第8話 ビーフストロガノフやザワークラウトばっかりが料理じゃない

 夕食、入浴が終わって、はやて君は私の部屋にいる。

 私の部屋といっても、現在の生活の拠点は元住んでた家の近くのマンションで、実家の部屋は寝るためだけの部屋ということで、クローゼットの他は、ベッド、ローテーブルぐらいしかない。

 颯君を迎えるにはちょっと殺風景かな?


「颯君、さっきはありがとうね」

『え?』

「決して軽い気持ちで告白に返事をしたわけじゃなかったんだけど、そこまで颯君に影響を与えてたとは思わなかった。ごめんね」


『いえいえ……俺のほうこそ、人生を変えてもらいましたなんて重いですか?』

「ううん。今日の映画の感想じゃないけど、私も颯君に教わることはいっぱいあると思う。だからよろしくね」

『こちらこそ、よろしくお願いします』



『そうだ、“寝た子を起こさない運転”について教えてください』


 ……これは、あたりまえのニュートン力学であって、決してオカルト、心霊、ホラー要素はないんだけど……まっとうな理屈に対して逆に引く人いるし……


「さっきも言ったけど、颯君ができなくてもダメなんて言わないよ。それとも誰かから何か指摘されてるとかあるの?」

『指摘されてません。純粋にスキルを身に着けたいんです』


「うん、進行方向のGってのは加減速によるGね。横Gはカーブを曲がるとか車線変更によるG、これにはロールも影響するよ。それと停まる瞬間のカックンを抑えるのが“寝た子を起こさない運転”です」

「まず、加減速によるGについては、――」


 …………


『なるほど確かに一生ものですね』

「趣味だっていったのがわかるでしょ?」


『はい。でもやってみます』


 よかった、颯君引くことなく食いついてくれた。


 でも、例えば颯君が仕事関係で女を乗せて、その女が“運転上手ね”なんて関心を持ったらイヤだよ。

 でも、他の女が乗ったときは揺らしてなんて……言えないよね。


「どうする、明日練習する?」

『自動車保険の関係もありますから、家に帰って自分の車で練習します。残念ですけど』

「慎重なのね。じゃあ、明日はデートにしましょ」

『はい』

「んー、何時までに駅に着けばよいかな?」

『7時半頃の特急に乗れれば幸いです。少し早いですが夕食もご一緒できればと思います』

「うん、じゃあ、コースは任しといて」



「颯君、客間で寝るんでしょ」

『はい、布団を敷いてあるそうです』

「じゃあ、おやすみ。明日もよろしくね」

『おやすみなさい』


 Kamalカマール Ramanujanラマヌジャンに報告しておこう。


 ♪

【Kamal】通話いい?

【慈枝】いいよ


『おめでとう』

「ごめんね、黙ってて」

『黙ってた罰だ。全部ゲロしな!』


「Ramanujan家のお嬢様がしていい言葉遣いじゃないよ。純朴だったKamalはどこに行った?」

『純朴だったYoshieは、今日どんな濃厚な行為を?」

「今日恋人になったんだから、まだ何もないよ」

『12年間溜めてきたんでしょ。本当は?』

『本当も何も――』


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「お母さん、おはよう」

『あら、慈枝よしえおはよう。早起きね。すぐ作るから待ってて』

「今日は私が作る」

『あらあら。颯君に食べさせたいのね』

「まあそんなところ。ビーフストロガノフやザワークラウトばっかりが料理じゃないことを知ってもらわないと」


『フフ……そんなに気負わなくても、先は長いわよ』


 長いからこそ、今しっかり条件付けしておかないと……


『ご飯はあと30分で炊き上がるわ。まだ、何も始めてないからメニューはご自由に』

「うん」


 冷蔵庫の中身は……よし、サンマのみりん干し、シジミの味噌汁、キュウリのサラダ、お好みで韓国のりで行こう。


 …………


『おはよう美都莉みどり、慈枝が作ってるのか』

隼人はやとさんおはよう。なかなか手際が良くなったみたい。お団子だと言って雑草を丸めたものを食べさせようとしてた子がねー』

『あれは……さすがの芳幸も逃げたから俺が食べたんだぞ』


「ちょっとそこ、うるさい」


『はいはい、颯君に雑草を丸めたものを出してはだめよ』

「そんなの出すわけないじゃない!」



 キュウリは粗塩でざっくり和えて、と。

 よーし、シジミの味噌汁は……うん、いい味。シジミを多めに使ったのが功を奏してる。

 ネギの小口切りを散らして、と。

 うん、干物はいい焼き加減……よし出来上がり!


『おはようございます』


「颯君おはよう」

『おう、おはよう颯君』

『おはようね、颯君』


「ちょうどできたところよ」

『え、起こしてくれれば手伝ったんですよ』

「大丈夫よ」



『『『「いただきます」』』


『シジミの味噌汁おいしいです』

「よかった」


 よし!


「シジミは出汁取らなくてもシジミのうま味でいけるから楽よね」

『そうそう』

『慈枝さん、これ出汁取ってないんですか』

「それだけシジミが偉大なのよ。あ、開いてない貝は食べないでね」



『颯君、サンマの頭は食べなくていいのよ』

「大丈夫、喉に引っかかったりしてない?」

『あ、つい食べちゃった。母にやめろって言われてたんだ……えっと、カルシウムの補給っていうことで』



『キュウリのサラダおいしいですね。我が家はこの時期トマトに粗塩をかけたサラダがでます』

「ふ~んトマト。お母さん今度やってみよう」

『そうね、芳幸、今頃食べてるのかしら』

『そうかもしれませんね。こーちゃん好きですから』


 …………


『『『「ごちそうさまでした」』』』

『おいしかったです』

「よかったわ」


『(ヒソヒソ)雑草団子』

『(ヒソヒソ)隼人さん、余計なことを言わない』


 …………


『じゃあ、お世話になりました』

『体に気を付けて。いつでも遊びに来ていいぞ』

『慈枝、ちゃんと送ってあげるのよ』

『次は俺の車できますよ』


『おお、そうか、ここだけの話、湖脇の森の中にホ『「お父さん(隼人さん)余計なことを言わない!」』


 そんなところに入るはずがないじゃない。

 主に私がヘタレだからだけど……


『紳士として振る舞うべきですので……』


 颯君も余計な反応を……ここは無言でいいのよ。


『ではまた』

『うむ、またおいで』

「いってきます」


『暖かく迎えてもらえて、来てよかったです』

「そう、ありがと」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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