第45話 二人分の洗い物って……何か新鮮◆side颯◆

『大丈夫、はやて君、車から降りるよ。そうだ、肩貸してあげる?』

「ありがとう、でも倦怠感はなくなったし足腰は健全なので大丈夫だよ」


『気を付けて、颯君、エントランスのところ階段になってるよ』

「ありがとう、でも両目は見えるから遠近感は掴めるし、引き続き足腰は健全なので大丈夫だよ」


『えーとカードキーは……大丈夫、颯君、自動ドアのレールに気を付けて』

「ありがとう。でも幅が1cm弱のレールにはつまづかないから大丈夫だよ」


『大丈夫、颯君、エレベータに酔ってない?』

「ありがとう、でもこんな短時間では酔いようがないから大丈夫だよ」


『大丈夫、颯君、玄関ドアの次は上がり框の段差があるよ』

「ありがとう、でも引き続き両目見えてるし、足腰は健全なので大丈夫だよ」


『今日はダージリン、3時の位置ね』

「ありがとう。右側ですね。でも目は見えてるから大丈夫だよ」


「おいしいよ」


『ありがとう。じゃあ、ぱぱっと晩ご飯作っちゃうね。もうおかゆじゃなくて大丈夫?』

「たぶん大丈夫だと思う。あっと体温測ったほうがいいのかな」

『うん、これで測って』


「7度3分、変わらないなー」

『0.1度上がってる。やっぱり無理があったんだ。ごめんね無理させちゃって』

「そんな、0.1度なんて……誤差範囲ですよ」


『もうすぐできるから』


 …………


『できた。そぼろうどん、コマツナのお浸しと香の物がわりの紅ショウガ。品数多くないんだけどごめんね』

「これだけあれば十分ですよ。じゃあいただきましょう」


「このそぼろ、あっさりしてておいしいですね」

『それ大豆ミート。今の颯君には肉よりいいかと思って』


『紅ショウガおいしいです』

『よかった。紅ショウガは体を暖めるんですって』

「ほんとですか。それはいいですね」


 …………


「ごちそうさま、おいしかったです」

『薬は持ってきてるよね』

「はい」



「びっくりしましたよ、慈枝さんが血相変えて飛び込んできたので」

『それはごめんね。颯君が風邪をひいたって聞いたからびっくりしちゃって』

「いえいえ、ありがとうございます。あんなにいっぱい大変だったでしょう」

『兄のアパートの近所にドラッグストアがあって、そこからアパートまでフラットだからそんなに大変じゃなかったよ』


 お店のカートを借りて、押してきたってのはすごいね。


『そろそろ寝たほうがいいよ』

「えーと俺はどこで寝るんですか?」

『当然ベッドよ』

「あの……」

『病人は遠慮しない、私なら予備のマットレスと毛布があるから大丈夫よ』

「えっと、お風呂に入ってないけどいいんですか?」

『汗をかく時期じゃないからいいわ」


 でも、正直言って、ベッドはありがたい。


「あの、慈枝さん風邪ひいたりしないですか?」

『あの毛布は無敵だから大丈夫。それに私結構体丈夫なのよ』

「じゃあ、すいませんが、ベッドを使わせていただきます」

『うん、使って』


 いよいよ、慈枝さんの寝室に入る。

 女性の部屋は、こーちゃんの部屋しか経験がない。


 お邪魔します。


 いい匂いだ……バクバクしてきた。

 ぬいぐるみがいっぱい……そういや、集めてるって言ってた。


 って。俺、ラノベの男主人公みたいになってるな。


『あっと、明日リモートワークだからパソコンをリビングに持ってっちゃうね』

「手伝いますか?」

『ノーパソだし、Wi-Fi接続だから簡単に移動できるよ。あ、電源コードをお願いできる?』


 ん、あれ、あのショップブランドのゲーミングノートじゃない?

 実はあれ欲しいんだよね。

 俺が持ってるパソコンは、今やってるゲームのコマンド画面には問題ないけど交戦アニメーションがカクカクするんだよね。まあ、交戦アニメーションはただ眺めるだけだからいいっちゃいいんだけど。


 いよいよベッドへ。


 バクバクしてるよ。


『どうしたの、顔が赤いけど。また熱出た?』

「その……」

『その?』

「その……興奮しちゃって」

『興奮?』

「ごめん、こんなこと言われたらいやだよね」

『ううん。健全だと思うよ。でも、今日のところはいいい子で寝てね』

「うん……おやすみ」


 ◆◆◆◆◆◆side慈枝◆◆◆◆◆◆


 寝ちゃったね。


 洗い物をして、明日のリモートワークの準備をしとかなきゃ。会議もあるんだよね。



 二人分の洗い物って……何か新鮮。


 …………


 さて、ログインして、


“ようこそ、設計部統合AIへ。そろそろ自律神経の切り替わり時ですのでミスに注意願います”


 毎度思うけど、このログインメッセージ、誰が教え込んだ? 

 無駄にもっともらしいのが小憎たらしいんだけど。



 えーと、まず案件の設計計画書を確認して――


 試験結果も、おおむね予想通りだから設計を修正する必要はないかな。


 うん……大丈夫。明日の会議で胸張って報告できる。


 …………


 それと、明日の会議に備えて、気づきを整理しておきましょう。

 まず、――


 …………


 うん、こんなもんね。


 よし、ログアウト。


Ni saニサ moceモゼ


 なにこれ?


 えーと……フィジー語で“おやすみなさい”……

 誰、こんなこと教え込んだのは。


 よし、お風呂に行こう。


 …………


 颯君、

 うん、よく寝てる。


 ちょっと前までは颯君を泊めるなんて考えられなかった。

 やっぱり、一緒に水着を選んだことが自信につながったのかな。



『……さん』


 寝言?


『……』



『よしえ……』


 えっ!!


 どうしてこんなにドキドキするの? ただ呼び捨てただけなのに。


 私の名前は呼び捨てしやすいみたいで、家族は全員呼び捨てだし、KamalカマールΜαργαρίτηςマルガリテスLaleラーレも、学生時代の友達もみんな呼び捨だったから、慣れてるはずなのに……



 これが、

 あの雑誌で読んだ……歓びというやつ?


 こんなにもドキドキして、こんなにも熱くて、気持ちいいものなんだ。

 

 颯君の寝顔を見てると……居ても立っても居られないという気持ちになる……


 あっ!

 ●●●●●●●●●


「その……興奮しちゃって」


 ……


『ううん。健全だと思うよ。でも、今日のところはいいい子で寝てね』


 ●●●●●●●●●


 そ、そうだよね、颯君風邪ひいてるんだから、はよくないよね。

 だから私もいいい子で寝よう。



 下着、汚しちゃったから取り替えて、もう一回シャワー浴びなきゃ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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