第15話

 

 7体目の魔王討伐は、予定よりかなり早く行われることとなった。



 理由は二つ。


 一つ目は、私が魔王に体の一部を奪われて以降、心身ともに不安定になることが多かったからだ。悪夢に襲われ、顔色は悪く、食べ物も喉を通らなくなっていった。

 黒い感情が膨れ上がり、それが外に出ないようコントロールする日々が続き、疲弊していた。一刻も早く討伐を終わらせる必要がある。



 二つ目は、志願者の確保がかなり早く終わったからだ。前回の死者がいままでの中で2番目に少なかったこと、2回連続で生還した志願者がいることが要因ではないかと言われている。



 今日は南東の魔王の討伐だ。私は16歳。

 残る魔王は南東の魔王と、南の魔王のみ。


 魔王はますます国の中心へと近づいており、城からもよく見えた。ここから見ると、魔王同士の距離もかなり近くなっていた。




「ねえ、あの人っ……」


 アデルが肩をたたく。


「リヨルクの知り合いの人じゃない? 名前は……コウシ、だったかな」


 訓練場に年配の女性がいた。確かに彼女だ。前回会ったときと同じようなワンピースを着ていて、クリーム色の髪を後ろで三つ編みにしている。今日は杖をついていないようだが、隣にいる女性がその杖を持っていた。以前コウシと一緒にいた癖っ毛茶髪の女性だ。コウシに寄り添い、目をつぶっていた。



「一緒にいる彼女、なんか変だよね。以前は杖なんてついてなかったけど……。一緒に志願するなんて、どういうことなのかしら。さっき騎士に聞きに行ったの、なんかおかしくない?って。なんか企んでる可能性があるんじゃないかと思って聞いてきたんだけど。あいつ何も言わないの。話しかけても反応薄いし。ほら、雰囲気も、いつもと全然違うでしょ?」


 私は向こうにいるシステルを見た。いつもと変わらないように見えるが、アデルには違うように見えるらしい。


「まあ、志願者の審査は全部あいつ任せだから、人選についてあたしがどうこう文句はいえないんだけど……」


 この討伐が無事に成功するかどうか、大事なのはそれだけだ。あとのことは、考えても仕方ない。何が起こっても、私は魔王を倒す。どれだけの志願者が死のうとも。



 そして私たちは転送された。






 城下町の上での戦闘だ。

 色の違う家が所狭しと並んでいる。昔は色鮮やかでとてもきれいだっただろう。だが当然、今は誰も住んでおらず、手入れの行き届いていない家はくすんで見えるだけだった。

 


 私は魔法陣を展開し、詠唱を開始したのだが、すぐに違和感に気がついた。



 誰かが私に魔法をかけている。



 私は詠唱を一度ストップする。足元の魔法陣が消え、何人かの志願者がちらっと後ろを振り返る。感覚を研ぎ澄ませ、かけられている魔法の元をたどった。



 これは――――。



 私の体から光る糸のようなものが出ていた。肉眼では見えないようになっている。糸は一本ではなく、500を超えていた。

 そしてそれは、目の前にいる志願者たちと繋がっていた。



 最後尾にいたコウシが後ろを振り向いた。シールドをその場に残したまま、ゆっくりとした足取りで私のところまで歩いてくる。


「詠唱しないのですか? これでは魔王を倒せませんよ?」


 コウシは涼し気な顔で話しかける。私は彼女の茶色の瞳を見つめた。彼女も私を見つめる。


「どうかされましたか?」





 …………。





「詠唱をしないということは、この魔法がどんなものか、もうお気づきなのですね……。これほど早くわかってしまうとは、さすが、といったことろですね」


 気づかれる可能性があることも想定内、ということだ。


 最前列で繰り広げられている魔王と志願者たちの攻防の音が、とても遠くに聞こえる気がする。自分の心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。



「私の家族は、魔王に殺されました。とても正義感が強く、誰かのために命をかけられる人でした。

 それ以来、魔王に会いたいという気持ちは増すばかりでした。私の大切な人を殺した魔王の顔を想像しては、いつかこの手で殺してやろうと思っていました」




 最後尾をちらっと見ると、コウシの隣にいた女性がいた。彼女も振り返ってこちらを見ていた。訓練場では目をつぶっていたが、目があいていた。

 以前合ったときに、確か髪と同じ茶色の瞳だなと思った記憶があるが、彼女の瞳は紫色だった。


 リヨルクの瞳と同じ、紫色だった。


「申し遅れました。私、ハスクートと申します」


 コウシがそう名乗ると、他の志願者たちが一斉に振り返り、私を見た。




「魔王よ、我々は、あなたを殺すために生きてきました」



 その言葉は、私に向けられていた。

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