第28話 獅子屋

 先週も毎日遅かったし、設計で使うデータの不足を補うために、シミュレータを作って回したり――C++シープラスプラスJuliaジュリアでプログラムを作って遊んでた経験がこんなところで役に立つとは――、Μαργαρίτηςマルガリテス ΗλιάδηςイリアディスLaleラーレ Aykaçアイカチのアシストに入ったりしてデータを出し、並行して設計を進めて何とかスケジュールに対して遅れずに済んでる。


 昨日の土曜日――本来お休み――は、比較的早く帰れて、家事を済ませておいたから今朝はゆっくりできた。


慈枝よしえさん、こんにちは』

はやて君、こんにちは」


『雨、残念です』

「そうね」


 別の意味でまったく残念。

 というのは相合傘のチャンスだったけど、そのためには私が駅まで傘なしで濡れてこなきゃいけなかったし。


 まあ、いつかね。



『いらっしゃい、颯君』

『こんにちは』


 キレイなお店ね。

 こういうお店って、なんというかアブラじみてるというか、そういうところがあるものだけど、全然そういう感じがなく、竹編みの掛け花入れにススキの穂が挿されている。

 生け花は全くやったことがないけど、掛け花入れの濃い飴色と淡い黄金色のススキが良い雰囲気。


『こちらが、彼女さんね』

「初めまして、武川たけかわ 慈枝よしえといいます」


『おー、美人さんだ』

『あ・な・た!』

『い、いや、すまん』

『まったく……武川さん、ウチのが変なこと言ってごめんね』


 おかみさん……元女優だっけ、キレイな人ね。


「いえいえ……お二人仲いいんですね」

『私がこの世で一番好きなのがこの人よ』

『なにおぅ、俺のほうが好きだぞ!』


「颯君、昔からこうだったの?」

『中学生はこういうのを面白がります』


 フフフ


『ではご注文をお願いします?』

「モダン焼きとアセロラジュースお願いします」

『俺も、モダン焼き、それからホタテ貝柱バター焼きと緑茶お願いします』

『ホタテ貝柱バター焼きは二人分にしますか?』

「はい、お願いします」


『モダン焼き二つ、ホタテ貝柱バター焼き二人前お願いします』

『はい。モダン焼き二つ、ホタテ貝柱バター焼き二人前、諒解』

『アセロラジュースと緑茶は私が出します』

『諒解』



『アセロラジュース、緑茶お待ちどうさまです』

『「ありがとうございます」』


『「かんぱ~い」』


「ねえ、次の3連休、2泊3日ってことはかなり遠くに行くんだよね」

『結婚式? 特急と新幹線乗り継ぎで3時間ってところかな』

「お友達って、前に話してくれた人?」

『そう。あいつ、幸せを見つけられてよかったよ……別れた当初、心配だったから何人かで会いに行ったんだ。旅行がてら』

「うん」

『あいつ、何気ないふうを装ってるつもりだったんだろうけど、この世の終わりっていうような表情をしてた』

「それは……そうでしょうね」


 お兄ちゃんもそういうところあるよね。偽ラブレターのときもそうだった。


「ねえ、お相手さんに会ったことある?」

『直接はないけど、写真はあるよ』


 スマホで写真を呼び出して見せてくれた。


『ちょっと面白いんだ。付き合い始めがこれで、一番最近の写真がこれ』


 なるほど。


「付き合い始めと比べたら、二人とも別人どちらさまってぐらいにいい顔になってるね」

『そう、だからきっと幸せになれるよ』


 癒してくれる人が見つかってよかったね。颯君のお友達さん。



『ホタテ貝柱バター焼きお待ちどうさま』

『「ありがとうございます」』


「颯君、菜箸さいばしあったほうがいい?」

『俺は銘々箸めいめいばしでいいですよ』

「うん、私も」


 おかみさん、そんなニコニコしなくても……



『颯君、お友達が結婚するの?』

『そうなんです。高校時代の同級生です』

『まあ、それはおめでたいわね。で、颯君達は?』

『そ、それは……その、もしそういうことになったら、お知らせします』


 !

 “もし”って……そんなにはっきり未確定扱いしないでよ。

 ちょっとはそういう気持ちがあるんだから……


『モダン焼きお待ちどうさま。颯君、“もし”は失礼だぞ』

『も、もちろん目標ではあります。でも。もう少しお互いを知ったうえで……』


『熟慮もいいけど、ざっくり決めても案外正しい答えが出たりするぞ』


『出たね、ざっくり大王。ね、武川さん聞いて、この人ったら舞台挨拶で目が合ったら落雷にあいましたってファンレターを寄越したの。その後は舞台は必ず見に来るし、Blu-rayは1作あたり3枚買うし、楽屋に花とか、お菓子とか寿司とか差し入れるとか、ありとあらゆる手段でね』

「えっ……あの、そういうのってストーカーって思ったりしませんでした?」

『不思議に悪い気はしなかった。私も落雷にあってたのかもね』


 一目惚れ同士だったんだ。

 ご主人、子どもみたいにニコニコしてる。



「颯君、これ、おいしいね」

『うん、そうだろ……』


『ところで、颯君達はどうだったの?』


 颯君の目が、話してもいいかって問うてる。

 ちょっとだけ微笑んで、同意を伝える。


『俺も一目惚れみたいなものです』


『知り合ったきっかけは、俺の妹の琴菜ことなと慈枝さんのお兄さんの芳幸よしゆきさんが仲良くなって――』


 …………


『……あなた、私の最後の舞台を思い出さない?』

『うん、確かに。武川さんと颯君も、武川さんのお兄さんと颯君の妹さんも間違いなく小指が赤い糸で繋がってるんだと思うよ。だから12年という時間を乗り越えることができたんだよ』


『武川さん、颯君は不器用なところもあるけど、どこまでも真っ直ぐで、でも優しい子です。だからよろしくお願いします』

『ちょ、おかみさん恥ずかしいよ』

『なに言ってるんだよ、自分の売りを自覚することは大切だぞ』


「おかみさん、ご主人。私は颯君とこの先幸せになる方向を目指せると思います」

『うん、その意気やよし』

『颯君聞いた? これが女の覚悟よ』


『は、はい。二人で幸せを模索できるように努めます』


 …………


「ご主人、おかみさん。美味しかったです。ためになるお話しありがとうございました」

『『仲良くな(ね)』』

『ごちそうさまでした』


「おいしかったよ」

『それは良かった。慈枝さん、この後は?』

「私はないかな。買い物は午前中に済ませちゃったし」

『はい、では。ステーションギャラリーに行きませんか? 今日、通りすがりに見たらなかなか興味深い作品が展示されていて』

「うん、いいわね。そのあとは――』


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。

 こういう感じの飲食店はもはや流行らないのかもしれませんね。

 なんかこう、自動販売機的に料理が出てくるだけとか……どうなんでしょう?




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