
その反面、ディアンのことはいやいや褒めていたのに対し、第一王子のこととなると目の色を変えた。喜々として褒め称えていたのだ。
(ディアンも薄々、勘づいているだろうが……)
モーリスの必死な懇願に、ディアンは困り顔だ。どう引き下がらせようかと、手をこまねいている。
このままでは、モーリスがここに止まることの後押しをするために、ダリウスが口を挟んできそうだ。
揉め事を避けたいアルベールにとって、それは望む展開ではなかった。
(まったく、厄介なやつらだ)
阻止するためにはやむを得ないかと、アルベールの悪役魂に火がつく。
「おい、そこのおまえ。名はなんといったかな?」
ダリウスが一歩を踏み出した瞬間に、アルベールはわざと名を尋ねる。
出鼻をくじかれた形となったダリウスは、踏み出した足をすっと元に戻した。
「はっ、私はトシャーナ国第一騎士団副長のモーリスと申します」
姿勢を正し、はきはきとしたもの言いで名乗ったモーリスは、鍛えられた厚みのある体軀をしていた。黒髪は襟足を短く切り揃えてあり、真っ直ぐな視線からも真面目そうな印象を受けた。
そんなモーリスを、アルベールはにやっと片頬を上げ見据える。
「いい度胸だな、モーリス。おまえは我が国の親衛隊を、王子一人守れない弱小騎士団だと言うのだな」
「いっいえ、そのような──」
「だったら国へ帰れ! それとも、不敬罪で牢に入るか? 私の信頼する兵士たちを愚弄したのだから、私を愚弄したも同然だ!」
アルベールは怒りも露わに怒鳴りつける。
「アルベール殿下、モーリスの無礼をお許しください。これも、ディアン様を思ってのこと。明日、トシャーナ国へ帰るよう言って聞かせますゆえ、怒りをお収めください」
してやったり。
ダリウスの筋書きを狂わせることに成功し、アルベールは内心ほくそ笑む。
そんなアルベールとは裏腹に、ダリウスは顔を歪ませている。
申し訳ないという神妙な顔をしているつもりだろうが、あれは渋面だ。邪魔しやがってという。
「帰るというなら、溜飲を下げてやる」
◇◇◇
──となって今に至る。
とはいえ、これで安心とはいかない。帰ると見せかけて、身を潜める。そんな画策もありそうだ。
そう思い、こうして第二王子自ら、大々的に見送ってやったというわけだ。
だが、万全ではない。一度国へ戻り、オーランドの指示を得て舞い戻ってくることも考えられる。
自分の後方には、ダリウスがいる。
五十代後半で、長い顎髭を生やしたダリウス。それを撫でながら、吊り上がった目で、今はどんな表情を浮かべているのだろうか。
思案顔? それとも新たな策に、ほくそ笑んでいる?
モーリスと入念な打ち合わせができないよう、アルベールは明け方までダリウスを離さなかった。ディアンとセオドアを交え、四人で酒を酌み交わしながらボードゲームに勤しんだのだ。
途中、何度も腰を上げようとするダリウスを、アルベールは酒に酔ったふりで絡み、管を巻いては引き止めた。
結果、ダリウスが苦虫を噛み潰したような顔をしていたのは言うまでもない。
それでも言葉を交す時間はあっただろう。指示書を渡した可能性もある。
そこでアルベールは用心のために、町にある孤児院に常駐するようマルクスに使命を与えた。
『モーリスという男が、オレ様に仕返しに来るかもしれない。引き返してきたら、直ちに知らせろ。これは、いい恩返しの機会だろう? おまえを買うために、大金をはたいたからな』
そう威丈高に命令したのだが、なぜかマルクスは目を輝かせた。
『やっと、アルベール様のお役に立てるのですね』と。
この城内で、アルベールの悪評を耳にしているだろうに、マルクスは自分に対して崇拝に近い念波を送ってくる。
その思いが、どこからくるのか不思議でならない。何をどう思えばそうなるのか。ここ数年、人から呆れや揶揄されることはあれど、慕われることなどなかったからだ。
(まあいい。余計なことはさておき、ディアンのやつめ、どうしてくれよう)
アルベールがここまで骨を折るのは、すべてジェラルドのためだ。
他国の輩に、この国で好きなようにはさせない。当然、揉め事を持ち込んだディアンは論外だ。
(どう報復してやろうか)
そんな物騒なことを考えてしまうアルベールだった。
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