悪役王子に転生したオレはその役になりきってやった

美月九音

第1話 回想

 どんな悪事も、お天道様てんとうさまはお見通し──。

 そんなことわざがあるけれど、お見通しだからなんなのだ。

 直接手を下し、排除してはくれないくせに。


       ◇◇◇


 緑の大地にそびえ立つ王城。

 その佇まいは清廉せいれんで、城主の清らかさを現しているようだ。白壁に等間隔で並ぶ窓ガラスは磨きあげられ、澄んだ水晶を連想させる。


 まさに『平和の象徴』という言葉が相応しいのでないだろうか。外敵から城を守る高い塀もなければ、外堀もないのだ。


 唯一あるのは、体裁程度の低い鉄柵。それも蔦が巻きつき、白い花を咲かせていて、まるでメルヘンな世界の城そのもの。


 中庭に植えられた大きな木の枝には、春の訪れを告げにやって来たイソヒヨドリの姿もあった。胸が赤茶色で、流れるように綺麗なさえずりを披露してくれている。


 そんな穏やかな正午前。


 清々しくも軽やかな春の陽光をその身に浴びながら、アルベール・モンシャールは気品漂うその可憐な口元に、不敵な笑みを浮かべていた。


「さて、次なるターゲットは……あいつだな。どうやって追い出してやろうか」


 庭園を彩る色とりどりの花々や、澄み渡る青い空という情緒には似つかわしくない言の葉だ。


「まったく……この国の民は、誰のお陰で平穏無事に暮らせていると思っているのか。能天気な凡人どもめ。まあいい、邪魔者はすべて、このオレが排除してやる」


 すべては意のまま。この国の未来を握っているといっても過言ではない。なぜならアルベールには、前世の記憶があるからだ。この記憶さえあれば、向かうところ敵なしだろう。


 その記憶が蘇ったのは二年前、三日三晩高熱に浮かされた八歳のとき。


 身体は燃えるように熱く、まるで炎に焼かれているようだった。喉はひりひりと痛く、呼吸もままならない。

 その苦痛が、前世の記憶を呼び覚まし、自分の命が途絶えた瞬間をも思い出させた。


(転生した先が、まさかオレが生前はまっていたゲームの世界だなんてな……)


 それは巧みに敵国を手中に収め、理想の帝国を築き上げていくという天下取りロールプレイングゲーム。選択する主人公によって、様々なストーリーが用意されていた。


 個性豊かな主人公たちを、生かすも殺すもプレイヤー次第。野心溢れる戦国武将に、平和を愛する王子。はたまた戦で成り上がる農民もいれば、弱虫国王もいた。


(ラッキーだよな~。オレの一推し、ジェラルド王子が主人公の舞台に転生できたんだから!)


 この世界には、武力で国を乗っ取るという設定はない。あくまでも、『平和的』にがもっとうの舞台なのだ。


(双方が納得する策を講じる!)

 

 それゆえに、数ある舞台のなかで、一番の頭脳戦を要するのではないだろうか。言うなれば、人間理解がすべての勝敗の鍵となる。


 とはいえ……当然悪役キャラもいるわけで。


 それが第二王子、アルベール・モンシャールだ。残念ながら、自分は主人公ではなかった。だが、それでもいいのだ。


(憧れの、ジェラルド王子の弟になれたのだから!)


 前世の自分とは雲泥の差。数多の王子キャラたちに憧れを抱いてきた自分にとって、自身が王子になるなど、まるで夢のようだ。


(これはもう、王子としての人生を満喫するしかないよな~)


 品格を身につけ、言葉遣いにも気をつけて……。


 とは思うものの、このままいけば、アルベールのなれの果ては牢獄か死罪。何せアルベールは、見目麗みめうるわしいのだが高飛車で我が儘。しかも頭も悪いというキャラ設定だ。兄であるジェラルドの足を引っ張るだけの愚弟ぐてい


 そんなアルベールが悪役として本領を発揮するのは十歳から。


 まさに今が、そのとき。


 優秀なジェラルドと比べられ、妬みから愚行を繰り返すようになるのだ。しまいには敵国に取り入り、情報を流すようになる。


(まあ、それは前世の記憶が蘇る以前の、オレが辿るはずだった未来だけどな)


 記憶が蘇ったからには、みすみすゲームの筋書きどおりに進む気はない。となれば方法はひとつ。善良な王子となり、地獄行きを回避すればいい。簡単なことだ。攻略したゲームの世界なのだから。


と、普通は考えるだろう。


 しかしアルベールは、悪役王子を貫く道を選んだ。なぜなら、アルベールが善良で優秀な王子となれば、大好きなジェラルドの立場が危うくなってしまうからだ。


 そんなことは、あってはならない。ジェラルドの理想とする国造くにづくりが叶うことこそ、自分の喜びであり幸せなのだから。


(そのためなら、オレは喜々として悪役王子になりきってみせる!)


 ただ、大好きなジェラルドを守りたい。大切な人を守ることができれば、それでいい。この強い思いは、きっと前世の記憶からきているのだろう。


 ──まこととして生きた二十七年。決して順風満帆ではなかった。死に際さえも、悲惨の一言に尽きる。


 その不幸の始まりは、十一歳。病によって、相次いで両親を亡くしてからだった。施設に預けられることはなかったが、妹とふたり親戚の家をたらい回しにされた。

 あからさまに迷惑顔をする人もいれば、親切顔をしながら、両親の残した保険金を思うがままに消費した人もいた。その家の子どもに、陰でいじめられもしたけれど。


 人間なんて信じられない。みんな腹に一物を持っているのだと学んだ。


 ならば自分の取る道はただひとつ。人から向けられる悪意から、純粋で可愛い妹を守る。


 当時の誠は、それが使命だと思って生きていた。

 それが功を奏したのか、自然と人の心情を読み取る能力は磨かれ、次第に心理学に興味を持つようになった。独学ではあったけれど、当時は心理学の勉強に夢中になったものだ。お陰で妹をよこしまな目で見る叔父にも、いち早く気づくことができた。幸いにも高校を卒業する年で、就職を機にまだ十三歳だった妹を連れ、親戚の家を出ることが叶った。


(オレがゲームにはまったのは、このころだったな)


 面倒を見てもらっている身分で、『ゲームが欲しい』なんて言えない。

 そんな我慢の日々を送ってきた誠にとって、独立生活は大変だったけれど楽しかった。あの肩身の狭い毎日に比べれば、なんてことはない。妹とふたり、互いを支え合って過ごす日常は幸せで、妹の笑顔は自分の生きる糧。


 なのに数年後──悲劇が兄妹を襲った。


 営業の仕事を終え誠が帰宅すると、ふたりの住むアパートから、黒煙が立ち昇っていたのだ。野次馬の中に妹の姿は見当たらず、誠は焦った。


 中にまだ、妹がいるかもしれない。


 消防車のサイレンが近づく中、誠は炎の上がる部屋に飛び込んだ。

 そこには──腹から血を流し、畳みに横たわる妹の姿があった。


 誰がこんなことを──。

 今朝、初出勤だと意気込んでいたのに、なぜ……。


『市民の生活を守る仕事なの!』


 警官の制服を身に纏い、笑顔で敬礼してみせてくれた。これからだったのに。


 誠は発狂した。


 先に帰宅していれば、ここに倒れていたのは自分だったはず。刺されたのが自分だったらよかったのにと。


 炎の勢いが増し、部屋中を覆っていく。もう、逃げ場はない。


 誠は息のない妹の身体を抱きしめながら、犯人を恨み呪った。許さない、この手で殺してやりたいと。


 そんなとき──。


『お兄ちゃん、罪を憎んで人を憎まず、だよ』


 ふと妹の口癖が聞こえた気がした。

 優しい妹。幸せにしてやりたかった。輝かせてやりたかった。善人が不幸になる世の中なんて、理不尽じゃないか。


 神も仏もない──結局すべては、人間の行動が引き起こす……。


 そんな思いを残したまま、誠は息絶えたのだった。


(兄様は、妹に似てる気がするんだよな。だから……)


 今度こそ、守ってみせる。

 今度こそ、幸せになってほしい。


「兄様の邪魔をするやつは、オレがこの手で、火種ひだねのうちにすべて消してみせる」


 しかも、悪役のままで。

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