第3話 包容
『――行きが到着します。黄色い点字ブロックまでお下がりください。この列車は11両編成です。足元の特急乗車口1号車から11号車のところでお待ちください。停車駅は――』
来た。
あの時と同じ、シンプルだけど爽やかな装い。
私は、ボーダー柄のシャツ、薄い水色のパフスリーブのブラウス、黒のマーメイドフレアスカート……似合ってるかな?
『おはようございます。
「おはようございます。
『……』
「……」
『あの……初めて会った時から思ってたけど……慈枝さんは綺麗です』
あのころと同じ、はにかんだような笑顔。
ヨシ!
「颯君も、あの時と同じで、爽やかだよ」
『ありがとう』
「朝ご飯は食べた?」
『それが、朝家をでるときはまだご飯が出来てなくて』
「それは、おなか減ってるでしょう」
『はい空腹です。朝食をご一緒できませんか?』
「いいよ」
どうしよう、ご飯は炊いてあるし、そこそこのおかずを作れるだけの食材はあるけど……言い出す勇気が出ない。
『えーと、慈枝さん、この駅は構内にベーカリーができたんですよね』
「ああ、あそこ……美味しいって評判だし、イートインあるわよ」
『じゃあ、そこにしましょう』
ひょっとしたら、気を使ってくれた?
…………
颯君は塩バターパン、クロワッサンベーグルとアイスミルク、私はウインナーロール、はちみつバターパンとアイスココアにした。
颯君の部屋で勉強してた時のおやつタイムもそうだったけど、おいしそうに食べるね。
この表情、私だけのものにしたいな。
でも……
『慈枝さん』
颯君、はにかんだような笑顔は変わらないけど、目の中に力が……これって……
「何、かしら」
『行きたいところありますか?』
期待してたのに!
でも、まだプランが決まってなかったのも事実だし。
「特にないけど、颯君は?」
『映画を見たいんです』
『特に何が見たいってないんですけど、忙しくてしばらく映画を見てなくて』
「うん、わかる。私もしばらく見てない……うん映画いいかも。確か、今やってる映画だったら、――がほっこり系だそうよ」
『子供向け?』
「元はそうなんだけど、複数のエピソードを使って再構築してるから、なかなか見ごたえのあるものになってるとのことよ」
『興味が出てきました』
「じゃ、それにしましょうか。私は前作を見てるから興味があるの。えーと上映スケジュールは、うんちょうどいい時刻に上映」
「行きましょうか」
『はい』
私自身は車を持ってないので、時々お兄ちゃんの車を使わせてもらっている。
この土日、お兄ちゃんは
『慈枝さん、可愛い車ですね』
「これ私のじゃなくてお兄ちゃんの車よ。お兄ちゃんったらおかしいのよ、この車をタイガーモスって呼んでるの」
『その名前はどこから?』
「教えてくれないのよ」
颯 君をのせて、映画館に向かう。
…………
「ポップコーンの北海道濃厚バターしょうゆ味とコーラ・ゼロください」
『俺はWめんたいマヨ風味とジンジャーエールください』
「北海道濃厚バターしょうゆ味、Wめんたいマヨ風味とドリンクはコーラ・ゼロ、ジンジャーエールですね」
『「はい」』
『映画館で売ってるポップコーンって、あまりお腹が空いていなくてもなぜか完食できるんですよね』
「不思議ね」
…………
『(ヒソヒソ)明太子ってポップコーンに合うのかなって思いましたが、おいしかったです』
「(ヒソヒソ)もう食べちゃったの? ハンカチ貸してあげるから手を拭いて」
『(ヒソヒソ)ありがとう』
…………
『(ヒソヒソ)おや、主人公君、あの二人と仲良しになったんですね』
「(ヒソヒソ)――の妹とはどうなったのかな」
『(ヒソヒソ)どこかで運命変わったんじゃなかったでしたっけ』
…………
「(ヒソヒソ)ヒロイン綺麗になった」
『(ヒソヒソ)そうですね。バイオリンは上達したんですかね?』
「(ヒソヒソ)どうかなー、バイオリンってきれいな響きを出すのは難しいって聞いたことがあるよ」
…………
『(ヒソヒソ)ヒロイン健気ですね』
「(ヒソヒソ)女としては、主人公君何やってるの! と言いたいよ」
『(ヒソヒソ)あれ? この物語の設定上これやばいんじゃないですか』
…………
上映が終わった。
「うん、よかった。やっぱりこうじゃないと」
『主人公君、ヒロインの尻に敷かれてるんじゃないですか?』
「包み込んでると言ってあげて」
時刻はお昼近くになってるけど、ポップコーンのおかげであまりお腹は空いていないかな。
「お腹すいてる?」
『まだすいてないです』
「じゃあ、ちょっとおすすめの喫茶店があるんだけど、行ってみる?」
『ええ、お願いします』
「レンガ壁に蔦が絡まってるとってもクラシカルな喫茶店だけど、コーヒー、紅茶、お茶請けともに確かよ」
『そういう喫茶店好きですよ。おいしいのであれば言うことなしです』
「私ね、大学生の時ずっとその喫茶店でバイトしてたんだ。居心地というか空気が良くて」
『そういう空気のお店っていいですよね……楽しみになってきました』
「じゃあ、乗って。それほどかからないから」
…………
颯君の表情が締まってる。
呼吸音も聞こえるような気がする。
これは、来るのね。
『慈枝さん、今、付き合ってる人はいますか?』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ご訪問ありがとうございます。
颯君、会いに来ることしか頭になかったんですね。
無計画と言わないでやってください。何せ12年越しですから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます