第44話 恋人には遠慮しなくていいんだよ◆side颯◆

 まいったな……


「おはようございます」

『ああ、おはようご……声がおかしい?』

「すいません、のどと頭が痛くて悪寒がします」

『謝る必要はないけど、ちょっと待ってて』


 芳幸よしゆきさんが救急箱から体温計を取り出した。


『じゃあ、体温測って。食欲はある?』

「あります」

『じゃ、鶏がらスープで作る卵がゆでいい?』

「何から何まですいません」

『そんなに謙遜しなくても大丈夫だよ。このぐらいは普通だし、もしこの場にことちゃんがいたら、命じられてるよ』


 あ、測定終わった。


「8度2分でした」

『そりゃまずい。関節は痛くない?』

「とりあえずそれはないです」

『じゃ、インフルじゃなさそうだな。医者にかからせてやりたいが、今日は日曜日だから救急しかないんだ。残念なことに』

「寝てるしかないですね、すいません」

『もし、インフルっぽい症状がでたら、即救急車呼ぶから』

「本当に。すいません」

『いやいい。救急箱にマスクと風邪薬があると思うから探してみてくれる? 僕は慈枝よしえに連絡する』


 マスク……あった。風邪薬は……



『慈枝か、はやてさんがな、風邪みたいだ。熱が出てて8度2分だ』

『風邪 !? 颯君をどこで寝かせたの! まさかフローリングに転がしてたりしてないよね!!』

『いや、ベッドを貸した』

『すぐ行くよ。なにか買っていくものある?』


「芳幸さん、風邪薬なんですけど使用期限切れてます」

『え、ああ、ごめん。風邪薬たのむ。えーと今のところ熱、喉痛、頭痛だ。それとスポドリ。マスクしてこいよ』

『わかった』



「芳幸さんの分のマスクです。潜伏期から考えて、たぶん、ベッドは関係ないですよ」

『ああ、ありがと。それはそうなんだけどな、慈枝はガミガミ言うだろうな。何せ颯君の一大事だ』

「そんな一大事なんて」


『よし、溶き卵を入れて……ごま油を回しかけて、よしできた』



『はい、おかゆと梅干。あとタンパク源の煮豆。食べられる分だけでいいよ』

「いただきます」


 …………


『お、来たな』


 ピンポンの押し方に怒りがこもってるよ。

 喜んでいいのか?


『いらっしゃい』

『いらっしゃいじゃないわよ! 颯君、大丈夫? お兄ちゃん、そのベッド、瑕疵かしがあるんじゃない』


 瑕疵?


『瑕疵と言われても……』

『じゃ、なんで風邪をひくのよ!』


「慈枝さん。病気には潜伏期ってありますから、こっちに来る以前に罹ってたと思います。それより慈枝さんは大丈夫ですか?」

『え、私。大丈夫だけど』

「よかったです。うつってなくて安心しました」


 沈静化できたかな。


『ごめん、カッカしちゃった』


『慈枝、風邪薬を』

『うん、買ってきたよ』

『こんなに……おいおい、救急箱に入りきらんぞ』


『颯君、熱、頭痛、喉痛だったらこれがいいんだって。咳がひどくなったらこれを使って』

「うん、ありがとう」

『ほら慈枝、水持ってってやれ。何なら口移しで飲ま『お兄ちゃん。変なこと言わない!』』


『スポドリは……またずいぶんいっぱいだな』

『帰りにカート返さないと』

『カートで来たのか?』

『アパートの前までね』


『薬飲みおわった? じゃあ寝て』


 …………


「えっと、どうして慈枝さんが寝室についてきたんですか?」

『万一容体が急変したら対応しなきゃいけないから。あ、熱が8度台後半まで上がった場合は座薬を奨められた。』

『座薬ですか、そうなったら使います』

「ううん、入れてあげる。これでも晶で経験あるのよ」


 神様、どうかこれ以上発熱させないでください。


『眠るまで一緒にいてあげるよ』


 でもよかった、慈枝さんにうつしてなくて……


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 目が覚めた。


 悪寒、頭痛、喉痛とも幾分は和らいでる。


『あ、目が覚めた? どう具合は?』

「おかげさまで悪寒、頭痛、喉痛とも幾分和らいだよ。ひょっとしてずっといてくれたんだ」

『まあね……うん、スポドリ用意するからリビングにいきましょ』


『慈枝、俺買い物に行ってくるから』

『行ってらっしゃい』


「そうだ、Lilasリラ先生に連絡しないと」


「もしもし、涼原です――」



「どうやら、Lilas先生とかにはうつってないみていです」

『それはよかった。はいスポドリ』


 熱があるからかな、おいしい。


「デート台無しにしちゃった、ごめんね」

『謝らないでいいよ。私も生理になったから』

「あ」

『だから、おあいこだよ。ごめんなんて言わないで』



『ところで、月曜日年休とってるんだよね』

「うん、だから今日帰らなくてもいいんだけど」


『いいんだけど?』

「芳幸さんのベッドを奪っちゃってるから、幾分体調が回復してる今がチャンスかもしれない」

『うーん。とにかく体温測って』

「うん」


 …………


「7度8分かー」

『それは微熱を超えてるよ。電車で2時間はおすすめできないよ』

「でも……」

『うちに、来ない?』

「えっ」

『恋人の兄には遠慮しなきゃいけないかもしれないけど、恋人には遠慮しなくていいんだよ』


「……」


「お邪魔させてもらっていいかな?」

『お邪魔するなんて思わないで。じゃあ、おかゆあっためて他にもなんか作るね』

「うん」


 …………


「ごちそうさまでした。野菜スープ美味しかったです」

『それはなにより。うん、薬飲んで』



「はい、洗い物を手伝えなくてすいません」

『気にしなくていいよ。あ、休む前にスポドリ飲んでって』

「はい。おやすみなさい」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 あ、もう暗くなってる。


 うーん、熱が下がったのかな、悪寒はなくなったけど、頭痛と喉痛はあんまり改善してないな。


 うん、



『――風邪をひいたみたいで。すいません私の管理がよくなかったです』


あれ、慈枝さん電話してる……ああ、母にか。


『いえいえ、それでまだ熱があるんです』


『はい、そのようです。だからもう一晩こっちに泊めます』


『はい、わかりました。いえ、そんな負担とかないです』


『では、失礼します』



『あ、起きたんだ。どう調子は?』

「悪寒はなくなりましたが、頭痛と喉痛はあまり変わってないような気がします」

『とりあえず、検温ね』


「母に電話してたんですか」

『うん、熱が下がり切ってないからもう一晩泊めるって』


「7度2分。微熱ですね」

『熱が下がり切ったらとも思ったんだけど、微熱がのこってるね。今日は帰ることはあきらめたほうがいいよ』

『慈枝、タイガーモスは乗っていったままでいいよ』

『ありがとうお兄ちゃん』


『荷物積んじゃうね。あ、カート返してくるから』


 慈枝さん、俺の荷物を持って、出て行った。



『あー颯さん』

「はい」


 芳幸さんの顔が締まってきた。

 なるほどかっこいい……こーちゃんが惚れるのもわかるような気がするよ。


『妹をよろしくね』


 そうか、幼少期の芳幸さんの唯一の遊び相手が慈枝さんだったから、晶君が慈枝さんに抱いてた気持ちと似たような気持が芳幸さんの中にはあったんだ。


 ここでも一つの時代が終わったということか。


「はい、二人で歩いていきます」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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