第2話 宿す夢に寿命はない◆side颯◆
よかった。
最初、こーちゃんから、慈枝さんは優しい人と聞いていた。
あの
初めて会ったのは、両家族で
シックな装いが良く似合うキレイな人だ、と思った。
最初会話が弾まなかったから、俺はタイプじゃないのかなとも思ったけど、後で聞いたら生来の人見知りが出たんだって。
それが変わったのは、慈枝さんがアタリメを分けてくれたあたりからだった。
俺が言ったことに対してちゃんと考えて応える人。
ふわ~っとした笑顔をする人。
だから、ほんとに勇気を振り絞った。
“写真撮らせてもらっていいですか。その、俺スマホだし、写真部じゃないんで上手ではありません。ご迷惑なら断ってもらっていいんですが”
顔が強張ってた?
声が震えてた?
それはわからないが、脚が震えてたのは間違いない。
でも、慈枝さんはそれには触れず、応じてくれた。
なぜ、脚が震えていたのに触れなかったのか、その真意はよくわからなかったけど……
そのあと、母さんと慈枝さんのお母さんから、ペアになってみはらしの丘を登る競争が提案されて、俺は慈枝さんとペアになってみはらしの丘を登った。
うれしかった。
ちゃんと話せた。みんなと合流した後も話ができて……こーちゃんと芳幸さんがヒソヒソ、ニヤニヤしてたのは気になったけど。
中3だった俺は慈枝さんと同じ高校に行きたいと思うようになった。
慈枝さんが通ってるのは、かなりレベルが高い高校で、当時の俺の成績では手が届かなかった。
慈枝さんは数か月前に入試を受けたばっかりだったからちょうどいいと思って勉強を教えてもらうことにした。
最初は図書館だったけど、あるときから俺の部屋で教えてくれた。
うれしかったし、慈枝さんのおかげで勉強の面白さ、分からなかったことを理解することの愉しさが分かった……教えられた。
今思えば、根拠のない思い込みだったんだけど、勉強ができないと知って幻滅されてるのか、とか、生徒としてしか見られてないのかと思ってしまって、告白しても引かれてしまうんじゃないかと思って……できなかった。
部屋で勉強を教えてもらっているとき、母さんとこーちゃんに“おとうさん”、“おかあさん”呼びを聞かれた。
慈枝さんが帰ったあと、母さんから、女が相手の男の父母を“おとうさん”、“おかあさん”と呼ぶのは
俺と母は携帯を水没させてしまって、バックアップを取ってなかったから芳幸さんの連絡先も慈枝さんの連絡先も分からなくなってしまった。
母さんとこーちゃんは芳幸さんの家を知ってたので9月になってから訪ねてみたが、空家になってたとのことで、これで完全に消息不明になってしまった。
どうにも苦しくて、高校になってから同級生に話したことがある。
顔も見えず連絡が途絶えた男のことなんか女はすぐ忘れる、そうなのにこっちだけ記憶にとどめて縛られるなんて全く割に合わない、忘れちまえという奴がいた。
殴りたいほどむかついたけど、黙って絶交。
交際を実行できないのに記憶だけが存在するということは、最悪相手の一生を自分が縛ってしまうことになる、という意見もあった。
これもむかついたけど、無視しえない……フィクションだけど“若紫”というのがあるし……
明日の土曜日、慈枝さんに会う。
芳幸さんは、待っててくれてるって言ってたけど、本当に慈枝さんが俺のことを待っててくれてるのなら、今度こそ告白する。
目が常夜灯に慣れてくると、芳幸さんが内緒でくれた慈枝さんとのツーショットと俺が撮った慈枝さんの写真が入ったフォトフレームが、ぼんやりと見えてくる。
こーちゃんは、芳幸さんがくれた写真で俺が慈枝さんのほうに傾いてると言ってたけど、慈枝さんだって俺のほうに傾いてるよ。
もしも……慈枝さんが縛られてると感じていたら……考えたくはないけど……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
いつものようにフォトフレームに「おはよう」
いい天気だけど、暑くなるみたいだ。
『9月12日土曜日、おはようございます……』
あれ、テレビの音
誰か起きてるのかな?
「あ、母さんおはよう」
『おはよう。出征する息子に大強度加速朝食を、と思ってたんだけど、寝坊しちゃった。ごめんね』
出征? 大強度加速?
『大丈夫、コンビニか駅の売店で何かチャージしていくよ』
『慈枝さんと一緒に食べればいいんじゃないの?』
「つ、付き合ってもないのに、家に上がり込んだりできないよ」
『何早とちりしてるの。やってるファミレスとかあるんじゃないの』
「ああ、そっち……大丈夫かな?」
『朝早くの待ち合わせに応じてくれたんだから自信を持て。まあ、デートだから立ちそばは避けたほうがいいかもだけど』
「えっ……そ、そんな所にいかないよ」
『さては行く気だったのね……父親とここまで似なくてもいいのに』
父さん、デートで立そばに行ったの?
『ともあれ、慈枝さんによろしくね。舞い上がって変なこと言っちゃだめよ』
「わかってるよ」
『颯、おはよう』
「あ、父さんおはよう」
『出征する息子に声援でもと思ってな』
だから、どうして出征?
「果し合いに行くわけじゃないから」
『今日からって思ってるんだろ。ならば真剣勝負と心得よ』
これは、自分との真剣勝負ってことだよな。
『
『
「ナイスアイディアじゃないよ。切り火っていつの時代だよ」
『『颯!』』
「あ、お祖父ちゃん、お祖母ちゃんおはよう」
『出征する孫に声援でもと思ってな』
……ここにもいた。
『大丈夫、 お金足りてる? 独身男子はいざというときのために年齢×千円を持ってなきゃいけないのよ』
「お、お祖母ちゃん、一応それに近い額は持ってるけど、まだ全然そんな関係じゃないから」
『
『“まだ”じゃなくしてこい! そうだ、
どっちも入り婿なのに発想が同じなのはなぜ?
『いいわね。お母さんの遺品「切り火は今度にして。行ってきます」』
『『『『ガンバレ!』』』』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『この列車は、特急――行きです。停車駅は――』
緊張してきた。
母さん、父さん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、俺が間違ってました。
これは、出征です。
♪
お、メッセージ。
【
うん、そうだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ご訪問ありがとうございます。
“前夜”というのは何かと惑うものです。
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