第47話 ロッソボルドー

はやて君。午前中終わった」

『はい、お昼にしましょうか』

「俺、オムライス作りますよ」

『本当、じゃごちそうになるわ』


 …………


「おいしかった~」

『オムライスってそんなに難しくなくって、おいしくていいですよね』

「うん、上を見たらキリがないけど、みんなに喜んでもらえるものが一番よ」


『今度慈枝よしえさんの得意料理を教えてくださいよ』

「うん、それ楽しそうね。いいわ、二人のメニューをつくりましょ」



「じゃあ、午後の仕事に掛かるわ。今度は会議はないから、息をひそめなくてもいいよ」

『え』

「押し殺したような咳払いが聞こえたよ。気を使ってくれてありがとうね」

『いや、まあ……』


「たぶん3時過ぎには終わるから、街歩きに行きましょ」

『うん。タウン情報誌を見ておこう』

「今月号も結構おもしろいよ」


 …………


「これがイチョウ並木」

『中学生当時は全然関心がなかったな~』

「確かにそんなものよね』

『道路の両側に並木があるんだ。あの奥に見える建物は何だっけ』

「あれは旧市役所。2、3年前に新庁舎ができて移転して、こっちの建物には図書館とかパスポートセンターが入ってるよ……あ、颯君、そこでストップ。写真撮るから」

『これでいい?』

「うん、撮るよ」


『いい写真だ~』

「お兄ちゃんは、こういう場合は左右対称にこだわるんだよね。結構難しいのよ左右対称って」

『う~ん、確かに写真集とかでも左右対称はあまり見かけないですね。ふ~ん難しいんだ。慈枝さんの写真は左右対称じゃないね』

「今回はね。今はイチョウが紅葉してないから道路と奥に見える旧市役所を活かして黄金分割で。紅葉してて金色の絨毯になってたら左右対称かな」

『また、紅葉してから来てみますか』



「私ね、車買おうと思ってるの」

『やっぱり不自由ですか?』

「昨日みたいに急ぎとか荷物が多い場合はね」

『ああ、なるほど』

「あそこにディーラーがあるから、ちょっと寄っていきましょ」


 …………


 颯君って車に詳しかったから、お目当ての車――複数――の装備とかを理解するのに役立った。助かる~



「カタログもらったから、かばでお茶を飲みながらもうちょっと詰めましょ」

『えーと、慈枝さんが乗るんですよね』

「颯君が乗るときもあるよ。きっと」



「こんにちは~」

『まあ、慈枝よしえちゃん、いらっしゃい』

『こんにちは』

涼原すずはら君だったね、いらっしゃい』

「今日、車を見てきたんです」


『マスター、トイレいいですか?』

『ああ、カウンターの奥です』

『すいません、借ります』

『どうぞ、どうぞ』


『慈枝ちゃん車を買うの?』

「はい、遠距離なんで、私の方にも車があっていいかなと思って」

『フフフ。順調なのね』

「はい」


『じゃあ、こちらへどうぞ』


『ハーゼルヌスリーとアールグレイください』

「私は、ヘーゼルナッツのフィナンシェとアールグレイで」

『はい、ハーゼルヌスリー、ヘーゼルナッツのフィナンシェにアールグレイ二つね』

『「はい」』


…………


『いい車ありましたね。見に行ってよかったです』

「オプションは標準的なところで、これとこれかな?」

『キーレスは運転席にも助手席にもつけたほうがいいですよ』


『色はどうします? オプションまでいれるとかなりバリエーションがあったと思いますが』

「そうだった。そういえば“真赤な車にゴールドのライン”というフレーズが入った歌があったね」

『それは確か、女の子が彼氏の車のことを歌った歌詞じゃなかったでしたっけ。それに“いかれてるシティーボーイ”って続きますよ。確か』


『あなた達、そんな昔の歌をよく知ってるわね』

『父が動画配信サイトでよく聞いてたんです。家でも、車の運転中も』

「私の父もそうです」

『両方のお父さんとも彼女のファンだったのね。まあ可愛かったからね』


『どれどれ、20種類から選べるんですね。残念、真赤にゴールドのラインはないね』

「さすがにそれを選ぶ勇気はないよ。でも赤系はいいね」

『ここに、ロッソボルドーってありますよ』

「おお~深みのあるいい色ね。よし、これに決めた」



『いらっしゃいませ。何名様ですか』

『二人です』

『はい。お席にご案内します』



『(ヒソヒソ)慈枝さん』

「?」

『(ヒソヒソ)晶(あきら)君と寿々花(すずか)ちゃんですよ』

「あら、ちょっと話してこようかしら」

『(ヒソヒソ)いや……二人、なんかいい雰囲気ですよ』

「(ヒソヒソ)ん……邪魔しないでおきましょうか。フフ」


「(ヒソヒソ)ねえ、晶と何話したの? あの夜に」

『(ヒソヒソ)……寿々花ちゃんへの向き合い方について、自分の考え方を言っただけですよ。まあ、何か響くところがあったんじゃないですか』

「脅したりしてないでしょうね」

『そんなことしませんよ。まあ、寿々花ちゃんの価値そんざいをちゃんと考えるべき、と』


 まあ、颯君ならそういうわね。

 晶も、ちゃんとした子だし、ね……


「(ヒソヒソ)ふ~ん。慈ねぇ、慈ねぇって私の後をついて歩いてた晶がね」

『(ヒソヒソ)小姑になっちゃだめですよ』

「(ヒソヒソ)そんなのにならないよ」



『お待たせしました。ブレンドです』

『ありがとう』

『ありがとうございます』

『ここ、友人に教えてもらったんだけど、おすすめだよ』

『そうなんだ、確かにおいしいね』


 友人の紹介じゃなくて、私がよく連れてきてたんだけど……

 たぶん寿々花ちゃんはわかってても不問にするんじゃないかな……ほら、やっぱりニコニコしてる。



「(ヒソヒソ)ほら、なんかいい雰囲気」

『(ヒソヒソ)本当だ』



『ごめん、俺、ちょっとトイレ行ってくるね』

『行ってらっしゃい』


「(ヒソヒソ)颯君、顔隠して」

『(ヒソヒソ)はい。まあそうですね』


 晶、トイレに入ったね。

 顔を隠していたメニュー表を置いて、何とはなしに寿々花ちゃん達のボックスに目をやると……寿々花ちゃんと目が合った。


 この上ない笑顔で……ペコンとお辞儀してくれた。


 お幸せにね。


 “あなた達も”


 寿々花ちゃんの口がそんな風に動いたような気がする。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 さあ、収束!

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