第50話 Dreamers(ドリーマーズ)

『ここがDreamersドリーマーズです』

「きれいに掃除されているのね」

『お祖父ちゃんたちが出入りしてた頃に比べて全然少なくなったけど、いまだにこういうところをやからのたまり場だとか思う人はいるので、オーナーさんとかここを拠点にしてるバンドのメンバーはそういうところに力を入れてるみたいです』

「それは、いいことね」


『いらっしゃいませ』

「颯君、あの人夢一閃ゆめいっせんのベースさんじゃない。公式サイトで見た」

『ほんとだ』

『公式サイトを訪問していたいだいたんですね。ありがとうございます。受付係の子がインフルエンザになっちゃって、急なことだったので調整もつかなくて』

「インフルエンザですか、それは大変ですね。早く良くなることをお祈りします」

『なれない受付係は大変なんじゃないんですか?』

「実は私はこのライブハウスの元従業員、受付係だったんです。だから手慣れたものですよ」

『そうなんですか』


『こら夢葵ゆき!』

『あ、リーダー、お疲れ様です』


『お疲れ様じゃないよ。私たちの経歴は非公開なんだからね。お兄さん悪いけど内緒にしておいて。お嬢さんもお願いします』


『わかりました』

「わかりました……は、いいですけど、ずいぶん……フレンドリーな方ですね」

『フフ、あけすけと言ってもいいのよ。このあけすけさが彼女の売りっちゃ売りなんだけどね、変な奴に引っかからないように注意してほしいよ』


『確認できました。ホールへお進みください。ドリンクカウンター始まってます』

『「ありがとう」』


『一杯やっていきますか』

「いいわね」


『すいませんエールをください』

『私も同じものを』


「気持ちのいい人だったね」

『そうですね、どこからあのパワフルな演奏が出てくるのかな』


『「じゃ、かんぱーい」』


『今日のライブは、Imaginaryイマージナリー numberナンバーFluctuationsフラクチュエイションとトリが夢一閃の3組、セットリストはこのQRコードからダウンロードできます』


 Imaginary numberって“虚数”って意味だけどどういう音楽なのかな。ん-、“ i ”、“tunnelトンネル effectエフェクト”、“falseフェイルス vacuumバキューム”……うん、興味を掻き立てられる。


 Fluctuationsは“ゆらぎ”か、これもまた……


 …………


 Imaginary numberとFluctuationsの演奏が終わったところで休憩になった。


『慈枝さん、またドリンクカウンターに行こうと思ってるんですが』

「うん、行きましょう」


『すいませ~ん、今日のアイリッシュは?』

『ミドルトンです』

『いいですね。それください』

『はい、水割りですか』

『いえ、ロックでお願いします』

「ちょっと、颯君、ロックなんて大丈夫?」

『大丈夫ですよ。ミドルトンは穀物の風味がしっかり生きてておすすめですよ』

「ふ~ん私も飲んでみようかしら。同じのをお願いします」


『何か不思議ちゃん達でしたね』


『お待たせしました、ミドルトンのロックです』

『「ありがとう」』


「Imaginary numberって虚数という意味なんだ」

『そういえば……確かにそう習いました。不思議ちゃんなのはそれと関係あるのかな?』

「それはどうかわからないけど、知ってる? 虚数を含んだ演算では最後に虚数が実数に変換されるから、この点で虚数は実数……現実に影響を及ぼす」

『はい、高校とか大学の数学で習いました。うん、彼らの音楽はまさにそうですね』


 えらいえらい、ちゃんと勉強したことを覚えてるんだ。

 前、颯君は私に人生を変えてもらったって言ってたけど、本当に勉強が好きになったんだ。

 私も負けてられないな。


「アイリッシュウイスキーは初めてだったけど、おいしいね」

『でしょ。今度家に用意しておきます』


 Fluctuationsは、Imaginary numberとは違った不思議ちゃんだった。


『テルミンを使ってましたね』

「テルミンて音が揺らぐのが持ち味でしょ。でもその揺れ幅をカバーしようとすると難しいでしょうね」

『そうですね。それを見越した作曲だとしたら……すごいよ』

「それと、気が付いた? 時々メロディが反転してたよ」

『あの不思議な浮揚感はそれか』


『慈枝さん、俺はFluctuationsの演奏で何か劇的な出来事を期待する気分になりました』

「私もそうよ、多分今日の3組はストーリーを組んでるんじゃないかな」

『そうみたいですね。よし、夢一閃がどういう世界を作るのか、すごく楽しみだ』



「あ、はじまるよ」


『今日は私達夢一閃の音楽を聴きに来てくれてありがとう。楽しんでいってね』

『最初の曲は“phaseフェーズ transitionトランジション”――』


『(ヒソヒソ)静かな曲調ですけど』

「(ヒソヒソ)わかる? ボーカルに力が集まってくるような感じね」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「よかった~」

『本当ですね。力強くて、音の重なりがなんというか劇的で。人気があるのもわかりますよ』


「人間の声、人間の作る音楽ってどこまで力を持つのかな」

『夢一閃もだけど、Imaginary number、Fluctuationsも最高だ』

「まったくその通りだね」


『あ、お兄さん、お嬢さん、最後まで聞いてくれてたんだ。ありがとう』


 受付係をやってたベース担当の夢葵さんだ。


「よかったです。まだ興奮が消えません」

『俺もです』


『気に入ってもらえてうれしいです。頑張って演奏してるのが報われます』

『お嬢さんは近くなんですか』

「いえ、電車で2時間ほどです」

『それは、遠いですね』

「待ってる人がいる と思うとあっという間ですよ」


『夢葵~片付けて引き上げるよ~』

『あ、リーダーが呼んでる』


『今日は、お疲れさまでした。また聴きに来るよ』

「リーダーの夢女ゆめさんによろしくね」

『はい、ありがとうございました』


…………


 ライブハウスの外で、初めて腕を組んだ。

 颯君、初めて手をつないだ時はビビってたけど、今は微笑んでる。


「颯君、連れてきてくれてありがとね」

『気に入っていただけました?』

「うん、大満足」

『お力になれてうれしいです』

「フフッ」

『ハハハ』



 “1st Stars”

 これは……バーかな?


「ねえ、颯君、このまま帰るのはもったいないと思わない?」

『そうだな。ここなかなかいいお店なんです。一杯やっていきますか』

『うん、行こ』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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