第10話
「魔王への攻撃はこの方が行います。魔王を倒す魔法を使うことができます」
今日は北東にいる5体目の魔王討伐だ。私は15歳になった。
討伐はだいたい1年くらいの間隔をあけている。その間、前回の討伐の処理や魔王がいなくなった後の土地の調査、報酬の受け渡し、次回の人員の確保など、様々なことを行わなければならならい。
特に時間がかかるのは、人員の確保だ。
討伐の死者数だけは毎回公表している。前回の死者数が多ければ多いほど、次回の人員の確保には時間がかかる。みな怖くなり、志願するのをやめたり、心の準備ができなかったりするからだ。
私たちは大きな川の上に転送された。この日は大粒の雨が降っていて、視界はかなり悪かった。
今回の魔王も、いつものようにゆっくりと前進していた。魔王の後ろの大地は真っ黒だ。森も水もなくなり、豊かな自然を取り戻すには長い時間がかかるだろう。
システルからの合図で私はいつものように詠唱を開始したのだが、4分経過しても魔王は攻撃をしてこなかった。前回と同じだ。
時間かせぎか、あるいは他に何か狙いがあるのかと、志願者たちがざわつきはじめた。
すると突然、魔王が光を放った。
川も空も人も、何もかもが光に包まれていく。300メートルも離れているというのに、眩しすぎてみな目をあけることができなくなった。
なんとか薄目をあけるが、すべてが真っ白でまるで別の空間に浮いているような感覚になった。雨音すら聞こえなくなった気がする。
「なんだ!? 見えない!」
「どうなってんだ!」
「おいっ! 押すなよ!」
「シールド解いちゃった!」
志願者たちはパニックに陥っていた。何人かは混乱してシールドを解いてしまっているようだったが、死んでいる者は一人もいなかった。
その時、光の中から何かが飛んでくるのがわかった。
魔王の核だ――。
だが気付いた時には、もう遅かった。
私の仮面が割れ、顔の左側に激痛がはしる。あまりの衝撃によろけ、思わず膝をついた。顔を触るとぬるっとした何かが付いていて、確認しようと手を見るが、光にとばされてそれが何なのかわからない。
すると、あれだけ眩しかった魔王の光が弱まっていった。ザーッという雨音が聞こえだし、少しずつ視界が晴れていく。
下を向くと、顔にあたる雨が血の色となってポタポタと落ちていた。目の奥が何度も釘で刺されたみたいにズキズキと痛み、耳は焼かれたように熱い。私は顔が見えないようマントを深く被った。
「えっ……おい! 見ろ!」
「魔王が、いない……!」
魔王がいたはずのことろには、もう何もなかった。
「もう……倒したのか?」
「すごい! やったぞ! 生き残った!」
「終わった!」
「すごいじゃないか! みんな生きてるぞ!」
「もう金に困らなくてすむ!」
みなが歓声をあげ、嬉しさを爆発させて騒いでいた。膝をついている私を見ても、誰も何も気にしない。
私はそれをぼーっと見ていた。さきほどまでの痛みはどこかへいったのだが、感覚、思考が麻痺しているような、まだふわふわ空を飛んでいるような、そんな気分だった。
とりあえず、討伐は終了だ。
私はシステルとアデルを呼ぼうとした。だが、数人が怪しい動きをしていることに気がついた。私はよろよろと立ち上がり、魔力感知で状況を確認する。
4人だ。4人がバラバラに散り、床の端に向かって走っている。
これは……下に飛び降りるつもりか。
まだシステルの契約が終わっていない。このまま逃げられては、情報が漏れてしまう。
私はまだ頭にモヤがかかったような気分だったが、なんとか4人の位置を把握し、床から飛び降りる寸前に彼らの足元に転送魔法陣を敷いた。
次の瞬間、4人は私の目の前に転送された。
「うわっ!」
彼らは体勢を崩し、前のめりで倒れた。
「……えっ?」
一瞬の出来事に、理解が追いついていないようだった。
「なんで…」
「しまった! 転送魔法だ!」
一人がすぐさま私に砲撃してきたが、シールドでそれを防ぐ。これ以上抵抗できないように魔法の縄で彼らの両手両足を拘束した。
大騒ぎしていた志願者たちも何かが起こっていることに気がつき、こちらを気にし始めた。
「なめるなよ」
彼らはまだ諦めていなかった。4人の足元に魔法陣が現れ、そこから青い炎があがった。彼らの体は炎に包まれ、縛っていた縄は炎が触れた瞬間水へと変わり、下に落ちた。
この魔法は……。
彼らは身にまとった青い炎を右手に集め、一斉にそれを私に向けた。
シールドを張ったが、炎が触れた箇所がみるみる水へと変わっていく。炎は熱さを感じず、むしろ空気が冷たくなっていく。
このままでは破られる。
私はシールドが水に変わる瞬間に魔法で水を凍らせていった。ついでに雨粒も一緒に凍らせ、薄くなったシールドを氷の壁に変えていく。
「おい! せっかく水にしたのに凍らされてるぞ!」
「魔法あとどれくらいもつ?」
「もう、長くはない……」
彼らの使っている魔法はかなり古いものだ。とある魔導書にしか載っていない。これを使ってるということは、ハスクートか。
私は炎を氷の壁で防ぎながら、気付かれないように彼らの首から下にそっと透明な鎖を巻き付けていく。
「……まずい! 鎖が!」
もう気付かれたか。私はすぐさま鎖に力をこめ、強く締め付けた。
「うっ……!」
「解除できそうか!?」
「できる……けど、少し時間がかかる……」
これも解除できるのか。面倒だな……。
コロソう……。
青い炎が消えた。これだけの魔法を長時間使用するのはさすがに無理なようだ。4人に疲労の色が見える。
私は左手を前に出す。
降っている雨を凍らせていき、それを集めて4つの鋭い槍を作る。
コろシテシマおウ……
そして、氷の槍を4人の心臓めがけて
「やめろー!!」
誰かが叫んだ。その声にハッとして、私は攻撃を止めた。
私と4人の間に、誰かが立ちふさがった。
「おまえ! なんで! 隠れてろって……」
「ごめん…」
私は……。
ぼーっとしていた頭がようやくはっきりしてきた。氷の槍は、彼らの心臓ギリギリのところで止まっていた。
彼が割って入らなければ、私は今ごろ……。
他にも仲間がいる可能性がある。私はこれ以上誰も逃げられないよう、床と同じ大きさの檻を作った。最初からこうすれば無駄な戦闘を避けられたのに、私は戦うことに夢中になっていた。
「くそっ! 逃げるのは無理か……」
「解除も、できないだろう」
「化物め……」
逃亡者は私を睨み吐き捨てるように言った。憎悪に満ちた目だった。
他の志願者たちは、突然現れた巨大な檻に動揺していた。さすがにこれ以上続ける必要はない。
私は氷の槍を元の水に戻し、システルとアデルを呼んだ。
疲れた……。
アデルはすぐさま私へ駆け寄った。
「見せて!」
アデルは私の顔を覗き込み、システルは私たちを隠すように前に立ってくれた。
「シ……」
逃亡者の一人が何か言おうとしたが、システルが睨みつけ、彼は口をつぐむ。
「…くそっ。見逃してくれ!」
「頼む!!」
「ここに来ることを選んだのは、あなたがたの意思でしょう。こちらのやり方には従っていただきます」
システルはそう言うと、逃亡者5人を強力な魔法で眠らせた。
「どう……いうこと……?」
私の顔を見たアデルはひどく困惑していた。私の顔は一体どうなっているのだろう。すぐに治癒魔法をかけてくれたが、感覚が麻痺していてそれが効いているのかわからなかった。
「どうだ?」
システルが急いでこちらにやって来た。
「これはケガや呪いじゃない。とにかくすぐに移動する」
「わかった。私も終わったらすぐに向かう」
雨音が強くなり、二人の声がかき消されていく。眠気に襲われ、アデルに体を預ける。
早く、早く魔王を倒さないと……。
私は……。
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