第5話 ここから◆side颯◆
俺は、あの時告白できなかった。
そのチャンスに告白できなくて、そのあとあの台風で……
あの後悔はもうごめんだ。
「
間に耐えられない。息が止まりそうだよ。
慈枝さんの表情が柔らかくなっていく……大丈夫だった、と思っていいのか?
『ありがとう。私も颯君のことが好きよ……でも、よく聞いて』
「え?」
『私ね、あの後男の人と付き合ったの』
『颯君のことをあきらめたつもりになって……その、どうかしてたんだと思う』
『でも、あんまり長続きしなかったの。たぶん、無意識にその人に颯君を求めていたんだと思う。でもというか、当然というか、誰かの替りはできないって言われた』
慈枝さん、男の人と付き合ったんだ……
その人に俺を求めたって……そいつには悪いけどちょっとだけうれしい。
いやいや、慈枝さんが辛そうな顔をしてるじゃないか。慈枝さんが苦しんでるのにそんなことを考えてはダメだ。
ん-と、未来が大事で過去は関係ない……と言い切れる。
よし、これで慈枝さんの笑顔を取り戻す!
「慈枝さんは魅力のある人だから、そこらの男どもがほっとかない思います。でも、俺の気持ちはそんな過去のことの影響を受けません」
『……気にならないの? どこまで進んだか、とか』
慈枝さん、ズルいです。気にならないわけはない……それを正直に言ったうえで、気持ちをぶつけよう。これでだめならあきらめる……望まないけど。
「気にならないといったら嘘になります。でも過去より未来のほうが大事です。俺と一緒に未来に向いていただけますか?」
『ありがとう。二人で未来へ向かいましょう』
良かった、笑顔を取り戻せた。
これを絶やさせてはいけないんだ。
『フフ』
「ハハ」
『よかった、引かれたらどうしようと思ってた。手を繋いだだけだよ』
「もうそれは気にしませんよ、俺のほうこそ、チャンスをものにできなかったヘタレには興味ない、とか言われたらどうしようと思ってました」
『チャンスって私が部屋に行った日のこと? 大丈夫、まだチャンスは継続中だよ』
良かった。
本当に良かった。
「俺のことを忘れないでいてくれてありがとう」
『私のほうこそ、忘れないでいてくれて、ありがとう』
…………
慈枝さんが大学時代バイトしてた喫茶店は、マスターとマスターの奥さんの二人でやってるお店だ。
いい香りが漂ってる。
『いらっしゃい、慈枝ちゃん』
『こんにちは、マスター』
『そちらは彼氏さんかい?』
「こんにちは、3分ほど前からの彼氏で、
なぜ、分かったんだろう。
『そうか、喫茶
「はい、もちろんです」
『慈枝ちゃんいらっしゃい。ご注文は決まってますか?』
『奥さんこんにちは。私はヘーゼルナッツクッキーとアールグレイください』
「えっと、俺も同じものをお願いします」
『はい、ヘーゼルナッツクッキー二つとアールグレイを二つね』
『「はい、お願いします」』
『貴方が慈枝ちゃんの彼氏でしょ。ウチの看板娘を落としたんだから、責任持ってよ』
『そんな、奥さん。看板娘だなんて……』
制服とかあったのかな……
奥さんはカマ―ベストに白いエプロン……ちょっと古風だけど、店の雰囲気とは良く合ってる。
慈枝さんはどんな服だったんだろう……
メイド服だったりして……
『本当だぞ、慈枝ちゃんが就職のためにやめたら売り上げが下がったぞ』
『「え!」』
『この人ったらおかしいのよ、慈枝ちゃんがやめる前後の売り上げをウェルチのt検定で比較したのよ』
『P値は0.015で有意水準の0.05より小さいので有意であり、慈枝ちゃんが居たときと居なくなってからの売り上げが変わらないという帰無仮説は棄却される、と』
「えーと、ウェルチのt検定って統計的な手法ですよね」
『マスターは、引退したけど大学院の理工学研究科の教授で、奥さんは准教授だったのよ』
『慈枝ちゃんの友達の
「え、Ms.Ramanujanって
『『ほう、くわしく』』
『俺は、聞いただけですし、その、学術的にちゃんとした言葉で話す自信がないですが――』
…………
「ところで、いい映画でしたね」
『うん、ハッピーエンドはいいわね……あの映画、一部の評論家からは主人公君が大人になれてない劇でしかないって酷評されてるらしいけど』
確か、映画の感想って価値観、世界観があらわになるから要注意だって先輩が言ってた。
でも、ここでウソついても、価値観、世界観なんてどのみちバレる、というか現れるから、ここは、ストレートに行く。
「あれは、いわゆるマリッジブルーだと思います」
『なんでそう思うの?』
「職場の先輩がああいう状態になったんです」
『結婚式前日に逃げ出しちゃったの?』
「さすがにそこまでではないです。だけど、だいぶ奥さんとなる女性――今は奥さん――を困らせたみたいですよ。第三者はそれを“大人になれない”と見ることもできて」
『ああ、確かにSF的な設定もあって、事態の深刻さが増してるから……そうね、そういう見方をする人はいるわね。もともとの主人公君のイメージもあるからますます』
「ま、見方は自由で、“大人になれない”と片付けるのは簡単ですけど、俺は、男たちへのメッセージだと受け取りました。あ、ちなみに、その先輩の行動を俺たち第三者はもっぱら駄々っ子と批判しましたが、当の女性……奥さんになった人はそう思っていなかったようです」
「その先輩のことを俺達よりずっと理解してたんですね」
これで“価値観が合わない”とか言われたらあきらめよう……望まないけど。
『うん、なるほど、そうするとヒロインの行動も理解できる……ねえ、私にあんなふうに振舞ってほしい?』
「え……いや……まだ」
『まだ?』
「そういう判断は、もっとお互いのことを深く知ってからがいいと思います」
「でも、俺は、それをゴールとします」
『うん、私もそうするよ』
ありがとう慈枝さん。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ご訪問ありがとうございます。
本当によかった!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます