第9話 掌

 そういえばはやて君出版社に勤めてるのよね。

 担当の作家さんも何人かいるっていってたっけ。


「ねえ、颯君が担当してる作家さんは誰?」

『うん、この近くのだとLilasリラ先生です。あ、これペンネームです』


「あ、知ってる。“占いにライラックを飾っておけばOKってあったのに効果がないから訴えようと思う件”がよかった」

『はい。毎度ありがとうございます』

「出版社の社員!」

『独り立ちして初めて担当した作品なんです。書店で平積みされてるのを見たときはすごくうれしかったです』

「そうなの?」

『落ち込むことがあったら、を思い出して自分を奮い立たせてました』


『でも、これからは慈枝さんにします』


 これって……私に支えられることを求めてるのよね。意識してないかもしれないけど。

 無意識だったらとんだドンファン……茶化すのはやめよう。颯君真剣だ。


 私は支えることを求められるのはイヤか? 


 …

 ……


 颯君ならイヤじゃない。

 

 だから、

 私も颯君に支えられることを求める。


「ありがとう、私もつらいことがあったら颯君を思い出すことにするわ」

『こっちこそ、ありがとうございます』



『海がきれい……いい景色ですね』

「でしょ。昔、どこかの国の駐日大使がこの景色に感動したという話が残ってるわ。ちょっと休憩していきましょう」

『はい。ちょっと喉が乾いてきました』


 売店に向かおうとしたら、のぼりが目に入った。


『あれ、ここは恋人たちの聖地だそうですよ』

「確かここは……南京錠を掛けるものね」

『俺、やってみたいんです。付き合ってもらえますか』

「うん、いいよ」


「おじさん、南京錠ください」

『サビないのがいいです』

『いらっしゃい。とっておきのがあるよ。なんとオリハルコン』

『ちょっとアンタ変な事言わないの! ごめんなさいね、真鍮ですよ』


 オリハルコン? 真鍮?


『ハハ、奥さん。大丈夫ですよ』

『あそこのフェンスに南京錠を掛けて、鍵をあの箱に入れていくんだよ』

『「はい、ありがとうございます」』


「颯君。オリハルコンって?」

『一般認識では架空の金属なんですが、アトランティス伝説の考証で真鍮だっていう説があるんです。まあアトランティス自体未確認ですが』


「真鍮……最強おうじゃの剣とか、最強のナックルダスターカイザーナックルが実は真鍮……なんだか興ざめ」

『ま、ファンタジーはファンタジーとして、歴史は歴史としてですよ』


 いいこと言うね。


『フフッ、そうね』


『ああ、あそこですね』

「ねえ、みはらしの鐘を思い出さない?」

『ちょうど思い出しましたが、あそこ恋人たちの聖地でしたっけ?』

「なりきれてないみたい」


 錠前を掛ける金網フェンスは、崖っぷちにあった。

 崖を吹き上がってくる海風が気持ちいい。

 

「このあたりかな」

『そうですね……施錠ヨシ!』

「写真撮っときましょ。もっと寄って」

『はい……で、鍵はあの箱に入れるんですよね』



『崖、すごいですね。何か罪を告白させられそう?』

「颯君もそう思う?」

『はい。で、“早まるな! 今ならまだやり直せる!”』

「フフッ、似てるよ?」

『なんで疑問形?』



『恋人たちの聖地って、今までやっかんでばっかりだったけど、今日はいい思い出になりました』

「私もよ」



「ねえ、手繋ぎましょ」

『え、いいんですか?』

「いいにきまってるでしょ。私達、もう恋人同士だよ」


『は、はい』


 颯君の手、大きくて、温かくて、堅いけど柔らかい。

 だけど、ちょっとビビってる?

 車に乗ってから聞いてみよう。



「どうして手を繋ぐのにビビってたの?」

『怒らないでください。慈枝さんと知り合う前ですが、その……告白したことがあるんです』

「怒らないけど……うまくいかなかったかな?」


 私にとっては良かったけど。


『はい。相手にしてもらえなかったんです。その、自意識過剰と言われて……だからドギマギしてしまって』


 私と知り合う前だから中学生時代……にしてもひどい女だ!

 ああ、でも颯君に辛いことを思い出させちゃった。元気付けてあげないと。


「忘れろとは言いません。ですが、その女は見る目がなかった、颯君の魅力を捉えることができてなかったからそんなことを言った、と考えることはできませんか」

『慈枝さん……』

「私はちゃんと颯君の魅力を捉えてるから安心していいよ」


『ありがとうございます。未来へ向こうっていったのは俺でした』


『えーと照れくさいんですけど、俺の魅力って何ですか?』

「颯君は、真っ直ぐで、私に真摯に接してくれるところが魅力よ」


 そう、みはらしの丘の時、颯君の部屋で勉強を教えてる時と、変わってない。

 だから、あの頃と同じく好感が持てる。


『ありがとうございます……慈枝さんは、夕べ言ったように俺の人生を変えてくれましたし、俺が言ったことに対してちゃんと考えて応えることを魅力に感じます』


『「今後ともよろしくね」』


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 夕食はお兄ちゃんおすすめの“ヴァルキュリャ”で摂って――私のマンションでってのはまた今度にしよう――予定通り、颯君を7時半に駅に送り届け、特急で帰した。


 ♪

 え? もう帰りついた??


【琴菜】慈枝さん、音声通話いいですか?

【慈枝】いいよ


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


『よ、慈枝さんこんばんわ、ご無沙汰をしています』

「こんばんわ、お久しぶり。緊張してる? 大丈夫だよ」

『は、はい。あの、お兄ちゃん大丈夫だったでしょうか?』

「え?」

『その、お兄ちゃんって結構だらしないというかダラーっと力を抜くんです。そんな姿を慈枝さんに見せたんじゃないかと思って……』


 女は男兄弟を低く評価しがちなんだよね。これって、母親目線なのかな?


「そりゃ、家族の前では気も抜くでしょう。大丈夫、昔と変わらず素敵だったよ」

『よかったです』


『あの、私達、行き先の告げずに引っ越してしまって、おかあさんは許してくれましたけど』

「たぶん母も同じことを言ったと思うけど、天災だったし、インタビュー動画で自分の存在をアピールしてたでしょ。あれはすごいと思うよ。琴菜ちゃんは自分にできること、自分にしかできないことを実行して、運命を切り拓いたんだから自信をもっていいよ」

『はい、ありがとうございます。今度挨拶に行きます』

「琴菜ちゃん受験生でしょ、あんまり無理しなくていいよ」

『模試の結果を見て決めます』

「受験が優先することはみんな分かってるから、判断は慎重にね」

『はい、ありがとうございます』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 オリハルコン製品については……古いですね。

 通じないかもしれないですが書いてみたかったんです。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る