第48話 弓削部(ゆげべ)さん

「ねえ、そっちで最近流行ってるバンドがあるって聞いたけど」

『ああ、夢一閃ゆめいっせん……夢、漢数字の一、ひらめきで夢一閃っていう女性5人組のバンドだよ。興味ある?』

「夢一閃、いい名前ね」

『えーと、力強いボーカル、同じく力強い演奏という感想が多いな』


「ふーん。そのバンドのライブに行ってみたい」

『俺も興味ありますから、ぜひそうしましょう。えーと、次のライブは……11月21日の土曜日、Dreamersドリーマーズっていうライブハウスだね。チケットは俺のほうで手配するよ』

「ありがとう、お願いね」


『で、今週末なんだけど、申し訳ないけど7日の土曜日が高校の同窓会なんだ』

「旧交を温めるのはいいことだよ。申し訳ないなんて言わないで」


 どっかの携帯電話のコマーシャルみたいに元同級生(女)と旧交を温めすぎてはだめだよ。


『うん……そうだね。じゃ行ってきます』


「それで、私のほうも同窓会があって、これが14日の土曜日。ずいぶん開いちゃうね」

「そこで提案があって、11日の水曜日、そちらの町に住んでる新人作家さんと午後イチから打ち合わせなんです。だから、昼食ご一緒できるよ』

「担当する作家さんが増えたんだ、やったじゃない」

『雰囲気ある地の文を書く作家さんで、編集部期待の星です』

「11日のお昼ね。お店は、お兄ちゃんとか職場の同僚たちに聞いてチョイスしておくから、改札で待ち合わせましょう」

『改札、諒解です』



「私も、27日出張なんだけど、用務先が結構遠隔地だから26日の木曜日に前日移動なの。ちょうどお昼にそっちの街に差し掛かるよ」

『だったら良いイタリアンレストランがあるんですよ。ディナーにもいいけど、ランチもいいですよ』


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 颯君も私もこの年の11月は、なんやかや週末が埋まってて、二人そろってフリーなのは21日(土)・22日(日)と28日のみだった。

 水着は納品してるけど、ナイトプールは28日かな。忘年会シーズンだったり、何かと忙しい年末ということでちょっと心配……


 でもまあ、機会は大事にしないと、ね。


 まずは11日の昼食だ。

 お兄ちゃんとKamalカマール RamanujanラマヌジャンΜαργαρίτηςマルガリテス ΗλιάδηςイリアディスLaleラーレ Aykaçアイカチにランチ向けのいい店を紹介してもらおう。


 チャットできればいいんだけど、お兄ちゃんは琴菜ことなちゃんによって女性の連絡先を登録することが禁じられてるそうなので、ヴァルキュリャでディナーにした。


「みんな集まってくれてありがとう。まずは」

『『『「かんぱーい」』』』


 …………


『それで慈枝よしえ、駅近くでランチ向きのレストランを紹介してほしいんだね』

『ふ~ん、何の目的で知りたいのかにゃ~』

『Lale野暮なこと聞かない。もちろんデートに決まってるじゃない』

「あ、11日に利用するから、水曜日定休は困るよ」

『平日の昼間って大変だな』

「11月、多分12月はお互い忙しくて会う機会が限られているから、機会を大事にしないと」


『駅蕎麦ってわけにいかないんよね』

「嫌いじゃないけど、落ち着いて話せないからできれば避けたほうがいいと思う」

「フフ、颯君のお父さんは、颯君のお母さんとの交際時代に駅蕎麦に連れてったことがあるんだって」

『駅蕎麦で……大丈夫だったの?』

「おかあさん、笑って話してくれたから、大丈夫だったんじゃない」


『よし、じゃあ案を出し合おう。僕は自由通路にある――』


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


武川たけかわさん。ちょっといい?』

「はい、大湊おおみなと主任」

『案件666変更2のことなんだけど――』

「それでしたら、基礎試験課に確認試験を依頼してあって――」


 あー12時になっちゃった。


『実はクライアントから、追加依頼があって――』


 …………


 5分オーバーしちゃった。急がなきゃ。


 駅は橋上駅に改築されて、改札が1ヶ所だけになったので行違う心配がない。


 え?

 颯君が、女性? と話をしてる。


 ナンパ?

 急がなきゃ。


「颯君……お待たせ」

『慈枝さん、こんにちは。どうしたんですか息を弾ませて』

「大丈夫よ。その、こちらの方は」

『はい。この近くの中華レストラン“儀狄ぎてき”でお孫さんと待ち合わせだそうですけど、そのお店の場所がわからないそうなんです。ここ俺たちが行くところですけど、俺も場所を知らないんで』

弓削部ゆげべさん、彼女はこの街に住んでますので詳しいですよ』


『お嬢さんごめんなさいね。私は弓削部といいます。孫と待ち合わせてるのは“儀狄ぎてき”という中華レストランなんですけど、移転したみたいで場所がわからなくなってしまって』


『はい、中華レストランの“儀狄”ですね。確かに移転しました。私たちもそこに行くので一緒に行きましょう。あ、私は武川たけかわといいます』


 颯君に場所を伝えてなかったのは手抜かりだった。

 あとで謝っておこう。


『デートに割り込んでしまってごめんなさいね』

『大丈夫ですよ。お孫さんはおいくつですか』


 ……おばあちゃん、妙に肌艶がいいんだけど。

 颯君がニコニコするから、おばあちゃんの肌艶がよくなるんだよ……マダムキラーめ!


『23歳です。今年大学を卒業して働き始めたんですが、時々こうして食事に誘ってくれるんですよ』

「それはいいお孫さんですね」

『あの子、父母を早くに亡くしてしまって私達夫婦が引き取って育てたんです』

『俺たちにはうかがい知れないですが、それは苦労なさったんですね』


『苦労はしました。でも、立派に成長して、こうやって誘ってくれるから今は幸せです。何より本当の母親のように思ってくれてるんです』

『それはよかったです』


「おめあての“儀狄”ですが、この北口の駅ビルの最上階に入ってるんですよ」

『エレベータ来ました。乗りましょう』


『北口の駅ビルの最上階』


 おばあちゃん、メモとってる。


 …………


『いらっしゃいませ。三名様ですか?』

「いえ、こちらの方は待ち合わせだそうです」


『おばあちゃん! 遅いから心配したよ』

『ごめんね、すぐる。このお店、移転したのを知らなくて、どこにあるかわからなくて困ってたら、この方たちが案内してくれたの』

『移転……そうだ、移転してたんだ。ごめん、駅で待ち合わせるとか家に迎えに行けばよかった』

『祖母を案内していただいてどうもありがとうございます。僕は弓削部といいます』

『これはご丁寧にありがとうございます。俺は涼原といいます。よかったね、おばあちゃんと会えて』

「私は武川です。おばあちゃんがあなたのことを話すとき、それはそれは幸せそうでしたよ」


『ありがとうございました』

『ありがとうね』

『お力になれてうれしいです』

「お役に立てて幸いです」


 弓削のお祖母ちゃん、きれいにお化粧してカジュアル過ぎない、ドレッシー過ぎない服装をしている。


 あんな年の取り方いいね。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る