第13話

 今日は6体目、城から東へ進んだところにいる魔王の討伐だ。

 私は16歳になっていた。



 城の訓練場には、志願者が続々と集まっている。今回は今までで一番早く志願者の枠が埋まったそうだ。そのおかげて討伐準備に1年もかからなかった。


 前回の死者ゼロという奇跡に希望を見出した人たちがこぞって志願したのだろう。訓練場を見渡すと、何人か見たことのある顔があった。    

 その手首には、討伐内容を話せないようにする契約の印がある。前回参加していた人たちがいるようだ。



「見てみろ。あんな子供まで」


 私はいつものように志願者たちの会話に聞き耳をたてていた。彼らの視線の先には幼い子供の姿があった。


「この計画が始まったのが確か6年前だろ。金欲しさに子供を産んで、魔法おぼえさせてここに行かせる親がいるんだと。最近出生率増えてるのって、これのせいらしいぞ」


 まだ5歳くらいだろうか。紺色の髪、紺色の瞳。少し大きめのズボンを履いていて、首からさげているペンダントを不安げににぎりしめていた。






「魔王への攻撃はこの方が行います。魔王を倒す魔法を使うことができます」



 いつものようにシステルが作戦を説明し、みなの質問が始まろうとしていたときだった。



「少しよいか?」



 前のほうから、少しかすれた男性の声が聞こえた。

 70歳くらいだろうか、背は小柄で大きめの紺色のマントを羽織っている。白髪を後ろに束ね、白い口髭、丸メガネをかけていた。瞳の色は白だ。


 その両脇には仲間と思われる長身の男女がいた。二人は袖のない服を着ていて、鍛え抜かれた筋肉と魔力の高さから、相当の手練れだとわかる。

 男性はオレンジの短髪、女性は薄ピンクの髪を男性と同じくらいの短髪にしていて、いかにも武闘派という雰囲気を漂わせていた。


「なんだあのじいさん」


「ドゥール教とか?」


「ハスクートって可能性もあるぞ」


「ああ、そんなやつらがいるって噂もあるな」


 志願者たちは少しざわついた。



「…………はい、なんでしょうか」


 いつものシステルらしくない、間のある返事だった。


「魔王は幾度となく現れ、そのたびに、いくつも国が滅んできた。いつの時代も、大勢の人間が、魔王に殺されてきた。

 だが、今回の死者数は今までの半分にも達していない。魔王が8体現れることは初めてだ。それのせいで魔王の力が分散され、死者数が少ないのかもしれない」



 まるで昔話でもしているかのような穏やかな口調に、ざわついていた志願者たちも口を閉ざして聞き入る。



「だが、それとは関係ないところでの死者が多い。魔王か現れてから16年経つが、この国は貧しくなった。魔王の侵攻により住める土地は減り、食料や物資は不足する一方。強盗や殺人が横行し、よくわからない不審死も頻繁に見つかっている。

 興味深いことに、それらの死者数と魔王に殺された死者数を合わせると、結局は過去と同じようなペースで死者がでていることになるのだ」


「…………」


 システルは黙って聞いていた。


「そしてなによりも興味深いことは、とてつもない力を持った魔王を、たった一人の魔法使いが倒しているということだ」



 老人はシステルの隣にいる私を見る。



「失礼だが、今のあなたからはあの魔王を倒せるほどの魔力を感じない。素晴らしい魔法使いなのは認める。よその国にもここまでの魔法使いはいないだろう。だが、相手が魔王となると話は別だ。

 詠唱に時間がかかる魔法? それで倒せるなら、過去それほどまでに犠牲がでているのはどうしてだ? 過去にも偉大な魔法使いはいる。そんな魔法が存在していることを誰も知らなかったのか? なぜあなたはそれを知っている?」


「それについては、答えることはできません」


 システルが変わりに答える。



「心優しき国王様が、こんな非道な作戦を考えるはずがない。金で命を買い、死地に送り出し、ただの弾除けとして使われる。誰かがたぶらかしたのだ。種族問わず受け入れてくださり、手を差し伸べてくださったあの方を……」

 


 老人の白髪白眼は、母と同じ人種である証だ。魔王が現れてから、白髪白眼は他の者から差別的な扱いを受けている。以前はそんなことはなかったが、今のこの国では、さぞ生きづらいだろう。


 国王のことを信頼しているということは、どうやら反対派ではなさそうだ。反対派は国王に反感を持つ者たちの集まりだからだ。



「魔王を一人で倒すなど、人間には不可能だ。そんなことができるのは……魔王と同じ、化物だけだ」



 訓練場は静まりかえっていた。



「魔法使い、おまえはいったい、何者だ?」


「いいかげんにしてください」


 いつもは冷静なシステルだが、少し苛立っているのがわかった。


「どれだけこの方が身をけずっているか、どれだけご自身を犠牲にしているか、わかりますか? 魔王の苦しみに耐えているのはあなたたちだけではありません」


 システルが一歩前に出る。


「この方だからこそ、魔王を倒せるのです。作戦を妨害するおつもりでしたら、お引き取り願いますが」


「そのつもりはない。魔王を倒したいのは私も同じだ。国王様のお役にたちたい。それだけは嘘ではない。務めはきちんと果たす」


 システルは老人をじっと見つめる。老人はもう話すつもりはないのか、連れの二人とともに後ろのほうへ下がっていった。


 システルはふーっと息を吐く。

 

「次に質問のある方は?」






「どうして討伐が始まる前にこんな話をしたのかしら。警戒されるのわかっているはずでしょ?」 


 アデルは向こうにいる老人を睨み怒りをあらわにしていた。今にも文句を言いに行きそうな雰囲気だ。


「帰ってもらったほうがいいんじゃないの? あなたのことあんなふうに言うなんて、何にも知らないくせに、偉そうに。犠牲が少ないのはいいことじゃない。ねっ、あたしから騎士に言ってこようか?」


 そう言われるだろうと思っていたが、私は首を横に振った。アデルは、はーっと、長いため息をつく。


「何かあったらすぐに呼んでね」


 おそらく、何かあるのだろう。それでも、私のやることは変わらない。




 そして私たちは転送された。





 城から東へ進んだ空の上。

 上を見ると、どんよりとした分厚い雲が広がっていた。足元には町がある。

 もう誰もいないが、少し前まで人々が生活していた跡がいたるところにある。ここもまもなく消滅する。



 私はいつものように詠唱を始め、足元に魔法陣が現れた。志願者たちもシールドを張る。

 作戦開始だ。



 あの老人は全体の真ん中あたりにいて、左右には先ほどもいた仲間がいる。見たところ老人はシールドを張っていないようだが、横の二人が大きめのシールドを張り、彼の分をカバーしていた。


 老人は、足元にある私の魔方陣を食い入るように見つめていた。最前列の人々が順番に倒れていくと、今度はそちらを見つめる。そしてまた魔法陣に視線を落とす。それを繰り返していた。



 3分が経過した頃、それは起こった。

 私の魔法の一部が解除された。



 すぐさま原因を探る。すると、あの老人の周りの魔法陣が機能していないとわかった。


 何かしてくると思ってはいたが、まさかこんなにも早く私の魔法が解除されるとは……。



 この魔法はたかが数分見ただけで解除できるようなものではない。事前に何らかの情報を得ていなければ不可能だ。訓練場での強気な姿勢、こうする準備は万端だったというわけだ。


 

 老人の前列の志願者たちがみな倒れた。魔王の攻撃が彼らを直撃するも、左右にいる屈強な二人のシールドが硬く、簡単に破られる気配はなかった。

 普段なら今ごろ突破されている位置だが、彼らのおかげで踏みとどまっていた。



 間もなく5分たってしまう。


 詠唱はおよそ5分で終わる予定になっているが、老人はまだ私の魔法の解除を続けている。


 もう時間がない。当初の予定よりかなり少ないが、これでやるしかない。

 とにかく今は魔王を倒す、それが最優先だ。



 5分経った。

 私は魔法陣を消し、最前列に瞬間移動した。



「おっ、おい! 大丈夫なのか!?」


「詠唱終わったんじゃないか?」


 魔王の攻撃をシールドで防ぎながら、左手に魔力を集中させる。黒い光が徐々に集まり、巨体な剣が出来上がっていく。



「なんだありゃ……」


「めちゃくちゃでかい」


 黒い剣は禍々しいオーラを放っており、ビリビリと肌に伝わってくる。私はゆっくりと剣を上に振り上げる。手に力をこめると、光が一層強くなる。


 そして、魔王の頭上から一気に振り下ろした。魔王は一瞬で真っ二つになり、魔王の中心にある核を切ったのがわかった。

 切られたところから徐々に魔王の体が塵となっていき、ものの数秒で消滅していった。




 魔王を倒した。



「っやったぞーーー! 俺また生きてたー! 儲かったー!」


「やっぱり魔王弱くなってるよね?」


 振り返ると、前回同様に志願者たちが歓喜に包まれていた。予定よりも多くの志願者が生き残っていた。

 私は最前列で、喜んでいる彼らを見ていた。



 そしてその中にいるはずの老人を探した。




 いない――?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る