第16話

 なるほど――――。



 今回の志願者は600人だが、全員ハスクートだ。どうりで、これほど早く志願者が集まったわけだ。


 私と、ここにいる600人が、魔法の糸で繋がっている。私がこの内の誰か1人でも殺せば、残りの559人も死に、それと同時に私も死ぬ。  

 もし向こうの誰かが私を殺せば、私と一緒に600人も死ぬ。命を、魂を繋ぐ魔法だ。



 この時点で戦闘開始から1分が経っていたが、まだ一人も死んでいなかった。そして、こちらを向いているハスクートたちは、自身を守るシールドを張っていなかった。



 私は最前列に意識を集中させる。

 シールドは一番前に一つだけあった。高さ2メートル、横10メートルの大きなシールド、そこに600人分の魔力が込められていた。


 そうか、全員で一枚のシールドを……。



「我々はあなたを殺すために志願しました。出会ったばかりの素人同士が協力してシールドを張っても、ほとんど威力はあがりません。

 ですが我々にはその技術があります。この日のために個々が魔法の腕を磨き、みなで協力することで、このように魔王の攻撃にも耐えられるまでになりました」


 コウシは微笑んだ。


 ハスクートはもともと魔力が高く、魔法を扱う技術も高い。協力してシールドを張れば、魔王の攻撃を長時間防ぐことも可能だ。


「今回の魔王は足を狙っているようですね。魔王などと大げさな名前で呼ばれていますが、攻撃が単純なのは知能がないからなのでしょうか」


 最前列のシールドは下の部分の強度を上げている。魔王の攻撃パターンも把握済というわけだ。これでより長く耐えることができるだろう。



「システルは10分たてばあなたの合図を待たず、こちらに来ます。それまでまだ時間がありますね。少しお話しましょうか」


 よほど余裕があるのか。私がかけられた魔法を解除することはありえないと思っているのだろう。

 


 確かに、この魔法を解除のするのは至難の業だ。600通りの別々の魔法式が組み込まれており、それら一つ一つを解析し、解除する必要がある。普通の魔法使いなら途方もない時間がかかるだろう。

 


「あなたの詠唱は、魔王を倒すためのものではありません。『人間の魂を奪う魔法』です。志願者のみなさんのシールドが魔王の攻撃で破られるギリギリのところを狙い、魂を抜き取る。その瞬間シールドは消え、あたかも魔王の攻撃で壊されて死んだかのように見える。

 魂を取り込み、その力で魔王を倒しているのですね」


 

 コウシの口調はずっと穏やかで、まるで他愛もない世間話でもしているかのようだった。



「死者の記憶を継承する魔法があるんですよ。死んだ者の体に残る記憶を、別の人間に移す魔法です。といっても、死ぬ前の1時間程度の記憶しか引き継げないので、得られる情報は限られていますが。この討伐においてはそれだけの時間があれば多くの情報が手に入ります。

 記憶を受け継ぐと、彼女のように、瞳の色がその人の色に変わるんですよ。代償はありますが」


 コウシはちらっと振り返り、最後尾にいる茶髪の彼女を見る。リヨルクが死んだのもそのためか。あの瞳は、リヨルクのものだ。



 志願者たちは、契約により誰にも討伐内容を伝えることはできないが、それにはいくつか抜け道がある。

 その契約は『生き残った志願者』にのみ行い、死者には何もしていない。そのため、死者からなら情報を得ることができる。


 リヨルクは死ぬつもりで志願したが、戦いのなかで死ぬことができず、やむを得ず自ら命をたった。


 万が一の場合、そうするよう、言われていたということだ。



「この魔法を知っている人はほとんどいません。とある本、まあ魔導書ですね、それに書いてあるんです。初代ハスクートが持っていた本で、それを代々大切に守ってきました。

 そこには魔王に関することと、魔王を倒すための魔法が載っています。『いつか、魔王を倒すことができる人間が現れる。だがそれは人間に化けた魔王だ。その者が、世界を闇に変えるだろう』」



 通常、ハスクートの者はハスクートについて話すことはできない。もし話してしまえば、死んでしまう契約を結ばされている。

 だが今のコウシのように、一部の人は一時的にそれを解除できる権限を持っている。でなければいざという時に重要な話をすることができない。



「ヒントがたくさんあって助かりました。システルがこれほど肩入れしている人物がいったい誰なのか、聞いても答えてくれないので、本当に困っていました。あなたは騙されているんですよと言っても、聞き入れてくれなくて」


 …………。


「システルは今回の作戦については何も知りませんよ。あなたに伝える可能性がありましたから。これだけのハスクートが集まっていることに、内心かなり動揺していたでしょうね」



 …………。

 


「誕生日。たまたまリヨルクと、あなたのお付の女性が知り合いだったのです。アデルさん、でしたね。彼女があなたの側にいることがなによりの証拠です。

 アデルさんは、魔王と同じ日に生まれた子供を探していました。そして、あなたを見つけた。その日に生まれたことは秘密にしているようですが。魔王が現れたその日に王妃様が亡くなったのは、あなたを産んだからです」


 ………。



「妹君が亡くなったのも、双子だからでしょう。あなたの魔力に毒され、長く生きることができなかった」



 ………あと6分。



「数年前から聞くようになった、不審死ですが、これもあなたの仕業です。知能のない魔王の攻撃範囲が400メートルというのは本当なのでしょうが、あなたの詠唱が300メートル近づく必要があるというのは、嘘ですね? 詠唱で魂を奪える範囲は、もっと広いはずです。この魔王の結界の内側なら、どこであっても可能なのではないですか?

 討伐のときだけでなく、常に詠唱を行っているのは、魔王を倒すための詠唱ではなく、日々人間の魂を抜き取っているからですね」


 …………。



「魔王は国の中心に向かっていますが、討伐のときのみ向きを変えます。あなたがいる方向を見ているのです。国の中心を目指しているのも、中心である城に常にあなたがいるからです」



 開始から5分………。

 本来なら詠唱を終わらせている時間だ。




「それにしても、魔法の詠唱に時間がかかるとは、よく言ったものですね。それまで守ってくれだなんで、王族でもない限り、言えないでしょう。王女に生まれて幸運でしたね」





 …………幸運?

 これが?





 王女として生まれてさえいなければ、今頃とっくにすべての魔王を倒せていた。誰の目も気にせず、残された人のことも考えず、そこらへんにいる人間の魂を適当に奪い、その力で魔王を殺す。


 ハスクートとは、魔王を倒す英雄として用意した者たちのことだ。彼らに殺されたように見せかけて最後に自ら命を絶ち、ハスクートを英雄にする。それが前世の私が考えた計画だった。



 いままで散々位地の低い身分に生まれ変わっておきながら、これで最後にしようと決めたとたんこうなった。こんな回りくどいやり方をしたかったわけではない。



 二人だけのはすだった。私の大切な人は、二人の魂を持つアデルとシステルだけ。二人さえ守れれば、それでよかったはずなのに、守らなくてはならない家族のもとに生まれてしまった。

 私が魔王で、殺戮を繰り返す兵器として思うがままに暴れれば、父、母、兄、そして妹はどうなる。



「私たちの最優先は、あなたです。他の魔王には知能がない。あなたが一番の脅威なのです。

 私たちをギリギリまで消耗させて、魔力切れを起こさせてから魂を吸い取れるとお思いかもしれませんが、見くびられては困ります。そんなヘマをするはずありませんから。それにあなたに魂を渡すくらいなら、その前に自害します。私たちはみな、その覚悟があります」

 

 刻々と時間だけが過ぎてゆく。


「もうすぐ時間切れですね。あの子たちに自らの正体をあかしてもよいのなら、このままじっとしていてもよいのでは? あの子がどんな顔をするか、楽しみですね。システルには王女が魔王だと、何度言っても信じてもらえなくて」


 システルとアデルにあかすつもりはない。このことは、永遠に隠し通す。



「これまであなたがしてきたことは、ただの殺戮です。ここで死んでもらいます」


 そう言うと、コウシは魔法で光る剣を作り出した。前回の討伐で、あの老人が使用していた魔法だ。


「前回受けましたよね? ならもうご存知ですね。これで刺されている間は、魔法が使えないんですよ。魔王を倒すための魔法のうちの一つです。これも、魔導書に書いてあります」



 コウシの後ろを見ると、何人かのハスクートの手に、コウシと同じ光る剣があった。 

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