第17話
あと3分でシステルたちがやってくる。
光る剣を持ったハスクート5人が、瞬間移動で私の周りを取り囲むように現れた。動き回るスペースはほとんどない。この床の上では逃げるのにも限界がある。
シールドを張ったところで、あの光る剣の前では魔法は無効化されるため意味をなさない。
ハスクートは一斉に切りかかってきた。私は瞬間移動で避けるが、それができるのは相手も同じ。私の位置を素早く察知し、すかさず攻撃してくる。攻撃を避けては、瞬間移動する、これを繰り返していた。
コウシは参戦せずただ見ていた。私を殺せずとも、時間を稼ぐことができればいいのだろう。
「さあ、あと少しですね」
もうすぐ2分を切る。
私は逃げるのをやめ、その場で止まった。
5人は一気に私に詰め寄り、剣を突き刺そうとした。
だが…………。
剣が私に届くことはなく、5人は一瞬硬直し、そのままバタっと床に倒れた。
「!? ……なにが……」
いきなりのことに、コウシは目を見開く。すぐに彼らに駆け寄ろうとしたが、バタバタバタという大きな音がしてコウシは後ろを振り返った。
「!? ……どうして……」
そこには、もう立っている人は誰もいなかった。コウシを除く、すべてのハスクートが死んでいた。
最前列に張ってあった大きなシールドが消えたことで、魔王の針がコウシめがけて飛んできた。私は彼女にあたらないようシールドを張り、それを防いだ。
コウシはそれどころではないようで、ただ立ち尽くしているだけだった。
「なぜ……解除が……。この短時間でこの数を解除するなど、不可能です。この魔法を知らないあなたが……」
コウシの足元はふらつき、今にも倒れそうだった。
「まさか、知っていたのですか!?」
私は答えなかったが、コウシは察した。
「どうして……こんなことを。では、あの魔導書は一体何なのですか……? 魔王を、あなたを倒すためのものではないのですか……? 魔導書に書いてあることが、嘘だとでも言うのですか!?」
魔導書に書いてあることは本当だ。だが、私が王女に生まれてしまったので計画を変更した。
「ハスクートは……なんのために存在しているのですか? 魔導書は、我々は……」
私はただコウシを見つめていた。
「無意味、だったのですね……。今まで守ってきたことも、信じてきたことも、すべて、利用されるためのものだったのですね……。かわいそうな国王様……。あれほどお優しい方を、よくも騙せますね」
私を睨みつける彼女の目からは涙がこぼれた。
「他の魔王を倒し……何をするつもりですか? この世界を滅ぼし、どうするつもりですか?」
今更話してなんになる。もう、コウシも死ぬ。
そう、もう意味はない。
私は仮面をとり、顔を見せた。黒い瞳と緑の瞳、白い髪。この国の誰もが見たことのある、王女の顔だった。
「…………」
コウシは何も言わなかった。
私は、彼女が私にかけている魔法を解除し、コウシの魂を収集した。コウシの目から光が失われ、その場に倒れた。
ようやく静かになった。
私はあたりを見回した。
みな死んだ。
これだけのハスクートがいなくなれば、次に邪魔が入ったとしても対処できる。最後は失敗は許されない。
魔王はたったひとり生きている私に向かって攻撃を続けていた。私の体に入ろうとしているのだ。
だが魔王を倒す前に、するべきことがある。
あと1分。
私はまず後方に移動してきた5人とコウシを魔法で浮かせ、元の場所まで運んだ。
そして空中に魔王の攻撃と同じ魔法の針を作り、志願者たちの下半身めがけて、一斉に発射した。足が吹き飛び、そこら中に血が飛び散った。
最後の仕上げとして、自分自身にも攻撃をした。左足の膝から下を針で攻撃する。足が後ろに吹き飛んでいった。
足がなくなったことでバランスを崩しそうになったが、体を浮かせ体勢を整える。切断面を魔法の膜で多い、一旦止血しておく。
これで準備は整った。
私は最前列まで瞬間移動し、左手を魔王に向ける。大きな魔方陣を出現させ、そこから黒い炎を放つ。
魔王全体を覆い尽くす炎は、熱さは感じず、ただただ冷たい炎だった。
後ろに気配を感じた。10分経ち、システルとアデルが来たようだ。私はまだ魔王に攻撃をしていたため、振り向かずそのまま続けた。
正直なところ、振り向くのが怖少しかった。
疎遠になっていたとはいえ、ほとんどの一族が死んでいるのを見るのは、システルにとっては耐え難いことだろう。
魔王の体は冷たい炎に焼き尽くされみるみる小さくなり、やがて塵となって消えていった。
振り返ると、二人は最後尾あたりにいた。遠くて表情はわからないが、私を見ている。
私は瞬間移動で二人のもとへ飛んだ。
着地の時にバランスを崩し倒れそうになったが、アデルが私を抱きしめてくれた。
「ごめんね……。あなたばかり……」
アデルは泣いていた。
そのまま治癒魔法をかけ始めてくれて、私の左足が淡く光った。光は温かく、私は自分の体がとても冷たくなっていることに気がついた。
「申し訳、ございませんでした……」
そう言って、システルは私に頭を下げた。システルの手は震えていた。謝罪の言葉は、私に向けたものなのか、死んでいる仲間に向けたものなのか、私にはわからなかった。
二人を見て悲しくなるなんて、おかしな話しだ。ハスクートの足を吹き飛ばしているときは何も感じなかった。今さら罪悪感にかられるくらいなら、はじめからこんなことしなければよかったのに。
すべて私が招いて、私がしたことなのに。
私が死なせた。
私が殺した。
魔王として生まれ、次こそはと、ただ二人とまた巡り合うだけでよかったのに、結果的に何度も魔王として生まれ変わることになってしまった。
今回それが起こったのは、今から16年前。
私が生れたのと同時に、8体の魔王が円を描くように現れた。8体の魔王は私と一つになろうと、日に日に近づいてくる。
前世の私は、死ぬ前に体を八つに分けた。その八つをこの国の外側に配置してもらい、生れた時に結界が発動する仕組みを整えた。
アデルには日記を、ハスクートには魔導書を託した。日記には、『これを読める人間こそ、魔王を消滅させることができる』と記し、魔導書には、『魔王を倒せる人間こそが魔王だ』と記した。
お互い接触しないよう、ハスクートにはこの国の近くで、アデルにはここから遠く離れた地で暮らすよう伝え、本のことや、言い伝えを代々受け継いでもらった。
私はずっと何も知らずに王女として過ごしていたが、あの日アデルと出会い、日記を読んですべてを思い出した。
私は魔王だ。
どんな手を使ってでも成し遂げなれけばならない。
すべての魔王をこの世から消し去るために。
―――――――――
夢をみた。
わたしは日記を読んでいた。
読んですぐにわかった。これは、『私の日記だ』。
ずっとずっと前の『私』のことが書いてある。
そしてわたしは、すべてを理解した。
私は、『化物』だ。
次こそはと、幸せを願って、二人と今後こそ幸せにと願ったのに、何度生まれ変わっても、『化物』にしかなれない。もう顔も思い出せないが、わたしは二人が大好きだった。
『ーーー』
誰かがわたしを呼ぶ。
『ーーー』
また声がする。
何度も何度も呼んでくれる。
化物にしかなれないけれど、そこにはいつも、二人がいてくれた。
わたしは、一人ぼっちではなかった。
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