第29話 妹と恋人

 よし、保存完了……長かった。


大湊おおみなと主任、設計データを共有サーバーに保存しました。Reviewレビューデータ、Verificationベリフィケーションデータ及びValidationバリデーションデータとも保存されていることを確認しました」


 案件666の設計作業――私にとってはもはやプロジェクト?――は、当初基礎試験データが無かったり、文献に間違いがあったりして遅れ気味だった。

 で、笹本ささもと設計1課長がDivisionディビジョン leaderリーダーの尻を叩いて、課を超えたチームを編成した結果、何とか挽回できて、納期に間に合った。


『お疲れ様。私も確認した」

「終わりましたね……666はやっぱり666でしたね」

『うん、まったくね。課長、コールアウトお願いします』


『終了コードは揃ってるわね。では、設計コールアウト送信』

『よし、みんなのおかげで納期に間に合ったよ。今後、設計変更はあるかもしれないけど、だからこそ3連休はゆっくり休んで鋭気を養ってね』


「お疲れさまでした」

『はい、お疲れ様』


 …………


『あーしたー』


 すっかりコンビニ弁当が習慣になっちゃったな~



 そうだ、お兄ちゃんに電話して車を借りる相談をしなきゃ。


「お兄ちゃん。明日からの3連休、タイガーモス借りられる?」

『すまん、明日ことちゃんが来て、二人で実家に行くんだ』


 二人乗りだから……いや、たとえ5人乗りでもマイクロバスでも同乗する割り込むつもりないし。


はやてさんとデートか?』

「いや、颯君、今週末は高校の時の同級生の結婚式に呼ばれてて、なんでも特急と新幹線乗り継ぎで3時間ほどの所で、2泊3日になるんだって」

『そりゃ遠いな』


「私は実家から持ってくるものがあるから、電車で帰省するよ」

『そうか、悪いな。荷物は運んでもいいぞ』

「あ、じゃあお願いするかも」


 12年前の洪水で父母が勤めている会社(本社)がダメージを受けて使えなくなったため、他県の支社に本社機能が移った。父母は新本社の社宅、のちに戸建てを借りた。今はそこが実家で特急電車で30分、車だと峠越えがあるせいで1時間かかる。


 だから、荷物が少なければ電車移動のほうが早いし、なにより寝ててもいい。


『最近毎日遅いんじゃないか。休日も出てんだろ。体大丈夫か?』

「うん。でも今日で終わった」

『そうか、ゆっくり休め。明日実家でな』

「ありがとう。琴菜ことなちゃんとも会えるのね」

『うん』


 マンション到着。


 洗濯仕掛けて、颯君に忙しい期間が終わったことを伝えよう。Strategyストラテジー frontierフロンティアは……ちょっと顔出せばいいや。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「おはよう」


 今朝の朝食は、クロワッサンと、この前おかあさんに教えてもらったオムレツ、大盛りサラダ、ジャガイモのポタージュ。

 飲み物はアイスアールグレイ。


 颯君はアイスとホット、どちらが好きなのかな?


 うん、このクロワッサンおいしい。


 …………


 さて、室内干しと掃除。

 コンビニ弁当から脱却して、自炊に戻ろう。


 情報によると颯君は魚が好きとのこと……この前もサンマのみりん干しを美味しそうに食べてた。

 だから、練習しなきゃ。


 うん、アクアパッツァをマスターすることを目標とする。


 よし、買い物は自炊用の食材と、アクアパッツァの練習用の材料だ。

 買い出しは今日の午前中に済ませちゃおう。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『まもなく4番線に快速列車が到着します。黄色い点字ブロックまで――』


 今日は、颯君いないから着回し――黒のミモザ丈スカート、オフホワイト地に格子柄のブラウス、赤のニットカーディガン――でいい。


 …………


 実家の玄関に見慣れないサンダルがある……琴菜ちゃんだ。もう二人は到着してるんだ。


「ただいま~お兄ちゃん達帰ってるのね」

『おかえり、慈枝よしえ

『『おかえり』』

「おかえりなさい、慈枝さん」


 琴菜ちゃん、大人っぽいコーデ……よく似合う。


 ……


 これおそらく、覚悟を決めてきたんじゃないかな?

 そんな必要ないんだけどね。


「琴菜ちゃん、大人っぽいコーデね。そういうのも似合うんだ……美人は得ね」

『び、美人なんて……そんなことないです』

「そんなことあるよ。ちょっと、私の部屋こない?」

『はい』


 …………


「ひょっとして覚悟をきめてきた?」

『はい、実は』


 やっぱり。


「大丈夫だったのよ。琴菜ちゃんとお兄ちゃんはなんというか、つまずいたけど、お互いの努力で運命を切り開いたんだから、父も母も立派だったって褒めてたわ。そこにネガティブな要素はなかったよ」


『それでも、ちゃんと向き合って話をしないといけないと思いました。で、それには一人前の大人で挑むべきで、ガーリーは違うと思いました』


 まじめなのか、真っ直ぐすぎるというか……お兄ちゃんと似てきた?

 まあ、似てきて当たり前か。


「ふ~ん……みんな、琴菜ちゃんの味方だからね」

『ありがとうございます』



『あの、慈枝さんがお兄ちゃんにとって初めての彼女なんです』


 うん。中学校の時に告白したけどダメだったていうのは聞いたけど、その後誰とも付き合わなかったんだ。

 これまでのところ、トラウマとかそういう感じはしないから……軽く答えていいんだよね。


「そうなの。自分がその人の初めての彼女ってなんか良くない?」

『はい、とってもいいですね……お兄ちゃんがっついてないですか?』

「琴菜ちゃん、がっつかれたことがあるの?」

『ち、違います。彼氏ががっついて困るっていう子がいて……困ってるようには見えませんでしたけど』

「フフ、今のところはないかな……あのさ」


「ウチのお兄ちゃんも彼女が出来たことないんだけど、昔ラブレターをもらったことがあるの」

「その子、私の同級生で……それほど仲がいいわけじゃなかったから、直接聞いたわけじゃないんだけど、その……」

「その子は、お兄ちゃんのことが好きになって、思い切ってラブレターを書いたんだけど、いわゆる陽キャグループっていう連中に揶揄われて、偽ラブレターだって言っちゃって……たぶん勢いで」


「……妹の私が介入していればひょっとしたら変えられたかもしれない……あ、琴菜ちゃんにとっては変えないほうがよかったよね……ただ、お兄ちゃんはものすごく傷ついたみたいで、それだけが、それしか残らなかった」

「私、お兄ちゃんを守れなかった。立ち位置的に私なら守れたのに……」


『……慈枝さん。そのことはおかあさんから聞きました。単純によーくんがその女にひどいことをされただけだと思っていましたが、その女サイドにそういういきさつがあったんですね』


 お兄ちゃんの心の内側に入れる……お兄ちゃんが異性としてとらえるのは琴菜ちゃんだけだと思う。


 だからごめん。お願いさせて。


「お願い琴菜ちゃん、お兄ちゃんには多分まだ傷が残ってると思う。それを癒せるのは琴菜ちゃんだけだと思う」

『慈枝さん、私はよーくんを支えると決めてます。ですから任せてください』


「ありがとう。ごめんね……そろそろ完成してるかな」


 本当にごめんね。尻ぬぐいさせちゃって。


『はい、いきましょう』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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