第33話 もうこれっきりにするから◆side颯◆

 起きてリビングに降りていくと、慈枝よしえさんと母さんとこーちゃんが朝食を作ってる。


「おはよう慈枝さん。起こしてくれれば手伝ったのに」

『おはようはやて君。大丈夫だよ』


『せっかくイノシシ鍋作ったんだから、客間で一緒に寝ればよかったのに。まあ布団は……一組でも二組でも』

「ちょ、母さん!」

『何を想像してるのかな〜、この子は』

「いや、その……」


『颯、あんまり動揺するな。慈枝さんを見てみろ、超然としてるだろ』


 超然? ほんの少し頬に赤みがさしてるみたいだけど……でも、そんなことをいうと、誰かさん達の揶揄い癖に火をつけてしまうからここは、鈍感であるほうが事を収められる、と思う。


「父さんおはよう。慈枝さんすいません、変なことばっかり言う父母で」

『私は気にしてないよ。朝ご飯食べましょ』


 父さん、母さん、こーちゃんまでそんな生暖かい目をしないで。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 今日は、特に行き先を決めないドライブデートをして駅まで送っていくことにした。


 …………


『ねえ、そこを左に曲がって少し1kmでミヤマスカシユリの群生地ですって』

「ミヤマスカシユリの花が咲くのは6月ごろだったと思います。今は咲いてないですよ」

『博物館的なものがないかな」


 群生地の中にレストハウスがあって、喫茶コーナーとパネル展をやってた。


『花びらの付け根が細くなってるのね』

「だから、真上から見ると背景が透けて見えるのでスカシユリという名前になったんだって」

『……花びらが細くなっている部分の曲線がいいわね』

「確かにそうです。俺は、花びらの付け根で背景が透けているのが矢車みたいだと思うよ」


『花の咲いてる時期に来てみようよ』

「うん6月だね」


  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『ねえ、海に行かない?』

「えっ……今日、すこし荒れ気味みたいだよ」

『ううん、波の音が聞きたいの』


「はい、じゃあ砂浜じゃなくて、磯っぽいところへ」


 …………


 海に着いたけど……どうしたんだろ、慈枝さんの表情が冴えない。


『お兄ちゃんね、中3のとき、私の同級生から偽ラブレターをもらったの」

「え……偽ラブレターってウソ告の手紙版ですよね?」

『うん。もっとも、最初はガチのラブレターだったんだけど、その子はいわゆる陽キャとかいう連中に揶揄われて偽だと言ってしまったみたいで』


「俺や俺の周りでは偽ラブレターとかウソ告ってのはなかったけど、そういう作品を担当したこともありますけど、実のところあんまり好きじゃない」

『私も』


『それで、先週お兄ちゃんと琴菜ちゃんは、水族館でデート中にその女に出くわして――』


 俺が結婚式に出てる間にそんなことがあったんだ。

 こーちゃん大活躍したんだ。そういえばこーちゃん、なんというか母さんに似てきたと思ってたけど、たぶんそれがきっかけだったたのかな。


『この話は内緒にしておいてね』

「はい。芳幸さんの名誉は守る、ということですね」

『うん』


 慈枝さんの表情がどんどん曇ってきた。

 これは……


「ひょっとして慈枝さん、何か後悔してるんじゃないですか?」


『……聞いてくれる』

「はい」

『これ、妹の私が介入すればお兄ちゃんに偽ラブレターが渡るのを阻止できて、お兄ちゃんを守ることができたかもしれない。でもその女とは、それほど仲が良かったわけじゃなかったから、介入というか割って入る勇気が出なかった。だから、お兄ちゃんが傷ついたのは私のせいでもあると思う』


 なるほど……ここは、力になってあげなきゃ。


「同級生であっても、あまり仲がよくない人たちの間に割って入るのは難しいと思いますから、そこは、自分を責めないでください」

『でも……』


「慈枝さんは、そのことがあったから芳幸さんとこーちゃんを応援してくれてたんでしょ」

『え?』

「最初のころ、こーちゃんが芳幸さんの家族みんなが応援してくれてるって言ってたことを記憶しています」

『応援はしてたけど、ほほえましいとかそういう理由で……』

「リカバリーという言い方はおかしいですが、偽ラブレターの件で芳幸さんが傷つくことを阻止できなかったからこそ、二人が仲良くなるように応援してくれたんですよね」


「あの二人の原点はそこにあったと思います」


「だから、涼原すずはら家を代表してありがとうって言います」


 …

 ……


 !


 慈枝さんが覆いかぶさってきた。


『ちょっとこのままで』

「俺の、胸でよければ……あ、シート倒します」


『私、こんなにダメージ負ってたんだ……でも、もうこれっきりにするから、もうちょっとこのままで』


 しかし、ウソ告ってどうにかならないものかね。

 芳幸よしゆきさんに、慈枝さんに傷を付けて。

 こーちゃん、芳幸さんは任せた、俺は慈枝さんを引き受ける。


 …………


『ありがとう。楽になったよ』

「よかったです。繰り返しますが、あまり自分を責めないでくださいね」


『うん、胸元に染み付けちゃったね、ゴメン』

「まあ、大丈夫だよ。あれこれ聞かれたら、お茶をこぼしたとかなんとか言っておくよ」


『私のことばっかり喋っちゃったけど、颯君を酷い振り方をした女の……傷残ってない?』


「ありがとうございます。あの時以来、彼女に会っていないのでわかりませんが、その前も思い出したら息が詰まるとかはなかったし、慈枝さんに力づけてもらいましたので、大丈夫と思います」


『そう、もし辛いことがあったら相談してね。当然だけど、私はどんな時でも颯君の味方よ』

「ありがとう。慈枝さんが辛いめにあったら、相談してください。俺も慈枝さんの味方です」


『ねえ』


「……ん」


 うん。一生。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。

 進め! 二人!!

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