第40話 漆原 寿々花(うるしばら すずか)
「ただいま」
『お帰り
『おかえり、颯君』
「っ……ただいまおかあさんお久しぶりです、お元気でしたか?」
最初の“ただいま”とそれ以外の部分が合ってないよ。それに早口。
『元気だよ』
『それはよかったです。荷物は客間に運べばいいですか?』
『それがね、今日はね、
「え、晶が」
『
『なんでも、和歌のクラブに入ってて、百人一首の研究をしてるんだって。それで、モミジで有名な
よかった、颯君にあの和歌のことを教えてもらってて。
落語だなんて言ったら大変な事態になるところだった。
『でね、部屋割りをどうしようかと思ってて』
『あー、それ決めないと、荷物をどこに置いていいかわからないですよね』
『晶たちの荷物は、とりあえず客間に置いてあるけどね』
『慈枝の部屋に慈枝と 寿々花ちゃん、客間に颯君と晶君かなって思ってるんだけど……』
「ちょっと無理だよ、私と寿々花ちゃんは面識ないし、颯君と晶も数秒だよ」
それに、晶は颯君にヤキモチやいてるし。
『それは、そうよね……』
「颯君は私の部屋でいいよ。晶たちは客間に二人か、客間とお兄ちゃんの部屋っていうのはどうだろう。まあ当人たちがどう希望するかだけど」
『うん、じゃあそれでいきましょう。颯君、慈枝の部屋へね』
『い、いいんですか? 娘さんの貞操の危機がー、とか』
『ほう、颯君はそういうことをするつもりか?』
『あ、おとうさん、ただいまです。その……』
『二人でよく話し合ってな。もっともこの家防音良くないぞ』
「お父さん!」
『
『あの、おとうさん、そういうことは』
『
この二人、お見合いなんだけど何かあったのかな。
…………
『おじさんとおばさんには挨拶したんですが、慈枝さんと……『颯です』ありがとうございます。颯さんが加わりましたので、改めて自己紹介します。漆原 寿々花といいます。晶と同級生で恋人です。よろしくお願いします』
「娘の慈枝です。父と晶のお父さんが幼馴染だから、子供のころから
『慈枝さん、赤ちゃんのころの晶ってどんな子でした?』
「甘えん坊でお母さんやお姉ちゃんが見えないとすぐ泣く寂しがり屋だったね」
『慈ねぇ!』
『
寿々花ちゃん、喜んでる。まあ当然か。
『俺のことはみんな知ってるから、自己紹介しなくていいだろ』
『何言ってんのよ、この前、駅ビルで会った時、颯君に挨拶しなかったでしょ』
『晶、そんな失礼なことしたの!』
『いや、その……ちょっと動揺して』
『動揺する要素ないじゃない。ちゃんと挨拶して』
いい子だな~
晶にはこういう子がお似合いかも。
『ま、
『はい、よろしくお願いします。慈枝さんを奪っちゃってごめんね』
「颯君、無意味に刺激しない!」
『このほかに、慈枝の兄の
『みなさん、改めましておろしくお願いします』
『晶君と仲良くしてやってね』
『晶君もちゃんとしないとだめだぞ』
『じゃあ、食べましょうか』
『『『『『「いただきます」』』』』』
『おばさん、これなんて料理ですか?』
『これはフーカデンビーフっていうのよ』
『初めて食べましたけど、おいしいです』
『おう
『晶はこれ好きなの?』
『うん』
『おばさん、レシピ教えてください』
おやおや。
『はい、いいですよ。これはオーソドックスなレシピからちょっと変えてるのよあとでメモ渡すね』
「晶、寿々花ちゃんてかわいいし、晶が好きな料理を習おうなんて健気じゃない。この前も言ったけどいつまでも私を好きだなんて思ってちゃだめよ」
『ちょ、慈ねぇ』
「寿々花ちゃん、晶を許してあげて。ちっちゃい時は優しくしてくれるお兄ちゃん、お姉ちゃんを好きになるし、男の子は一度好きになった人を忘れないっていうから」
『晶!』
『はいっ』
『晶には私がいるんだからね! それに、慈枝さんの心は颯さんを向いてるから、いくら慕っても先に進まないよ』
『はいっ』
フフ、うまく行ってそうね。
颯君もニコニコしてる。
…………
『晶、寿々花ちゃんとの馴れ初めは?』
出たよ。お母さんお得意の質問。
『い、いや普通だよ。同じクラスになって友達の紹介『ボランティア清掃の時にどうしても付き合ってくれって泣きそうな顔で告白したんだよね』』
『寿々花!』
「なんで泣きそうな顔?」
『泣きそうな顔なんかしてないぞ、寿々花の見間違いだよ』
『絶対断られると思ってたって言ってたよね』
W
『まあ、それで寿々花ちゃんはどう返事したの?』
『晶は、すごい真面目なんです。今、内申目当てでボランティアに参加してる
「良かったね晶。こんなふうに見る人は見てるんだからね。良い所も悪い所も」
『わかってるよ』
…………
『『『『『「ごちそうさまでした」』』』』』
『隼人さん、颯君たちの寝るところ』
『お、そうだ。晶君と寿々花ちゃんはどこで寝る?』
『私は空いてる部屋で結構です』
『うん、空いてる部屋は、客間と芳幸の部屋……といっても、芳幸は独立してるからベッドと本棚、あとちょっとした机ぐらいしかないが』
『よ、芳にぃの部屋は俺が寝るよ。寿々花は客間に寝てくれ』
『……うん』
おやおや。お兄ちゃんのにおいの付いたベッドに寝かせたくないってわけね。
一方の寿々花ちゃんの反応は……こっちも、“おやおや”だ。
『じゃあ、順次風呂入ってね』
『慈枝の部屋に布団敷いといてやるよ』
◆◆◆◆◆◆side颯◆◆◆◆◆◆
ん、1時半……トイレに行ってこよう。ついでに、のどが渇いたから水を飲んでこよう。
キッチンに行ったら、晶君が水を飲んでた。
「こんばんは、はおかしいかな」
『……』
「俺を認めないのかな?」
『違う、違うよ颯さん』
『慈ねぇは、母さんとかねーちゃんと同じなんだけど、やっぱり好きっていう気持ちもあって』
あーなるほど。
「ん-とね、幼い時に可愛がってくれた異性を好きになるのは当たり前だよ。うちのこーちゃんみたいに」
『あっ』
「こーちゃんを見てて思ったんだが、幼い時の気持ちを大人としての恋愛感情、相手を支え続けるという意志まで昇華させるかどうかは自分次第だと思うんだ』
「どうかな、慈枝さんへの気持ちを大人としての恋愛感情まで昇華させているかな」
『俺は……』
「ここで答えろとは言わないよ。ただ、漆原さんのことを考えれば一択だとも思うよ」
『うん……寿々花……』
風向きが変わった?
「俺も水を飲んで寝るよ。おやすみ」
部屋に戻ると慈枝さんはこっちを向いてた。
“どうかな、慈枝さんへの気持ちを大人としての恋愛感情、相手を支え続けるという意志まで昇華させているかな”
今、
ベッドに潜り込んだら、
ひょっとしたら応じてくれる……
いや、そんなことは、
そんなことしちゃだめだ……
ちゃんと話して、二人の気持ちをひとつにしたうえでないと。
おやすみ……キスだけならいいだろ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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