第49話 マダムキラー

『ありがとうございました』

『ありがとうね』

『お力になれてうれしいです』

「お役に立てて幸いです」


 弓削部ゆげべのお祖母ちゃん、きれいにお化粧してカジュアル過ぎない、ドレッシー過ぎない服装をしている。


 あんな年の取り方いいね。



「まず注文しましょ。颯君、何食べる?」

『考え中。お先にどうぞ』

「私は、シェフズランチの酢豚とジャスミン茶にしようかな』

『ヨシ、決めた。俺もシェフズランチにして海老の唐辛子炒めとジンジャエールにしよう……これと、これ。慈枝さんのは入ってますよね』

「うん」

『じゃあ。転送っと』


 微かなクリック音がしてタブレットからデータが送られた。


 タブレットから視線を上げるとき、楽しそうに話している二人が見えた。


『時間は少しとっちゃったけど、よかったよ……弓削部のお祖母ちゃん本当に幸せそうだ』

「うん。すぐる君っていったっけ、あの子も楽しそうだね。はやて君も」

『え?』

「ずいぶんニコニコしてたけど、弓削部のお祖母ちゃんの肌艶は半分は颯君が作ったんじゃない? マダムキラーめ!」

『そんな、マダムキターだなんて。いや、本当にニコニコしてる意識もなくて』

「お兄ちゃんは幼児が寄ってくるけど、颯君はああいう人が寄ってくるのかな?』

『実は、稀によくあるんです。今日も声をかけられました』

「やっぱりマダムキラーだ!」

『違いますって』


 …………


『北口側、都会になりましたね。俺がこっちに住んでた頃は国道のバイパスがあるぐらいで、民家もほんのちょっとでした』

「数年前から開発が始まって、大きな学校もできたの』

『ずいぶん敷地が広いね』

「認定こども園、中高一貫校、大学、大学院もあるみたい」

『軍艦島みたい。ああ小学校はないのか』

「軍艦島って」

『九州にある炭鉱の島でそう広い島まではないけど、住宅、小中学校、病院、映画館など、島の中に町がまるまる一つあったというところで』

「いつか、行ってみたいね」

『いやー今は廃墟だよ。行って楽しいところなのか、そうでないのか』


 …………


はやて君ごめんね、お店の場所を伝えとけばよかった」

『いえいえ、場所を知ってても慈枝さんとの待ち合わせは改札でしたので、まあそこから動けませんよ』

「でも、場所を教えてあげれば弓削部のお祖母ちゃんが安心したでしょ」

『……そうか……そうですね。確かに』

「でしょ」



「あ、配膳ロボット来たよ」

『なんというか、コケシをデフォルメしたような姿だね』

「フフ、面白いこと言うね」


“ご注文のお料理をお持ちしました”


 頭と胴体の境目と胴体の途中の2か所がネジを回すように上に伸びると料理が取り出せるようになった。


『SFアニメに出てきた自動惑星とかいう宇宙要塞みたいだ』

「回転して背が伸びるのに安定してるね。重心制御とかしてるのかな……」


『「いただきます」』


『海老の唐辛子炒め、おいしいです。シイタケのうま味と海老が絶妙に合うし、パプリカが絶品です』

「酢豚もおいしいよ。これ、いい豚肉だよ。その豚肉と甘酢あんがよく合ってる」


 よかった。

 紹介してくれていろいろ情報をくれたみんなに感謝だよ。


「それで、ナイトプールなんだけど」

『うん、水着は納品してるけど、いつにしよう』

「28日しか日がないと思う」

『出張から帰った翌日でしょ。大丈夫ですか?』

「まあ、そこは」

『こうしませんか。俺は30日の月曜日は年休にしますので、プールは29日の日曜日にしましょう』

「……年休いいの?」

『労働基準法第39条に基づく有給休暇は労働者の権利ですから』

「あの頃みたいに土曜日の午前中にマッハで家事を片付けるって方法もあったんだけど」

『前日遠隔地からの移動でしょ。ペースは平準化するのがよいと思います』


 …………


『慈枝さん、何か悩みでもある? なんとなく浮かない顔だけど』

「悩んでるわけじゃないんだけど、えーと、同僚といっても課が違うんだけど、ギリシャ出身のΜαργαρίτηςマルガリテス Ηλιάδηςイリアディスとトルコ出身のLaleラーレ Aykaçアイカチって子がいるの」

『あー、忙しかったときにアドバイスをくれた人たちですよね』

「うん、私と彼女たちはよく組んでやってるし、プライベートの付き合いもあるんだけど……」

『ひょっとして俺のことを紹介しろと?』

「そうなの。いや?」

『そんなことはないですよ。俺は担当してないけど、他国の出身の作家さんを担当してる人もいますし』


 そういうことじゃなくて、あの二人颯君には過剰にニコニコするにきまってる。


「ただ、あんまり予定開いてないでよね、今のところ空いてる週末は12月かな~」

『21日のライブハウスの後にねじ込むことはできるんじゃないかな』


 あ、


「あと、ナイトプールの前日の27日の夜もありよね」


 27日の夜なら、颯君はで泊まりってことになるよね。



『……あの、もしよかったら、27日の夜、泊めてもらえませんか? もちろん常識的には問題があるかもだけど』


 颯君の表情が締まってる。やっぱりかっこいい……気が付けば、レストラン内の喧騒が聞こえなくなり、颯君の言葉のみが空間を支配している。


 私も、

 それに、


 応える。



「常識なんて気にしなくていいし、“もし、よかったら”なんて言わないで」

『じゃあ』


「私のマンションに泊まって」

「颯君を喜んで迎えるよ」


『ありがとうございます』


 喧騒が蘇ってきた。

 弓削部のお祖母ちゃんと目が合った。


「もう、敬語はなしだって言ったでしょ」

『う、ごめん』


 お祖母ちゃんの笑顔……“祝福”という音が伝わってくるような気がする。


 ありがとう。



『せっかくの料理だから食べちゃお。あ、二人に話しておくね』

『お願いです。ハハハ、料理がさらにおいしくなったよ』

「同感。午後からの打ち合わせ頑張ってね」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。




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