第14話

 次の瞬間、老人の側にいた男女が私の背後に現れた。魔法の鎖を私の首と腰に巻きつけ、ぐいっと後ろに引っ張ってくる。



 鎖はかなり頑丈だったが、すぐさま解除した。

 その直後、今度は目の前に老人が現れ、すかさず私に重力魔法をかける。凄まじい力で押さえ付けられ、そのまま地面に叩きつけようとしてきた。



 私は体勢を崩しながら左手をぐいっと後ろに向け、背後の二人をそれぞれ魔法の檻へ閉じ込めた。


 老人は倒れ込む私に攻撃しようと突っ込んで来たが、私は地面ギリギリのところで重力魔法を解除。瞬間移動で老人の背後に回り込み、老人も同じように檻に閉じ込めたのだが、それは一瞬で解除されてしまった。



 男女はまだ檻を解除できていなかったが、彼らは自らの片方の足首を切断し、それを対価に魔法の檻を壊した。


 なんて判断の早さだ。おそらくもとより生きて戻るつもりはないのだろう。刺し違えてでも、私をここで殺すつもりだ。

 使っている魔法、魔力の高さからみて、3人ともハスクートで間違いない。



 私の周りには遺体が転がっていて、後ろには生き残った志願者たちがいる。

 突然の戦闘に、志願者たちはみな後方にかたまって避難し、巻き込まれないように距離をとっていた。


「なにしてんだ……」


「なんか、前回もこんなことあったぞ」


「あの魔法使い、襲われてるってことだよな?」


「助けないといけないかな……?」


「無理だろ! 今の見たか!? あんなの割り込めるわけねえよ……」


「せっかく生き残ったのに、早く帰りたい……」



 システルたちを呼んでもよかったが、もう少し彼らの出方を伺うことにした。


 

「やはり、おまえだ。おまえが化物だ」


 老人は志願者たちには聞こえない声で話始めた。


「詠唱のとき足元に現れる魔方陣は、攻撃のときの魔法陣とは別のものだ」


 老人は手を前に出す。足元に魔法陣が浮かび上がる。


「おまえはここで殺さなければならない」


 言い終えるやいなや、私に特大の砲撃を打ってきた。私の後ろに志願者たちがいることをわかっていながら。


 私は大きなシールドを張り、攻撃を防ぐ。その隙にオレンジ髪の男性が背後に現れ、老人と同じように私に砲撃をしてきた。私は後ろにもシールドを張るはめになった。


 ピンク髪の女性は男性の側で私のシールドを解析していた。2数秒後には両側のシールドが解除され消えてしまった。


 二つの砲撃が体にあたる直前に、瞬間移動で男女の後ろへと移動する。

 砲撃同士がぶつかり、すさまじい爆音がした。



「どうした? 防御魔法ばかりではないか。何が狙いだ? 私たちを殺さないのか?」 


 老人は私を徴発しているのだろうか。


 ここで殺してしまえば、それこそ彼らの思うつぼだ。後ろでは志願者たちが見ている。私に殺させて血も涙もない化物に仕立て上げたいのだろうが、今反感をかって作戦を頓挫させるわけにはいかない。


 攻撃を避けているうちにだいぶ後退してきた。志願者たちの不安げな声がより近くに聞こえる。


 ふと足元を見ると、何かがキラリと光った。それはペンダントだった。訓練場で子供が握っていたのを見たが、どうやら後方へ逃げるときに落としてしまったようだ。

 とても古い石のペンダントだ。今の時代にはない石がつかわれている。それこそ何万年も前の……。



 私が足元に気をとられた一瞬をつき、男女が拘束魔法で私の両腕と両足をその場に固定する。老人は魔法で作った光る剣を5本、私へと飛ばしてきた。


 すぐさま拘束魔法を解除し、男女を先ほどよりも強力な魔法の檻へ閉じ込めたが、老人の攻撃は私に直撃した。

 左腕、両足、お腹に剣が突き刺さり、血が流れ出る。残る1本は顔に飛んできたが、仮面が割れた瞬間に顔を横にそらし、少し頬を切っただけですんだ。


 老人は私の顔を見ても動揺することなく、すぐに魔法の霧で周囲を覆い、私の視界を遮った。


 私は霧を解除しようとしたが、魔法が使えなかった。この剣がそうさせていた。


「その剣が刺さっている間は、魔法は使えない。とある魔導書に書かれている魔法だ」


 老人の声が聞こえるが、姿は見えない。

 私はなんとか左腕に力をいれて一つ一つ剣を抜いていくが、おそらく老人は近くに来ているだろう。



 その時、足音がした。



 霧の中、男の子がペンダントを拾いに私の前に走ってきた。老人はすぐそこだ。私は急いですべての剣を抜き、ペンダントを拾った男の子を抱き寄せて霧魔法を解除する。



「なっ!?」



 予想外の光景に、男の子を巻き込んでしまうと思った老人はギリギリのところで私への攻撃を一瞬躊躇した。

 その手には先ほど私を刺した光の剣が握られていた。


 その隙に私は魔法の槍を作り、老人の心臓に突き刺した。


「うっ……!」



 老人はよろけて後ろに下がり、口から血を吐いた。

 膝をつき、震える手で突き刺さった槍を掴み、なんとか抜こうとしていた。


「ぐっ……」


 老人は私を見つめる。

 私の腕の中では男の子が震えていた。



 男女が老人に駆け寄ってきた。二人とも、両手の肘から下がなくなっていた。檻の解除に使用したようだ。だが一歩遅く、老人はそのまま動かなくなってしまった。



「あの子供いきてるぞ!」


「あの人が守ってくれたみたいだ」


「飛び出したときはどうしようかと思った……」


「あれ? もしかして顔見えてるのか? 白い髪が見えるけど……」


「ほんとだな……、なんか女の人っぽく見えるけど」


「……ちょっと待て、あれって……、王女様……じゃないのか…?」


 

 男女は老人の死を確認すると、立ち上がって腕を魔法の膜で止血した。


 そして女性は即座に私に砲撃し、男性は私の背後に回り込み砲撃する。男の子がいるというのに、お構いなしの全力の砲撃だ。私はシールドで自身と男の子を囲い、またしても男女を檻に閉じ込める。


 砲撃が止み、二人は檻の解除を試みているが、もうこの檻を破ることはできないだろう。さきほどよりもさらに強力な檻だ。命を対価にしなければ、この檻は破れない。


 彼らもそれが分かったようだった。お互いの顔を見つめ頷く。そして、自身の心臓に魔法で穴をあけた。胸から血が吹き出し、檻にもたれ掛かるように倒れ込む。

 二人の目から光がなくなり、その瞬間、檻は壊れた。



「うっ、わああああ!」


 見た男の子は泣き叫んだ。



 志願者たちは、あまりの光景に言葉をなくしていた。今起こった出来事と、魔法使いの正体が王女であること、二つの衝撃に、呆然としていた。

 私はしがみつく男の子の頭をなでながら、動かなくなった老人たちを見つめていた。



 あと2体だ。

 誰にも邪魔されるわけにはいかない。

 ようやくここまできたのだから。




―――――――――



 夢をみた。 


 人を殺していた。


 逃げ惑う人々を、ゆっくりとした足取りで追い詰める。


 許してくださいと言われても、この子だけでも助けてくださいと言われても、わたしはやめなかった。


 何人も、何人も、何人も。



 声がきこえてくる。


 たくさんの感情が流れ込んでくる。



 真っ黒な髪、真っ黒な瞳で生まれたわたしは、その昔、『化物』と呼ばれていた人と同じ外見というだけで、蔑まれてきた。


 みんな、わたしから離れていった。


 わたしの黒い感情は次第に大きくなり、世界を飲み込んでいった。



 わたしはいつから『化物』だったのだろう。


 生まれたときから?


 それとも徐々にこうなっていった?


 いつになったらやめられる?


 まだ足りない。


 まだ壊したい。


 まだ殺したい。


 まだ


 まだ


 まだ


 まだ、終われない。



 わたしは、わたし自身をとめることができなかった。



 世界からほとんどの音が消えた。


 だけどまだ、壊し足りない。


 わたしはほんの少しの人間を残し、


 自ら命を絶った。


 また生まれ変わって、次壊せばいい。

 そう思った。

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