第35話 悪役流、有終の美

 アルベールが、意図を持って一芝居打っている。


 ディアンにはそうわかるが、エドモンは忌々しげにアルベールを睨みつけていた。


(なるほど、エドモン兄上が部屋に籠もりがちだったのは、研究に没頭していたからだったのか)


 知らされた事実に、自分がエドモンのことを、上辺しか見ていなかったことを恥じる。


 王宮に上がってから今日まで、エドモンはディアンに関心がなく、言葉も交す機会は稀だった。

 それを、庶子である自分を疎み避けているのだと決めつけていたのだ。


「エドモン兄上、申し訳ありませんが、私はアルベール殿下に協力を仰ぐ際、従僕となると確約を交わしました」


「な、なんということだ……信じられない――」


「と、いうわけですので、資金は自由になりませんよ」


 呆然とするエドモンに、アルベールは危機感を煽るようなことを言う。


「公務はしないのでしょう? ならばご自身で稼ぐしかないのでは。薬草が手に入らないとなると、大好きな研究ができなくなりますよ〜」


 自分にはどうなろうと関係ないことで、歯噛みするエドモンを揶揄い楽しんでいるかのような物言いだった。


 さすがはアルベールだ。研究者にとって、材料を取り上げられるのは死活問題。現にエドモンは苛立ちが増したようで、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 とはいえ、稼ぐ方法など思いつかないだろう。今までの人生で、金など稼いだことはないのだから。


「兄上が調合した、素晴らしい効能のある薬を、隣国へ輸出するというのはどうでしょう。そして、この国の民には破格値で提供する。利益の半分は好きに使っていただいて構いません。いかがです?」


 国や民のためになることだ。十分に公務に携わっていることになると伝える。王族としての面目も保たれるはずだ。


 それに、民が喜びエドモンに感謝を向けるようになれば、彼も変わるかもしれない。自身の満足のための研究ではなく、民のためにと。

 

 傍らに立つアルベールに視線を向けると、それでいいというように頷いてくれた。


 アルベールは自分に、花を持たせてくれたのだ。


「そういうことなら、受け入れてやってもいい」


 尊大に告げてはいるが、エドモンがほっとしている様が、強張りの解けた表情から伝わってくる。


(次にやり込められるのは、オーランド兄上か……)


 アルベールの目が、ぎらりと妖しく光ったのを、ディアンは見逃さなかった。


     ◇◇◇


 エドモンの件がうまくまとまり、アルベールはほくほく顔だ。その笑顔の裏で、滋養強壮に効く薬を調合させてやろうと画策していたのは言うまでもない。

 顔色のよくなったジェラルドを想像し、気分も高揚してくる。


(さて、次はオーランドか。どうやって料理してやろう)


 視線を向けると、オーランドは退屈そうに腕を組み、そっぽを向いていた。


(甘いな、部外者面していられると思うなよ)


 ディアンの命を奪おうとしたオーランドには、それ相応の報いを受けてもらわねば。


「公務を放棄するというオーランド殿下には、これまでに使い込んだ国費を返していただかねばなりませんね」


 手始めに、身につけている宝飾品の数々を、売りに出すと告げてみる。


「バカを言うな! 宝飾は私の生きがいだ。誰が手放すものか」


「おやおや、では他に返せる当てがあるとでも?」


 息を呑み押し黙るオーランドに、当てがあるはずもない。とはいえ、公務をするとも言わないだろう。プライドだけは捨てきれないオーランドだ。ディアンの下で働くとは思えない。


「先ほど、宝飾は生きがいとおっしゃいましたが、宝石を見る目は誰にも劣らないと言えるほどとは思えませんが」


 小バカにし、わざとオーランドを煽ってみる。


「無礼者! 私の審美眼しんびがんをなめるなよ」


 闘志を漲らせるオーランドは、純粋に宝石が好きなだけかもしれない。

 ならば打つ手は決まった。


「これは失礼いたしました。あ~、しかし宝石の善し悪しはわかっても、縁取る金の細工を作ることは無理だろうな~、あの絶妙な引き立ては相当な職人技だしな~」


 慇懃に謝罪したかと思いきや、アルベールは独り言のようにオーランドを挑発する。


「何を言う、私ならもっと宝石を輝かせてやれる!」


 オーランドは、自分ならこの角を丸くして、小さな青い宝石をあしらうと、自身の指にはまる指輪をアルベールに突きつけた。


「兄上、落ち着いてください」


 二人の間に身体を割り込ませ、ディアンはその背にアルベールを庇う。


「そこまでおっしゃるのなら、作ってみせていただきたい」


 ディアンの肩越しから顔を覗かせたアルベールは、さらにオーランドを焚きつける。


「っ――」


 しかしオーランドは言い返す言葉がないのか、悔しげに顔を歪ませた。


「おや、口先だけですか」


 なおも追い詰めるアルベールに、オーランドは感情を爆発させた。


「違う! 道具も素材もないではないか‼」


 あればできる――いや、やってみたいというのが、オーランドの本音のような気がした。気力のなかった目が、輝き始めようとしている。


「わかりました。そこまでおっしゃるなら、場を提供しましょう。我が国で一番の職人の元には、あらゆる宝石と道具が揃っております。そこで、存分に腕を振るっていただこうではありませんか」


 ジェラルドに頼み、城で面倒を見ることになるだろう。前世で言うところの、保護観察というやつだ。


 早急に文を出すと告げると、一瞬オーランドは不安げな顔をした。けれど反論してくることはなかった。好奇心の方が勝ったのかもしれない。


「出来映えがよければ、高値で売れるでしょう。その半分をこの国へ。送られてこなければ、殿下の腕はということですね」


 アルベールは満面に笑みを浮かべ、挑発という名の発破をかける。


「ふん、受けて立ってやる。このような非礼な男の犬になるとは、ディアンの気が知れないな」


 それほどに、ディアンは自国を愛しているということ。なぜ気づかないのか。


 アルベールはその思いを、守ってあげたかった。


「オーランド、エドモン、おまえたちはもう自室に下がってよい。アルベール殿とディアンは、私の執務室に来るように」


 満足のいく展開だったのか、国王はそう告げ、謁見の間を出ていった。

 アルベール自身も、満足のいく結果だ。


(みたか、オレは最終ステージまで悪役を貫き、有終の美を飾ってやったぞ!)


 これぞまさしく『』だろう!


 ジェラルドやフランターナー国に害が及ぶこともない。それどころか、有益を生む結果だ。薬草と引き換えに、エドモンとう腕のいい薬師を手に入れたようなもの。

 オーランドも、王室お抱えの宝飾職人として成長してくれれば言うことなしだ。


 死者を出すことなく、いさかいを治められたことに、アルベールは安堵した。と同時に、傍らに凜と立つディアンの姿に、胸が熱くなるのだった。

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